(2000年4月5日作成)
<< パソコンと私 >>
パソコンとの付き合いは、高専時代からですね。授業でN88-BASICのプログラムを組んだり、SF研究会の会誌の原稿をワープロしたり、といったことから始まった気がします。(そういえば、ワープロはMS-DOSベースの、テラ・クイーン/テラIII世でした。身内では懐かしいが、世間一般にみて、知ってる人、おるんやろか?)主に使っていた機種は電算機室(!)にあったNEC PC-9801F/VM/VX など。懐かし。社会人になって数年後、’94年頃に、初めての自前のパソコン、NEC PC-9821Cs2S3購入。会社でも使い出した「Windows3.1というもの」をよく知ろうと思ったのだが、使い込むほどにMS-DOSのコマンドを覚えるという、なんだか困ったことになる。メモリ、HDD、CPUともアップグレードと増設を重ねてWindows95まで入れたが、さすがに快適な使い心地とは言いがたくなり、’98/11にNEC VALUESTAR-NX VC35D/5購入。晴れてWindows98ユーザに。しかし1年もしないうちに3Dゲームでの遅さなどが目につくようになり、友人のそそのかしもあって、衝動的に自作の道に入る。以来、その魅力に取り付かれどっぷりとはまって現在に至る。他に、道具としての完成度の高さに惹かれて、つい買ってしまったノートPC、IBM ThinkPad600E、Toshiba Libletto70などもあります。
うむむ。前置きが長くなってしまった。で、ここでは主に、「はまった」自作の話をしたいと思います。
よく言われることですが、自作機の良いところは自分の欲しいスペックが自由に組めることです。残念ながら、最新のパーツ単品単品は高価なので、間違っても最新のスペックが安く組めたりはしませんし、パーツのメーカ保証は有っても、組みあがったパソコンが動くかどうかは誰も保証してくれません。安くて、正常に動く保証のあるパソコンの欲しい人は、有名メーカーのパソコンを買いましょう。
では、なぜ自作か。
私の場合、あえて言葉にするならば、この、正常に動くかどうかわからないけれども、情報を収集して、自分の望むスペックで動くものにする、というところに魅力を感じます。後にも述べますが、パソコンはパーツの選定次第で性能が上下することを、数値として定量的に知ることもできます(ベンチマークソフトなどのことです)。動きが重たいとか、画質が悪いとか、五月蝿いとか、ここのところをもうちょっと何とかできないか、といったことを、自分の知識と腕次第で実現できるわけです。そんな職人的なところもいいですね。(単にメカいじりが昂じただけという見方もありますが・・・。)ケースのふたを開けて、CPUの動いてるところを眺めているだけでも心が安らいでしまいますし。(・・・病気やな。)多分に自己満足的な世界では有ります。まあ、私にとっては、実用より趣味のものですから。