Fuji Tiara Zoom

  コンパクトカメラはつい、どうしてもいいものを買いたくなる。リコーからGR1が出て、これを中古で買ってからコンパクトカメラを買いたいな、と思うこともほとんどなくなったが、それまではコンパクトカメラの手頃なものをいくつか買って持っていた。ニコン・ミニやオリンパス・ミューはよく使った。大体、90年代のコンパクトカメラの単焦点レンズを搭載しているものは、大体破綻のない写りをしているような気がする。新品で約7000円ととても廉価だったリコーのAF80Dなども、トリプレットの30mmというレンズが付いていたが、すっきりとしたコントラストの高い描写だった。ただ、ズーム付きのものは良くない。画面の隅がずるりと流れるくらいならいいのだが、ぼやっとしたどこにピントの芯があるのかよく分からないようなぼやけた画面になるのはたまらなかった。大伸ばしでそれが目立ってくるのならともかく、サービス判でもそのいやな画面のボケ方は目立っていた。使い捨てカメラで撮影した方がよほどましのような気がした。
 そんな中で、わりに良く写ると評されていたコンパクトカメラが数機種あった。ヒロミックスが使っていて有名だった、コニカのビッグ・ミニ、ニコン・ミニ、リコーのR1、フジのカルディナミニ・ティアラ・・・。どれも28mm?35mmくらいの広角レンズが付いた単焦点のカメラだった。私はリコーのR1sを買ってしばらく使っていたが、その薄さや繊細なレンズの描写には驚いたものだ。大学院を修了する半年ほど前に買って毎日持って歩き、写真日記を撮った。その頃は福岡に住んでいたが、冬の日に海の中道に行って撮った防波堤に犬のいる写真、築港大橋の下で撮影した何かのタンクの写真、とこの頃の写真にはそれぞれ思い入れも多い。暗い写真が多かったが、この頃のネクロフォリア的な気分をよく表していると思う。
 その使っていたR1sは友人がイギリスに留学するので餞別代わりに譲り、中古カメラ店でオリンパスのミューを3000円で買って使っていたがそれも知り合いに譲り、結局手元にはコンパクトカメラがなくなってしまった。それで、仕方なくリコーのAF80Dを買ったりして何とか満足していたのだが、一台、良いコンパクトが欲しくなって、色々と考えてみた。確か、1998年のことだったと思う。
 今とは違ってデジタルはまだまだ発展途上で、使えないものだったから、デジタルは最初から除外した。コンタックスのT2を持っている人は多くて、その中古も比較的廉価に出回っていたが、T2はレンズが向かって左寄り、つまりレンズ側に寄って付いているためにフォールディングが悪く、あまり使う気がしなかったのと、田中長徳氏の著書で、プラハの市長か誰かがそれを持っているのを評して、「金持ちの見栄のためのカメラ」のようなことが書かれてあるのを見て、どうも買う気がしなくなってしまった。もちろん、T2に付いているゾナー38mmは優秀なレンズだし、40mmに近い準広角的な焦点距離もなかなか良いものだろう、ということは分かっていた。それだけは使いたいなと思うこともあったが、ステレオタイプ化したT2のイメージはあまり良いものでもなくて、そのイメージの悪さだけで買う気がしなくなっていたのだ。ゴールド仕上げのT2も見たことがあるが、それは金歯を見せびらかすような品のなさで、却って趣味の悪いものだった。
 そこでGR1も考えたが、その頃はまだ発売したてで、あまり中古も出回っていなかったし、出ていても効果だったから、すぐに諦めた。ニコンの35Tiや28Ti、コニカのヘキサーもあったが、ニコンは高価なのと、ヘキサーはストロボが内蔵でないのとで購入までは至らなかった。
 それで、候補に挙がったのが、フジのカルディナミニ・ティアラズームだった。普通の28mmが付いたティアラは、レンズ周りのデザインが今ひとつ好きになれなかったので候補から除外した。ズームの方は28mm?56mmという、コンタックスのTVSのような焦点距離で、比較的使いやすいような感じだった。それで、雑誌の後ろの広告ページをめくり、大阪のS商会が一番安いことを確認して、S商会に注文した。久しぶりの新品のカメラだった。
 やってきたティアラズームはなかなか感触の良いカメラだった。外装はアルミで、そのひんやりしたとした感じは金属であることを主張していた。カメラに凹凸がなく、フラットなボディであるために、指のひっかかりがなく、フォールディングは多少不安定になることがあるが、あまりに酷いと感じることもなかった。早速、フィルムを詰めてこれを一台だけ持ち、近くの山に登ることにした。
 小さいカメラであるから、三脚はラジオのアンテナを大きくしたような脚を持った、携帯三脚を使うことにした。それにティアラズームを載せ、リュックのポケットに挿して山頂を目指した。山頂には無事に着き、息切れしている状況でもすべてオートでストレスなく写真を撮り続けることが出来た。山頂でしばらく休み、弁当を食べた後、下山することにした。往路とは別のルート、鎖場がある多少険しいルートで帰ることにした。それがまずかった。
 15mくらいの鎖場にさしかかった時、ちょっとバランスを崩した。すると、後に背負っていたリュックから何かが外れた感触があった。下を見ると、三脚に付けたままのティアラズームが岩にぶつかりながら転がって行っていた。いつもならカメラを落下させそうになるだけで焦るのに、この時はああ、カメラが落ちていった、とくらいにしか思わなかった。もう壊れて使い物にならないだろうな、そう思った。
 下まで降りて拾い上げてみると、電池室と裏蓋が大きく凹み、ベコベコになっていた。前側を見ると、あまり凹みがないので、レンズバリアを開いてみると、動くのである。シャッターボタンを半押しにすると、レンズが駆動する音がする。外観はめちゃくちゃになっていたが、内部は壊れてはいなかったのだ。光漏れの心配をしながら、そのまま撮影を続行することが出来た。後日、仕上がった写真を見ると、光漏れもなく、十分に良い写真になっていた。外は比較的やわなアルミニウムなのだが、内部はプラスチックで、それが十分な強度を持っていたようだ。
 まだ一本しか撮影していないカメラが落下して壊れてしまったので、悔しいと思い、近所のカメラ屋に修理に出した。外装交換になる、ということだった。
 しばらくして修理から戻ってきた。修理費用は約2万円。ライカの修理代に慣れていたら、このくらいの金額なら大した金額に思わないのかもしれないが、このカメラ、新品で2万円強である。少し金額を上乗せすれば、十分に新品のものが新たに買えたのだ。それでも、修理を続行したのは半ばヤケになっていたということ、カメラは耐久消費財であるという古い考えが頭の中にあったからだと思う。
 修理から上がってきたカメラは、交換した外装の色が前の色と微妙に違っていて、いかにも修理して外装を交換しました、という雰囲気に仕上がっていた。全体的に外装部品に歪みが出ていたようで、交換した部品と、元々の部品の間に微妙な隙間が出来ていたり、押すとベコベコと凹んだりした。モーターも何だかおかしくて、変なうなりをあげていた。別に作品撮りに使うわけでないから、と考え直し、普段の家族の記録に使うことにした。
 そうすると、子どもが使って、コンクリートの上に二回も落としてしまった。どうもこのティアラ・ズームは落下癖がついてしまったようだ。今はせっかく交換した部品もまた凹み、傷だらけの状態になっている。それでも、写真はしっかり写る。
 このカメラを使っていて、一番困るのは、フジのコンパクトカメラはほとんどそうなのだが、ほとんどの場面でフラッシュが光ることである。確かに、家族の写真を撮影する時、ネガカラーを入れるのでフラッシュがあれば良い感じに写ることが多い。しかし、フラッシュがあるとその場の雰囲気が壊れる場合もあるし、何よりモノクロフィルムで撮影すると、プリントしにくい。覆い焼きをかなりしなければ綺麗な、均一性のある自然な雰囲気のプリントにならない。これだけは他のコンパクトカメラもそうだが、何とかして欲しい。フジのクラッセを買おうとしてやめたのも、この機能が付いているからだ。リコーのGR1のように、フラッシュは切り替え式で、レバーで固定してしまうのが望ましいと思われる。
 しかし、耐久性の良いカメラだ。ポケットに入れるには少し大きいし、写りは普通のコンパクトより多少いいかな、と思う程度だが、今まで家族の写真を撮るのに充分使わせて貰った。ただ、今では家族の写真はほぼ9割をデジタルに移行してしまった。今はコニカのKD410Zがその代わりを果たしている。 


カメラの愉しみ

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