神は絶対であり唯一であり無二であり、 そして何者にも因ることの無い存在である。 私は神を偶像でも聖書でも奇跡からでもなく、この世界で見出した。 見出されることを赦された、私は殉教の徒。 『 聖痕 』 食い込む爪はきっちりと神経質に切り揃えられている筈なのに、まるで裂き入るように背中の肉を抉っていく。見なくても、私の背はいまや一色の絵の具だけをふんだんに使用した絵画のようになっているに違いない。さながら私は生温い生きたキャンバスか。 精を吐く相手に不自由したことはない。が、そもそも相手を求めることも稀だ。女の媚を含む声や態度、温い肉は私をさほど駆り立てることはなく、必要に駆られて行う義務のようなものだった。それに私のような職に就いている人間は対人関係にことさら気を遣わねばならない。何処から綻びが生じるか判らないからだ。情人に枕元で零した囁きが身を滅ぼした同僚もかつていた。女が自分とは別の男の方にこそ心を傾けていたことにも気づかなかった、愚かな同僚だった。私と同期で、将来を嘱望されていたにも関わらず、今は職場に彼の痕跡すら残っていない。 つぅ、と生暖かく冷めた感触が背から脇腹へと伝い落ちていく。ぱたぱたとシーツに染み込んだそれは暗い室内ではやはり黒にしか見えずモノトーンでまとめた部屋に違和感はなかったが、朝になればさぞかし壮観なことだろう。どうやら画家であるところの彼は今日は非常に神経が高ぶっていらしているようだ。 否、彼という呼称は正しくない。そのような、凡人にも天才にも犯罪者にも宗教者にも共通して使われるような呼称など、使えるような存在ではない。 そうであるならば、そう、私の目の前にいる、私の下で血塗れの指をつまらなさそうに眺めている、その存在は――― 「神」 私の呼びかけに、神は私の咽喉を力強く圧迫することで応えた。 「ぐぅ」 「はは」 間の抜けた声に、神は笑う。笑いながらも、指に込めた力は抜かれる気配もない。的確に気管と食道を圧迫してくる指はねっとりと濡れている。 「僕の言ったことが聞こえてなかったのか?ん?」 「…っ、」 その微笑みはいっそあどけないと呼んでも差し支えないほどで、声音は聞き分けのない子どもを宥めすかすような柔らかさで出来ている。しかしその当たり前の表情がどれだけ美しくどれだけ人を魅了するか、神は過不足なく承知しているに違いない。 「同じことを二度言わせる。お前はそんな無駄を必要としないと思っていたよ……ん?…そう、それでいい」 「…っは、げほ…っ」 ようやく取り戻した呼吸。力が込められていた割に、その手は私が引き剥がそうとするとすんなりと離れた。元々、私を殺すつもりではないからであるし、そもそも殺すつもりならば神はこの場にいない。神は楽しそうに私を見上げている。私に掴まれた両手首を気にする素振りも見せない。 私の血を腹に受けながら、神は嫣然と微笑んでいる。 +++ 『酷くでいい』 私をマンション名と部屋番号、時間指定のみのメールで呼び出した神はシルクのネクタイを解きながらそう口にした。 『とりあえず突っ込んで中に出せばいい。あぁ、後始末は勿論させるから面倒なら使ってもいいぞ』 それ、とサイドテーブルに放ったものを確認させる暇も与えず、神は私の身体を全体重をかけて引き倒した。 +++ 曝け出された咽喉元に犬歯を立て、乳首を千切り取るように爪先で弄り、ただ勃起を促すだけの目的で痛いくらいの力で性器を擦り、青痣が残るくらいに荒々しく尻の肉を掴み捏ね回す。漏れる声は耳障りなので脱ぎ捨てたシャツの裾でも丸めて口内に押し込み、暴れるようなら肩の関節を外してもいいだろう。慣らすこともせず、ただ場所を確認するためだけに指をおざなりに後孔に突き入れ、2,3回中をぐるぐる掻き回してさっさと引き抜く。痛みに朦朧としている眼に嘲笑をぶつけ、いきり立った性器を勢いに任せて押し込む。狭い入り口が裂け、鉄臭い匂いが鼻をついても意に介さず、それどころか滑りが良くなったと嗤いながら、奥の奥まで蹂躙し、そして青臭い体液を存分に中へとぶちまけろ―――とてもとても楽しそうに囁き続ける神は、しかしすぐに眉間に皺を寄せ私を睨み上げた。 私はゆっくりと白い肌に舌を這わせ、やんわりとした愛撫を続けた。まだ足りなかったのか、とばかりに私の背に再び神の爪が襲いかかる。ぎりぎりとアバラの間にまで爪は立てられ、あわやスペアリブの気持ちを体感するところだった。 「っ、もういい、止め」 身体の反応とは裏腹に、何処までも神の声は平静を崩さない。すっかり熱の引いた表情で私を押しのけようとするので、先ほどの神の言葉に従って適当に探った指先に触れたアンダーをその口へと押し込んだ。少しばかり神の目が見開かれ、そして面白いものを見つけた子どものように煌く。私は神の意に沿う者。神の意を汲む者。その瞳が何と語っているか、このような状況でも私には直接耳打たれるように判る。イイ子だ。さあ、犯せ。屈辱を与えたくば雌犬のように扱うのもいい。お前の欲をそのままぶつけてみるがいい――― 「神」 しかし私はやはり、内容をトレースすることはなかった。抵抗を封じ込めることだけは共通していたが、私はその身体を丹念に、丁寧に、硝子細工に触れるよりも慎重に扱いきった。 「神、神、神、神、神…!」 「…っ、……ぅ」 ただ神の御名のみを口にしながら、私は神の瞳にちらちらと殺意が見え隠れすることに気づいていた。 「あうっ!」 吐精して、息をついた私がゆっくりと性器を引き抜くと、すぐさま脇腹に衝撃が走った。思いきり蹴り飛ばされたのだ。何度も蹴られ、ベッドから無様に転がり落ちても、それは止まなかった。 「…ぐ、ぅっ」 フローリングで素っ裸で丸まる間抜けな男の顔に、腹に、みぞおちに、次々と蹴りが入れられる。肩甲骨を踵で踏みつけられ、思わず伸びた背に、今度は顔を横から蹴り飛ばされる。呼吸ができず、舌を反射的に噛み千切りそうになるのをどうにかおさえた。軽い脳震盪でも起こしかけたか、目の前が一瞬暗くなるがそれも赦されない。神はそれを赦しはしない。 「……ぅ、ぁ……」 身体中が痛む。頭は先ほどから警告を発するかのように悲鳴を上げている。ようやく止んだ衝撃と、軽く軋んだベッドの音と、そして後頭部に乗せられた重みで、私は神の御前に跪くことを赦された。 「…酷い顔だ。お前は欲の深い子だね」 与えられるものばかりでは、気が済まないかい? 神が嗤いながら、足に力を込める。私の頭をそのまま踏み潰してやろうかと思案しているかのように。 「……出過ぎた、真似を…」 「構わない。お前は人形じゃないからね。僕の選んだ子だ、マリオネットじゃ困る」 「神…!」 私は歓喜に打ち震えていた。神は、私を選ばれたことを後悔してはいないのだ。 「魅上。お前を見つけて良かったよ。お前なら、僕とも、…あの男とも、世界を共有できたかもしれない」 「……神。それは…」 いまだ額を冷たい床に擦りつけたまま、私は頭上におわす神の様子を伺った。小さく震えが伝わってくるのは、笑っているのだろうか。 「かつて。かつて新たに生まれようとする秩序に逆らう男がいた。どうしようもなく愚かで、固く、そして迎えたゲーム・オーバー。とても奇矯で、奇形で、奇妙で、腹の立つ男で………とてもいい、退屈しのぎだった……」 小さく、咽喉を鳴らした。じわりと、沸き起こってくるそれは名づければ嫉妬であったのか憤りであったのか。私を睥睨しながら、神は今、私を見ていない。とうに舞台から去ることを余儀なくされた敗者へと、ただその目は。 もうすぐ、と神は歌うように囁いた。 「もうすぐ、お前が真に必要になるよ、魅上。あの、二番煎じ連中を、一掃してより良い世界を創るために」 「…の」 「うん?」 「神のために、どうぞ私を」 「あぁ、お前がいてこそだよ。魅上」 ゆっくりと置かれた足がどけられる。私はようやく神を仰ぎ見ることができた。一糸まとわぬ姿は、芸術家の手でもそうはいかぬほどに優美なラインを描き、完璧なままにそこに在る。究極であり完全であり、はじまりでありおわりである。全てを見事な調和をもって融合させたならば、かの存在に到達するだろうか。 『僕は勝つ、世界は僕を必要としているのだから』 ―――果たしてそうだろうか。神は勝つのではなく、負けないのではないだろうか。負けられないのではないだろうか。何故ならば、神が『二番煎じ』に負けることはすなわち、あの男への侮辱に他ならないからでは―――そう、そして今日この日に神が私を呼びつけ口にしたのは、かつてあの男との間にあったことなのでは――― 私はたちどころに思考を停止させた。そのようなことに思案する時間すらも私には惜しい。 私は神のためだけに生まれてきたのだ。神の創り出す新たな世界に足を踏み入れその足元にひれ伏すために。その奇跡を見んがため、私は才気溢れる愚鈍となろう。私は神の光を讃え続ける、明き盲だ。 私はいずれ、恐らくは近い内にでも、私の信仰によって殉教者となる。あの女と同じように。 私は恭しく両の手で神の片足を支え、その甲に唇を落とした。 新しく生み出されるだろう世界にも、きっとあの男は息づいているのだろう。ふと過ぎった背信にも憧憬にも近い想像に、私は杭打たれた聖職者のようにうな垂れた。 |
>>>どめすてぃっくばいおれんす(違) 照×月と見せかけて実はL月ですとか言ったら駄目ですかそうですか。 2人が密会する余裕なんて何時あったんだ、なんて突っ込みはしないお約束。 >>>back |