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香水はあまり好きじゃない。 むっとする匂いに脳みそまでいかれてしまいそうな錯覚が襲う。 しかし嗅覚は閉鎖空間に留まっていれば鈍くなっていってしまうものだ。 それにむせ返るような薔薇の香りは、運動を阻害するわけではない。 気にするだけ無駄だ。どうせ数十分、数時間の間だけなのだから。 安物のベッドががたがた軋む。規則的な律動運動。変化を起こす気力すらない。さっさと終えるに越したことはない。 のしかかって適当に突き入れて引き抜いて。 ちかちかと表のネオンが時折室内へと差し込み、歪な模様を映し出した。 ショッキングピンクの光が、適当に放り出した金貨数枚にきらきら反射する。 綺麗な綺麗な毒々しさ。 それがこの数十分の値段だ。 絡みつく細い腕。 背に薄いマニキュアを施した爪が立てられるのを感じながら。 俺は溜め息を吐くように射精する。 ++ パラノイド ++
「…っ、んぁっ」 がくりと膝が折れた。 くず折れるように倒れこむと、屹立した自身が自分の腹と相手の足に挟まれるように刺激され、ひきつった声が咽喉から漏れる。 「倒れちゃ駄目だよ。触れないじゃない」 「あ……だ、って」 「ほら、膝立てて。ね?」 ね、じゃない。ね、じゃ。 可愛らしく言えば許されると思ってるだろお前。 鎧の脚は俺の身体に比較すれば当然太い。 ベッドに座り込んだアルフォンスの膝に乗ろうとしたとて、足をめいっぱい広げても座れやしない。彼の左足だけに、俺は足を開いて座り込んだ。 彼に言われた通り、ゆるゆると膝を立て直し、肩へと縋りつくように手を伸ばす。 単なるからかいなのか、嗜虐からか、膝を軽く揺さぶられ、またみっともなく嬌声を上げた。 「えぇと、こうだよね? 兄さん、ちゃんと言ってくれないと僕判らないから」 お兄ちゃんだってお前がベッドで性格変わる人間だとは知らなかったよ!! 「ひ…やぁぁっ! ば、か…っ! いきな、り…っ」 ぐり、といきなり先端を押しつぶすように弄られる。湧き上がる性感に吐き気に近い欲望が高まった。 「あ、ごめん。痛かった? でも、大丈夫そうに見えるよ?」 「なわけあるか…!! も、すこ、加減…」 「あぁそうだ。前だけじゃ駄目だよね。ごめんね兄さん」 ―――だって、抱かれたいんだものねぇ、兄さん? くらくらするのは、過ぎる快楽のせいだ。 「ぁ……、其処、其処ぉ……っ!」 あぁ全く狂ってるじゃないか。 ま る で ま る で 冷たい鋼が肉を抉って擦りあげて千切りとって。 生温い人間の柔肌に安らぎを。 硬質の金属の打撃に恍惚を。 容赦なく後孔へと突き入れられる太い指。 1本だけでぎちぎちと音がしそうだった其処にはむりやりに2本目が捻じ込まれた。 鉄くさい匂いがするのはきっと出血してしまったせいだろう。 痛みを感じて当然だろうが、俺は痛みも快楽も判らない。 あぁそうだ判らないんだ。何も。何も。 ただ咽喉が嗄れるまで悲鳴を上げて弟を悦ばせる。 何も知らない純粋無垢に育てたはずの弟が、初めて接する性的体験。 あぁごめんアルフォンス。アルフォンス。 その相手が血縁で。しかも同性で。しかも兄で。 「ねぇ、気持ちイイ? 兄さんの顔、よだれでべたべたになってる」 くすくす笑って、アルフォンスは垂れ流しの唾液を拭い取るように、あるいは擦りつけるように、俺の頬を指でなぞり上げた。その感触にぞわりと皮膚が粟立つ。 冷たい指。鋼の指。金属の指。 熱に浮かされているこの身体と、どんどん引き離されていくその摂氏。内臓が悲鳴を上げるその硬度。 ようやく、俺は目の前の弟が鎧なのだと自覚した。 肉から欲から性から解き放たれたお前。のうのうと肉体の中で生きている兄。 本当は。 俺はとうに肉なんて要らなかった。要らなかったんだ。 罪人の鎖と咎と懺悔とを抱えて、俺こそがヒトガタに封じられるべきだったのだから。 だから俺は肉なんて。 でも、それは皆。 お前の欲しがるものだから。お前に返したいものだから。いつかお前に与えられることを夢見ているから。 忘れないために。 だから俺はひとでなしにも、1人肉体の感覚を享受しながら生き長らえている。 肉体と欲は切り離せない。 脳から様々に情報伝達がなされ、そして結局心ですら脳内麻薬に支配されているところの人間としては、つまるところ生理的欲求からは逃れられない。 付け加えるなら俺は男で、しかも思春期真っ盛りで、要するに3度の飯より性欲な時期なのだ。 ははははは、面白い。 こうして大事な大事な弟の身体を取り戻すべく旅をしながら、俺は肉欲に身を焦がす。 そんなこと、アルフォンスに知られるわけにはいかないだろう? だから俺は。 あいつには綺麗な綺麗なお兄さんの顔してみせようと、せっかく適当に女を買って吐き出して。 そして明るく「ただいま、アルフォンス。良さそうな本見つけたぜ?」と笑って宿に帰ることを続けていた。 続けて行く、つもりだった。 ざぁ、と頭から血の気が引いていく音がした。 さて帰ろうかと歓楽街から1歩出た辺りで、立ちはだかった2メートル強の装飾品。魂篭もった金属塊。 「………あ、る?」 どうして、此処に? 「…兄さんみたいな目立つ人が、誰にも見られない訳ないでしょう?」 ほら、帰ろう? 差し出された手を、俺は操り人形のようにふらふらと握り締める。 ようやく、凍りついた心臓がかすかに動き始めた。 「別に、僕は何とも思ってないから。だって、兄さんは生身なんだから」 宿の部屋に入るなり、アルフォンスはそれだけを言う。 「……あぁ」 「でも、兄さん。あぁいう処って、その、お金で女の人を買ってるんでしょ…?」 そう現金買い。大体1時間での相場が〜センズ。 「…即答できるんだ」 できますヨ? これでも俺若いから。 「兄さん、開き直ってない?」 開き直る以外どうしろってんだ馬鹿。 女抱いた帰りに弟にお出迎えされてるわけだぞ俺は。 「あの、僕はね…兄さんが、その、そういうことしたくなる年頃だってのは知ってるよ。医学書とかにも書いてあるし。でも、」 でも何ですか。アルフォンスくん? その口いますぐ塞いでやろうか。 「やっぱり…人をお金で買うっていうのは…」 じゃあ何か。旅の身空で、俺に特定の相手を作れと。恋人の1人を作れと。 例え作ったとしても、全国行脚してたら結局一緒のことじゃないか? 「でも!!」 相手も商売なんだから問題ないだろ。それに俺だって相手は選んでる。 たかだか実年齢15歳の俺を見て、「辛そうね」と言った女がいた。 男と違って女は鋭すぎて心地よい。何も言わずとも全てお見通しの母性のイキモノ。 もう顔も名前も覚えていないが、きっと俺が彼女を選んだ理由だって察していたに違いない。 正反対の、黒髪と緑の瞳の女だった。 ( だ れ と ? ) 「でも、そんなのってさ…!!」 本当に、止めてくれアルフォンス。 それ以上。 何も。 「……あまり、良いことじゃないって、思うから…」 ごめんね、そう呟いてアルフォンスは俯いた。 どうして言わせるんだ。言わせるな。訊くな。言うな。 これだけは、口にするものかと思っていたのに。 俺の逃げ道を塞ぐのは何時だって お前 「…じゃあ、お前相手してくれんのかよ?」 俺は何処まで進歩のない馬鹿なんだろう。 次々と弟に鎖をかけていかねば気が済まないらしい。 「……アル…っ、もっ…と、奥…っ」 「…こっち?」 ぐぃと大きく右の奥を突かれて、咽喉が鳴った。 さらに指を蠢かされるとちょうど前立腺に当たったらしく、腰が砕けそうな快感が走る。 「ぁん…っ! ひ、ぃああああっ!」 人間のそれとは比べ物にならないほどに太い指をリズミカルに動かされ、唇の端からも自身からもだらだらと体液が伝い落ちた。 「あっ、あ、んっ、ぁっ」 「……兄さん。本当に女の人抱いてたの?」 「…ゃ…」 心から不思議そうに、アルフォンスは耳元で囁く。 「男の人に抱かれてるんじゃないかって思うくらい…感じてるよね? よくこれで…」 続く言葉は聞かずとも判る。 自分で自分がいちばん判らない。 女を抱く時の快楽は身体が生理的に感じているだけで、あれは排泄以外の何者でもなかった。 いつだって頭は冷め切っていたのに。 どうして、こんな柔らかさも肌の匂いも艶かしい仕草もないこんな弟に触れられているだけで、意識が吹っ飛びそうになっているのか。 「…あ、でも。少なくとも、今日は女の人相手だったんだね」 「……ぃやぁ…っ!」 まだ絶頂に達していないままに、奥から指が引き抜かれた。それを押し留めるように、内の襞がうねるのが判る。 「…ぁ、やだ…アル…っ」 「背中。判る?」 俺の嘆願を聞かないままに、アルフォンスが俺の背を指で上から下になぞり上げた。それだけで背筋は過ぎた快楽にのけぞり、そして放出されない熱をよけいに持て余す。 「…なに…?」 「ほら、触ってみて? この辺り…」 左手を取られ、自分の肩口へと回された。 弟の導くままにされていると、指先に触れるささくれた皮膚の感触。 「かさぶたできてるよ。爪、立てられた…? やっぱり、女の人だね」 爪痕の間隔から手の大きさを判断したのだろう。 そう考えると同時に、いきなりそこに指先を押しつけられて俺は痛みにのたうった。 「や! 痛…っ」 「痛い? ごめんね? 僕爪ないからさ、我慢して?」 どんな理屈だ馬鹿。 まだ柔らかなかさぶさを剥がすように、深めるように、アルフォンスはぐいぐいと指先をめり込ませた。 すでにこれは女の残した痕じゃない。この男が、刻み付けたものだ。 この身体に、刻み付けたものだ。 「どんな人だったの? 今日の人」 「…ぇ…っ」 「聞かせてよ。兄さんの好みの人ってどんなのかなぁ」 髪は何色? 瞳は? 背はやっぱり兄さんより低いほうがいい? 矢継ぎ早に質問を繰り出しながら、アルフォンスは俺の髪を優しく撫でていく。 快感に霞んだ瞳で見上げれば、ぽかりと空いた兜の空洞がそこにあった。 まるで吸い込まれるような錯覚。 いまその空洞には、俺が数時間前に抱いていた女の幻影が映っているのかもしれない。 「…な、アル……っ、も、イかせて……っ!?」 強請るように腰を相手へと押しつける。 よけいなことで埋め尽くされた脳みそが攪拌されてしまうような、快楽が欲しい。 「うん。幾らでもシてあげる。兄さんが好きなだけシてあげる」 まるで弟のわがままを聞く兄の口調で、アルフォンスは先走りに濡れたそれをなぞり上げた。 指先が触れるだけで、馬鹿みたいに反応するこの身体。 「これからは、わざわざ外行かなくて良いよ」 ぐちゅ、といきなりに指を突き入れられ、そして前も同時に責めたてられた。立つ水音だけで、今なら俺は羞恥に死ねる。 がくがくと震える身体を必死に鎧へと縋らせて、俺は波に身を任せた。 「ひぃ…! あ、ぃやぁぁぁああぁっ!!」 「………」 綺麗、と何も知らない弟が呟くのを何処か遠くで聞きながら。 ごめん、とけして相手には聞こえないよう懺悔した。 あぁ全く。 馬鹿じゃないのか。 神さま。愚かしい神よ間違うな。 誤ったのは。 犯したのは。 恥と欲と汚辱とそして汚らわしい体液に塗れ厭らしい快感に咽び泣くのは。 いつも 俺 1 人 (例えばこの行為に付随する言葉なんて、俺は死んでも口にしないから) だから 赦 し て 下 さ い |