洛北のサル
 私は叡山電鉄二軒茶屋の近くに1979年から30年近く住んでいる.この辺りでは2002年頃,突然畑や住宅地にニホンザルの群れが現れ,以後その姿をしばしば見かけるようになった.
 私はこの群れを2004年から集中的に調査するようになった.その結果,この群れは鞍馬,静市,岩倉のほぼ全域に行くこと,ときには大原,雲ヶ畑,上賀茂,西賀茂にも表れること,行動域(群れの動く全範囲)は約30km2に達すること,等がわかった.
 k群と命名されたこの群れの出現するところでは,農作物が食われ,テレビのアンテナを壊され,屋根の瓦を落とされる等の被害が生じている.このホームページを開設する目的は,関係地域の方々にこの群れとニホンザル全般に関して正確な知識を持ってもらい,被害を少しでも減らしてもらうことである.ホームページのほかにブログでk群に関する最新の情報を伝える.
(最終更新日:2009年9月2日)

ブログ・k群の日々の動き
プロフィール
ニホンザルの社会
k群について分かったこと
北山のニホンザル


プロフィール
氏名 西邨 顕達 (Nishimura, Akisato) (旧姓:豊嶋)
住所 〒 601-1125 京都市左京区岩倉木野町251-28
(その前の25年間は静市市原町,さらにその前の2年間は岩倉花園町に住む)
 E-メール nishi-a@ares.eonet.ne.jp, nishi_akisato380910@docomo.ne.jp
(メールを送っていただく場合は、@を半角英数字に変更してください)
電話 09051664672


学歴等
1938(昭和13)9月10日 栃木県宇都宮市で出生
1945(昭和20)2月 大阪より鞍馬に移る (以後1968年までここの住民)
1951(昭和26)3月京都市立鞍馬小学校卒業
1954(昭和29)3月 京都市立洛北中学校卒業
1957(昭和32)3月京都府立洛北高等学校卒業
1961(昭和36)3月京都大学農学部水産学科卒業
1962(昭和37)4月京都大学大学院・理学研究科・動物学専攻入学(以後現在までサルの研究を行う)
1988(昭和63)3月博士学位 (理学/京都大学) 取得

職歴
1970〜1977年: 京都大学霊長類研究所 助手
1977〜1989年:同志社大学工学部 助教授
1989〜1998年:同志社大学工学部・理工学研究所 教授
1998〜2004年:同志社大学工学部・工学研究科・理工学研究所 教授
2004〜2009年:同志社大学 嘱託講師

ニホンザルの野外調査
1964〜1979年, 大分県高崎山
1998〜2000年,京都府宇治田原町
2001〜2004年,京都市右京区および亀岡市
2004年〜現在,京都市鞍馬,市原,岩倉,上賀茂

外国での野外調査
1962〜1963年: チンパンジー (アフリカ,タンザニア)
1973〜2002年: ウーリーモンキー (南米,コロンビア)
1977〜1980年:ムリキ (南米,ブラジル)
1998〜2002年: クモザル (南米,コロンビア)

サルの研究を始めた動機
 高校・大学時代,登山に熱中し,このときに登山の大先輩で,かつ日本におけるサル研究の創始者である今西錦司氏を知り,彼から多大の影響を受けたことが大きい.

k群の調査
 以前から自宅の近くで見ることがあった.鞍馬には自分の山と山小屋があり,そこへの道中でも見かけることがあった.それで関心をずっと持っていたが,南米の調査と大学での仕事が忙しく調査するにはいたらなかった.2004年3月に同志社大学を定年退職し,それ以後集中的な調査を行うようになった.

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ニホンザルの社会
 k群について述べる前にニホンザル全般に共通した社会の特徴を述べておく.まず念頭においていただきたいのは,ニホンザルは群れで暮しているもの以外にハナレザルもいること.ハナレザルはすべてオスのワカモノ(5-7歳)かオトナ(8歳以上)で,単独のことが多いが数頭でいることもある.それに対し群れはオスとメスの両方を含み,メンバーの年齢もアカンボウからオトナまで様々である.群れのサイズは数10頭が普通で,100頭を越すことはかなり稀である.メスが自分の生まれた群れを離れることは決してないが,オスは普通すべてワカモノの時代に自分の群れから出てしまう.群れを出たオスは別の群れに入るが,新しい群れに入ってもずっとそこにとどまらず,また出ていってしまうこともよくある.ハナレザルはある群から別の群れに移る途中にあるオスなのである.
 群れは中心部と周辺部に分けることができる.中心部は群れの広がりの中心に位置し,個体がもっとも密集している部分で,メスのすべてと母親にまだ依存しているアカンボウと小さい(1-2歳)のオス,および少数のオトナオスから成る.k群の中心部オスは実質1頭だけで,準中心部オスというべき個体が1-2頭いる.周辺部はすべてオスだけで構成され,その多くはワカモノだが,若いオトナや大きい(2-4歳)のコドモもいる.周辺部のオスはこれから群れを出ていくものと他の群れから移ってきたものたちである.
 猿害はハナレザルによっても生じるが,群れ,とくに中心部が参加したとき被害の程度はすこぶる大きい.
 ニホンザルの交尾季は地域によって異なるが,京都辺では10月から翌年年1-2月である.妊娠期間は約6ヶ月で,出産は5-7月にみられる.1産1仔で,双子は非常に稀である.初産年齢は6-7歳で,野生状態では2年に1回産むことが多い.したがって他の多くの哺乳類に比べると人口増加は緩やかである.

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k群について分かったこと
 これまで4年あまり行った調査で得た資料はぼう大でまだ十分には整理されていない.以下に述べることは今後しばしば訂正される.k群の調査結果は毎年12月に同志社大学理工学研究所主催の研究会発表してきた.そのときの口演要旨のPDFを以下に掲載しているのでそれを参照されたい.(別ウィンドウで開きます)

  • 京都盆地北縁に生息するニホンザルの生態(1):行動域と泊り場(2004年,2005年)[PDF]
  • 京都盆地北縁に生息するニホンザルの生態(2):遊動の季節変化(2005年,2006年)[PDF]
  • 京都盆地北縁に生息するニホンザルの生態(3):行動域の季節変化と年変化[PDF]


  • 群れの構成とサイズ
     群れの構成を知るのは大変難しく,それができるチャンスは群れが道路を横切るときだけといってよい.そういうときでも先に渡ったものがあるとか,見えないところを渡るものもあったりして数えもらしがあるのが普通である.
     2005年7月24日にクリ-ンセンターの西で道路をわたるときにカウントした53頭がこれまでに得られた最大の値である.そのときの構成は,オトナオス:2,オトナメス:13,ワカモノメス:3,コドモ:19,アカンボウ:7,ワカモノオス:6,不明:3であった.それから3年たった現在では,オトナとワカモノのメス,およびコドモがもう少し増えて,全部で60頭くらいと推定している.
     構成から見たk群の特徴は,アカンボウとコドモの割合が非常に高いことである.2005年から2008年まで4回の出産期があったが,毎回7-8頭が生まれている.このことが続くと近い将来群れサイズが非常に大きくなる可能性がある.

    行動域
     下図は2005年の行動域で約30km2である.3年後の現在もほぼ同じ行動域を有している.



     私は1987年に聞き込み調査を行った.当時のk群の動く範囲は鞍馬,貴船,二の瀬,雲が畑であり,面積は約10 km2であった.それから11-13年後の1998−2000年に荒金辰浩氏らが,京都市から依頼されて,発信機を群れメンバーに装着してもっと綿密な調査を行った.以前の行動域に静原地区が加わり,面積は約14km2に広がった.群れの行動域はそれから間もない2001−2003年に一挙に拡大し,現在は30km2におよぶ.荒金氏らはこの群れを「鞍馬の群れ」と呼んだ.私もこの命名を踏襲し,さらにKuramaも略したのがk群という名称の由来である.



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    北山のニホンザル
     京都府立第一中等学校,鴨沂高等学校,および洛北高等学校の山岳部OBで「北山の会」というものを作っている.私は洛北高校時代山岳部に属しており,この会員である.最近その会報「北山の会だより」に「北山のサル」というタイトルで一文を寄せた.そこではk群だけでなく,京都市の他の地域および南丹市の美山町に生息するニホンザルの群れが述べられている.これらの群れのほとんどは比較的近年になってその地に現れ,猿害をおこしている.

  • 北山のサル(北山の会だより No.16 April, 2009)[PDF]


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    ©Akisato Nishimura, 2008-2009