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 闇の下りた室内に、ほわりと電子の灯りが小さな空間を主張した。
 軽い起動音と共に明るくなったディスプレイには、これまで関わった数々の事件ファ イルが収められている。


 そして今自分が最も興味を惹かれ、そして全身全霊で取り組んでいる不可解なファイルも其処にあった。ワタリから時間問わず送られてくる関係資料は膨大な量に及び、今この瞬間も、世界 のどこかで心臓を凍りつかせられた犯罪者の名前が連なっていくのだ。


 その名列を目で追っていくことも慣れた。
 この単なる英文字の連なりが、尊い人命の失われた証だと誰が思う。


 麻痺、だ。


 自分が追いかけていずれ追い詰めるだろうあの犯罪者が止められるものは、おそらく心臓だけではない。


「…何、見てるの」


 流河、と背後から呼ばれるが振り返らずにいる。
 するとじれったくなったかするりと私の背中から腕が伸び、耳元に吐息が当たった。


「…目、疲れない?」
「別に…」


 あ、そ。と呟くと、夜神は私に容赦なく体重をかけながらディスプレイを覗き込む。
 名前を辿っていくその視線に、いっさいの揺らぎも感情も見受けられなかった。


「今日の犠牲者?」
「えぇ。……一晩で、7人です」
「忙しいねぇ、キラも」


 反射的に夜神を見上げると、彼はぼんやりと照らされた顔で薄く笑っていた。
 嫌だな、流河。そんな怖い顔しなくても。
 思わずこちらが謝ってしまいそうな程に、罪のない白い顔。


 何て現実味のない空間だろう。
 だだっ広いフローリングの部屋にはパイプベッドが一脚と観葉植物が一鉢。
 そして詰まれた紙束とコードに絡まったMacintosh。


 今もデータが無秩序に載せられて行く。
 パソコンの灯りのみが照らしている部屋で、私は大量殺人犯かもしれない男を組み伏せているのだから笑い話にもなりやしない。


 5%未満の有罪人。


 フローリングが直に肩甲骨にあたっているだろうに、夜神は痛みを訴えはしなかった。
 覆い被さる私の顔を見つめ返す、完璧を誇る少年。


「…私は、キラを捕まえますよ?」
「うん、知ってるよ」


 そうだとも。
 幼稚な正義を振りかざし、まるで神のごとき傲慢さで他人に死を与えていく存在を、私は認めるわけにはいかない。


 この手でその首根っこを捕まえて、地面に叩きつけてやるとも。
 お前の行動は全て単なる児戯だと見せつけた上で、地獄に叩き落としてくれる。


「……っ」


 くくく、と微かな笑いが彼の口から漏れる。
 今、私が押さえつけているこの少年がキラであったとしても。
 私は容赦なく断罪しよう。


 いや、私以外にその役目を譲ってなるものか。
 いつか私はキラを殺す。
 私以外に、殺させやしない。


「ねぇ、流河」
「何ですか?」
「1つ、教えてあげようか」


 色素の薄い彼の髪がふいに煩わしく思えて、手を伸ばすと夜神の額を露にする。
 その髪の感触が手に馴染むと感じるまでに、彼の存在は私に慣れ親しんだ。


 あぁ、そういえばそうだ。
 目に届く処に置いておけばどうなるだろうと、共に過ごす夜は幾度を数えたか。
 しかし世界は変わることなく、偽りの神の断罪は下り続けた。


 感じたのは焦燥か。安堵か。


「流河。君の望みは」
「キラの…死を」
「君なら、できるかもしれないよ?」


 髪を除けると幼さを増す彼の頬を照らす、人工の白い光。
 それが一瞬揺らめき、そして微かなモーター音が響く。


 恐らくはまた新たな心臓が動きを止めたのだろう。1つ、また1つ。
 供物は増え続け、その高みに座する影を追い求める私は、いまだ影の形すら知らない。
 できるかもね、と夜神は笑う。


 狂おしいまでに殺戮者の影を求める私の姿は、彼の信望者と何ら差はないかもしれない。
 彼の存在を心より切望し、欲しているその醜いまでの足掻きは。


「彼を捕まえることは、彼を死刑台に送ることは、できるかもよ…流河」


 そしてその日がやってくれば、私は己の正義感に満足し打ち震えるのだろうか。
 もしくは、かつてない虚無感にただ立ち尽くすのみだろうか。
 しかし私は今はその仮定を考えることを放棄し、ただ己の矜持に沿った答えを返すの だ。


「かも、じゃない…絶対、ですよ」
「無理だね」


 そしてまた雑音。


「キラを、地獄に落とすなんて……それこそ死神にすら、できやしないとも」


 私ではない、向こうの空間を眺めながら。
 夜神は私の首元に、柔らかく歯を立てたのだった。


「キラは地獄には行けないのさー――ねぇ、L?」








>>>初書きデスノSS。
読み返すとアラが目立つと言いますか、まだ世界観が全く掴めておりません…
でも恥をしのんで再掲載。

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