だから精々見せ付けてやるわ、と彼女は薄笑いを浮かべたのだ。 ++ about you ++ 右斜め後方から耳障りな音を立てて迫ってくる相手を、振り向きもせずに回し蹴る。ぐしゃりと潰れた後にはお決まりの解放の声が聞こえているのだろうが、アレンも特に感想らしきことは言わない。そんな彼も、銃火器型に変形させた左手で10匹弱程相手を一気に仕留めていた。いちいち十字を切るほど敬虔ではないので、即座に次の標的に狙いを定める。 「火判」 ぼうと周囲の空間が切り取られ、劫火がその中で雄たけびを上げる。一瞬で灰燼と化した彼らの内なる魂は、果たして原型を留めているのだろうか。果たして天の玉座へと無事辿り着けるのだろうか。そんな事に今まで僅かな興味も持たず、自分の知ったことではないが、初めてリナリーは疑問を感じた。とはいえ、どうでもいいことを長々考える性質でもないのですぐさま無駄なこととして消去する。そして同時に、大きな深いため息をついた。 「どうかしましたか、悩み事でも?」 女性の憂いを見過ごせない男、アレン=ウォーカーがすかさず声をかけてきた。リナリーに接近ついでに、彼女に向かっていたアクマを2、3匹片付ける。 「ええそうなのよ。どうしようもない子の事で頭が一杯」 「君の思考をそんなに独占するだなんて、罪作りな人ですねえ」 「そうでしょ?」 リナリーが無言で姿勢を低くすると、空いた空間へアレンが射出口を向ける。すかさず放たれたエネルギー杭は十人十色の形状をしたアクマ達を次々地面へと縫いとめる。そこへラビがタイミングもぴったりに新たな印を結んだ。燃え盛る一瞬。下品な笑声をあげながら追ってきた大型のアクマにリナリーは行く手を遮られた。レベルは恐らく2だろうか。ただ相手を倒すことだけに行動するレベル1とは違い、レベル2には獲物を見極め、時には甚振ったりからかったりと人間らしい行動が見て取れる。レベルが上がるにつれて崩れていくという哀れな魂は、もしかしたらその人間味を吸い取られているのかもしれない。玉乗りした道化人形の風体をした相手は、まさにリナリーを値踏みするように見下ろしてへらへらと笑った。 「ほんっと、馬鹿な子」 「その点に関しては同感ですね。君から言ってやったらどうですか」 「無理よ。もう10年近い付き合いなのに一向に改善されやしない」 「あ、俺もそう思う。あいつが馬鹿なのはもうパーソナリティの一部さね」 ふわりと踊るようにリナリーは地を蹴った。相手の毒々しく赤い鼻に手をかけ、逆上がりの要領で舞う。そしてその体勢のまま勢いをつけて強烈な蹴りを見舞った。 「!」 いきなり掴まれた足首にリナリーは顔を歪めた。ラビの胴体程もある太い手首ががっちりと彼女の細い足首を捉えており、そのまま勢いに任せて振り回す。当然ながらリナリーの身体もぼろきれのように振り回された。 「…っ、てめ」 ラビが槌を握り道化に飛びかかりかけたが、アレンが動く方が早かった。元より槌と銃では攻撃を仕掛けるまでの時間差がある。しかしそんな彼が完全に身構えるより早く、道化人形は空気が抜けるような音を立てて破壊された。ばらばらと破片が舞い落ちる真下、それを避けるでもなく突っ立った少女がおちゃらけて笑う。 「残念。遅い」 「少しは見せ場をあげようって気はないんですか、リナリー?」 「あら。女に与えられないと活躍もできないの、ミスター?」 漆黒のイノセンスを纏った様からは判断できないが、恐らくリナリーは腱を痛めているだろう。しかし痛がる素振りも、脚を庇う仕草すら彼女は見せず懲りずにやってくる相手に文字通り飛んで行く。とはいえそれはアレンやラビにしても似たり寄ったりで、つまり彼らは程度の差はあれど漏れなく満身創痍へと歩み寄っていた。 「何処ら辺にいるんかねぇ、俺らの困ったちゃんは」 「宝物は一番奥ってのが定番だけど」 「アレが大人しく仕舞われてる人ですかぁ?」 某月某日。彼らの同僚にして同年代のエクソシストが1人、下手を打った。 「こんなアクマの巣の密集地帯に、どうして突っ込むかなあいつは」 「だから馬鹿だからじゃないですか」 「馬鹿ね」 そして会話はぐるぐる同じ所を行き来する。 「でも彼らも馬鹿ね」 「全くだ」 「ええ本当に。あんなもので、足止めになるとでも思われたんですかね」 神田が行方知れずになりその付近に例の密集区があると判明し、アレン達3人が出向こうとした矢先、彼らに立ち塞がったのはアクマでもノアの一族でも当然伯爵様でもなかった。それは本当に何でもない普通の一般人だった。ただ単に、彼らが伯爵側に益をもたらし恩恵に預かっていたという一点だけを除いては。 「見くびられたものさね」 そういった人間の存在はアレン達とて承知していた。連中の持つ暴力と恐怖よりもそれと繋がることによる利益を優先させる人間だ。そんな彼らが、自分から表舞台に出てヴァチカンへ歯向かうことはないのも明らかで、ならば彼らが今自分たちにこうして向かってきているのは、彼らの意に沿うたものではないのだろう。しかし脅されてか操られてかは知らないが、それでも彼らは向かってきたのだ。凶器を手に、戦場へと、戦士に向かって。 「だから何だっていうのよ。本当に、見くびられたものだわ」 興味なさそうにリナリーが呟く。躊躇?それは何だ。戸惑い?戦場にそんなもの不要なだけだ。これは戦いの場だ。だからリナリーの脚は血に染まっているし、アレンの白い髪は赤黒い血でごわついている。ラビの槌とて人の脂くらい染み付いているだろう。 「…僕、まだまだ修行が要りますねえ。リナリーがそういう風に戦うのが、意外に思うだなんて」 「本当ね。失礼だわアレン君。私は平気よ?だって私の最初の敵は、アクマなんかじゃなかった」 醒めた目でリナリーは答える。あの時は両親を殺されたということを、死を、実感できる年ではなかった。ただ判るのは愛しい兄から引き離され心と身体がぼろぼろにされても尚、冷たい幾つもの目が自分を見下ろしてくるということだけだった。今でもリナリーは時折思う。本当の敵とは何かなどと。 「でもさぁ、リナリー。多分アレンよか、ユウのがショック受けんじゃね?」 「あ、それ僕も思います。何か…神田ってアレですよね。結構リナリーに過保護っていうか」 「おお。お前もそう思うか。大丈夫だ、奴は俺公認のシスコンだ。ちなみにコムイレベル」 「…っふ、くく」 脳裏ではリナリーを溺愛する室長の日頃の言動神田バージョンでも想像しているのか、アレンが笑いを堪えきれずに噴き出した。 「『リナリィィィィィ、僕を置いてお嫁になんてやらないぞぉぉぉぉぉぉ!!』」 「あっはははははははは!!!!ちょ、ラビ、お腹痛、」 ほぼ毎日室長と班長との間で繰り返されているやり取りをそのまま神田に置き換えたらしく、涙すら浮かべて2人は爆笑している。ラビの声真似がかなり本人の特徴を捉えていたのも一因だろう。身体を震わせ笑い転げる男2人は、しかしきっちり自分の分担はこなしている。ぐしゃりとまた新たな破壊の音。 「ユウはさぁー、リナリーを可愛い可愛いしたいからさぁー、んな格好見せたら卒倒すんぜ?」 「仕方ないじゃない。神田は私を守りたいの。だから私は神田にだけは守られたくないのよ」 さあまた新たな一群のご到着だ。リナリーは既に痛覚すらおぼろげな脚で地を蹴った。見やるとアレンの白のカッターにはじわじわ赤い染みが広がっている。ラビは内臓にダメージを負っているのか、顔色が悪い。だが例え血を吐いたとしても、彼が他2人に出番を譲るような真似はしないだろう。それは残りの2人にしても同じだった。ただ1人。ただ1人、神田だったなら。 「だから私のピンチには、騎士役はアレン君とラビにお願いするわ」 「「喜んで」」 「だから神田の騎士役は、私に譲って貰うわよ」 何だかんだで非常に笑えることに、この4人の中で一番優しいのはあの男だったりする。否、甘いのは、か。彼ならば、怪我を負った少女を少なくとも最前線で戦わせ続けることはしないだろう。そんな彼だからこそ、そろそろ思い知っておいて欲しいのだ。 「女の子はね、好きな人には自分のこと全部判って欲しいって思うものよ」 「強烈な告白だねぇ〜。俺ぁそんなリナリーが大好きよ?」 「あらありがと。ラビ」 髪が重い。振り返った際に髪先が頬を掠めた。生臭い匂いと濡れた感触から、頬も赤く汚れているのだろうと思う。そしてこの脚が兵器ではない、生身の人間を屠ることを想像してすらいない、彼を想った。 「一番初めに神田の前に立って、手間かけさせるなって笑ってやるわ」 この格好でねとリナリーは、血塗れの脚を挑発するようにゆらりと振った。 |
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