font-size L M D S |
花も綻ぶような、の形容では足りない程に美しく微笑みあう彼女たち。 その光景は本来ならば柔らかな表情で見守るべきもののはずなのに、どうして眉間に皺が寄せられるのか。 ++ たたかい ++ 「こーらっ、神田!まだまだあるんだから、寝ーなーいーのっ!」 「そぉですよっ。まだまだまだまだ、あるんですから!」 「………今の俺に太陽なんざ毒でしかねえんだよっ。あと騒音!」 まるで餌をねだる小鳥並みのしつこさで騒ぐ少女2人に、部屋の主である神田は先ほどより増した頭痛を抑えるべくこめかみを指で圧迫した。ぶぅ、と揃って可愛らしく頬を膨らませる様はそれはそれは愛らしいが、しかしだからと言って夜が白むまで鍛錬にあけくれていた自分にようやく許した安眠の時間を妨げられる理由にはならない。 「ねえねえアレン君っ、これどお?」 「うわぁ〜〜、可愛いです!何処で買ったんですか?」 「んーとね、リッチモンドのジョージ・ストリートのお店。店の名前は忘れちゃったけど、今度一緒に冷やかしに行きましょう?」 「是非!そうだ、美味しい店を見つけたんです。アップル・クランブルがそれはもう。今度連れて行きますよ。思い出すだけで、口の中にシナモン・パウダーととろけた林檎の味が広がりそうです、うぅ」 「楽しみにしてるわ。ねえ神田?」 「…そこでどうして俺に振る」 ちらりと目をやった先には、サーモンピンクのシフォンスカートをはためかせ、春の妖精がごとくくるくる回る黒髪の少女と、両手を叩いて賛美の言葉を惜しまない白髪の少女の姿。こちらも普段のリボンタイにカッターシャツ、黒のスリムパンツの出で立ちから離れ、シンプルだが染め模様が入っているペールグリーンのワンピースだ。ハイウエストで切り替えが入っているワンピースは、少女を清楚に仕立て上げている。お互いの戦利品を褒めあい健闘を讃えあう彼女らの周囲には、脱ぎ散らかされた色とりどりの布と、これから脱ぎ散らかされる予定の色の洪水で埋め尽くされている。よくもまあこれだけの量を自分の部屋へと持ち込んだものだと、神田は現実逃避気味に関心すらしていた。 「あら。神田どうしたの?顔色が悪いわよ?」 「本当だ。目の下、クマできてますよクマ!神田ってば!睡眠不足は女の子の天敵なのに!」 「そうよ、神田は自覚が足りないわ」 「……てめぇらがそれを言うか…」 ますます酷くなった頭痛の原因を物凄い視線で睨みつけ、神田は日光を腕で遮りながらうめき声をあげた。おかしい。神田は満身創痍といえるまでに自分を追い込み、意識を失う直前まで己を痛めつけ、そしてようやくシャワーを浴び汗と汚れを落とし、(負った怪我は軽いものばかりだったのでとうに消えている)そして糊の効いたシーツへダイヴして夢の国へ旅立たんとしただけだ。神田が完全に夢に取り込まれる寸前に叩かれたノックが、まるで悪魔の嘲笑のように聞こえたのは錯覚ではなかった。 扉の前には、きらきらした瞳でこちらを見上げる悪魔が2匹。 名を、リナリー=リーとアレン=ウォーカーという。 2人の手にした、限界を超えて膨らんだ袋はそれぞれ両手にぶら下げているため計8つ。計算はおかしくない。1つの手に2つ袋を持っているのだ。そして袋の端から、ケミカルレースのあしらわれた薔薇柄の布地が覗くのを認めた瞬間、神田は己に安眠が訪れないことを悟らざるを得なかったのである。 そして神田の自室にて、部屋主の意向完全無視で開催されたるはファッションショー。 年頃の少女ならば、己を飾ることはある種の本能である。日常的に黒基調の団服で過ごし、そういったお洒落や色気などとは無縁の生活に慣れきっている少女らも、ふとした時に本能が叫びを上げる。結果、こうした突発的ファッションショーが数少ない女性メンバーで開かれるのだ。これまではリナリー1人が買い込んだ服を神田に披露していただけであったが、アレンが加わった今、相乗効果も相まって物凄いことになっている。 諦観気味に眺めていた神田に振り向き、リナリーがそれはそれは綺麗に笑う。まさに肉食獣の笑みだった。わざとらしく、さも今思い出したと言わんばかりに、彼女は袋から小さな何かを取り出す。 「そうそう、新しいクリーム買ったのよ。肌が綺麗になるんですって」 「塗るな塗るな塗るな!」 陶製の瓶に詰められた薄桃色のクリームを指で掬い、にっこりとリナリーが迫る。寝る気満々だった神田は、薄い寝間着しか着ていない。しかも故郷のそれは、あっさりと足だろうが胸元だろうが手を差し入れることができるのだ。 「ちょ…っと、リナリー!」 「駄目よー。ちゃんとお手入れしないと。言っても聞いてくれないんだもの。私がやるしかないじゃない?」 ね?と小首を傾げられても、到底頷けるものではない。しかし自分より細い少女によもや本気で抵抗できるはずもなく、神田がリナリーの思うままにされるのも、結局はいつものことだ。 「冷た……っ、ちょ、もう着替えはいいのかよ…っ!?」 「ん〜、一応、一旦は終ったもの〜。まぁ、続きはあるんだけどね」 「…は?」 「えへへへ、リナリー、神田ー、どーですかコレ?」 何だまだ続いてるんじゃないかファッションショー。 そう思ってアレンを見やると、そこには。 「きゃーっ。それ素敵ね、とっても可愛い!」 「ありがとうございます。リナリー」 純白のランジェリーに身を包んだアレンが、くるりと回っているところだった。 「やっぱり、真のお洒落は下着から!ですよねぇ」 「そうよねー。私もねぇ、可愛いの仕入れてきたのよ」 硬直した神田に構わず、アレンはいそいそ神田の寝転がるベッドへと上がりこんだ。裾が斜めにカッティングされ、チュールレースがふんだんにあしらわれたベビードール。花がモチーフのオールオーバーレースのロウカットプランジブラ。それと共布のストリング。両の太腿には白レースのガーターリボンが存在を主張している。 「…何やってんだお前は…」 「可愛くないですか?似合ってない?」 ふふ、と笑いながらベッドに横たわり、神田を見上げる様は堂に入りすぎている。 「…そんなもの、意味がないだろう」 「そんなことはないですよ。これは女の戦闘服。微笑みひとつ、指先の動きひとつ、時には視線だけでやり込められてくれる、可愛くて馬鹿な男だって結構多い。とは言っても、僕のコレじゃあ、妙な趣味を持った人しかそうそう近寄りませんでしたが」 白のレースの向こうに、赤黒い腕が透けて見えた。その手は遊ぶように己の脚に絡み、そしてわざとだろう、片方だけガーターを指先に引っかけ、ゆっくりと腿の上を滑らせていく。弄ぶような、誘うような仕草を、かつて彼女は誰かに向けたのか。 「あ〜、でも神田だったら、本当に視線だけで骨抜きにできるんでしょうね、哀れで幸福な犠牲者たちを!」 本当に、君は綺麗だから。 微笑むアレンこそ、その薔薇色の頬も輝いた瞳も小首をかしげた様も、愛情を受けるには十分すぎるだろうと思いながらも、しかし彼女が世界から否定を受けたことを薄らと知る神田は、元々回りにくい舌を止める。代わりのつもりだろうか、無造作に白い髪に乗せられたしなやかな神田の手の感触に、アレンは嬉しそうに目を細める。陽だまりの猫のように身体をくねらせ、リラックスしきっているようにベッドに伸びている。咽喉でもなで上げてやったら今にもごろごろと音がしそうだ。そんなことを神田が思っていると、何やら先ほどからごそごそやっていたリナリーの達成感に溢れた声が届いた。 「よし、着替え終わりっ」 「…ぅ、わぁ〜…」 「アレン君が白なのでー、私は赤とピンクにしてみましたー」 振り向いた先、そこには華が咲いていた。 ローズピンクのレーシーなキャミソールは前開きで、所々に赤で小薔薇の刺繍が施されている。開いた胸元から覗く下着はクリムゾンレッドのシンプルな形だ。可愛らしく中央にはひとつ小さなリボンがついている。ボトムは紐つきで、そこからすんなり伸びた形のいい足先には、揃いの赤が彩られていた。健康的で快活なリナリーらしい。本人はどうやらもっと色気を醸し出したかったようだが、それはいずれ時と経験が彼女に与えるだろう。 「一言ご感想をどうぞ、神田?」 にっこりと期待に満ちた瞳で見つめられた神田が、詰まりながらも答えてしまう辺りが、両者に流れた時間を感じさせた。 「あ、あぁ…似合ってるんじゃないか?」 「ありがとう。やっぱり、素敵な服…まぁ下着だけど、でも素敵なものを着るととても気分もハッピーになるわ。それに、とびっきりの美人がとびっきりの格好をしてくれたら、それだけで最高だと思わない?ねえアレン君?」 「ええ、全面的に諸手を挙げて賛成しますよ、リナリー」 「……っ、だ、てめっ!」 リナリーの目配せと、アレンの音速の動きと。 いかに戦士たる神田としても、流石に同じエクソシストの同僚2人の息の合ったコンビプレイに初動が遅れた。そして崩れた体勢はそのまま敗因へと直結する。後ろからアレンに羽交い絞めにされた神田が、振りほどこうと必死でもがいても、全ての衝撃はクッションとベッドに吸い込まれていくだけだ。 「お前ら…っ、何しやがるっ」 「ごめんね神田。でも、こうでもしないと、大人しく貴女がメジャーを身体に巻きつかせてくれるとも思えないし」 「はあ?」 「そして私は今、メジャーを片手に持っている訳なんだけど、こんなので測るのも何だか勿体無いような気がしてきたわ」 「……リナリー?アロー?リナリー?」 ぞくりと神田の戦士としての本能が叫ぶ。逃げろ。逃亡は恥ではない。今すぐこの場から退散しろ! しかし本人がそうしたくても、そうはさせない少女2人が神田へとにじり寄る。 「しっかり押さえててね、アレン君?」 「アイアイサー、ボス」 「〜〜〜っ!!」 「あら。何だか前より成長してるかしら?」 問われた所で、神田に返答をする余裕などない。強制的に寝そべらされている姿勢のまま、リナリーに両腿を押さえつけられるように乗られ、更には実に楽しそうな素手による「触診」だ。単に大きさを測るだけなら、執拗に揉みしだく必要は一体何処にあるのだろう。ちなみに、リナリーが隠し持っていたメジャーはお役御免とばかりにとうに床へと打ち捨てられていた。 「…や、ちょ……っ、待…っ! 「ん〜柔らか〜い。何で普段サラシで適当に巻いてるのに、崩れてないのかなぁ。本当、羨ましいったらないわ。悔しいからもうちょっと堪能させて♪」 そぉねぇ…65のEと見た。 「どういうつもりだ、リナリー…っ!」 「え?んー…あえていうなら……癒し?」 「人をダシにするんじゃねえ!こいつでいいだろ、後ろのこいつで!」 「…明らかに僕より君のが揉み甲斐あるでしょう。リナリー、神田押さえるの交代してくれませんか?考えてみれば、僕触らせてもらったことないんですよね」 「よし、触らせてあげよう。神田、そういう訳だから、大人しくしててね」 「どんな訳だぁぁぁぁっ!!」 しかし哀れなるかな、神田がいかに悲痛な叫びを上げたとて。 「何でそう、色気のない悲鳴なのよ。いやーとか、止めてーとか、あーれーとか」 「…最後のはちょっと違いません?」 心底楽しそうな少女2人の前には、何の意味も為さないのだった。 そんな、神田にとってだけの悪夢から数週間後、再び神田の自室の扉が叩かれた。部屋主は綺麗さっぱり無視することにした。幾ら乙女心や恥じらいや甘酸っぱい恋心の類から無縁な神田であっても、流石にアレはきつかった。しかも可愛らしい少女2人による凶行だ。表立って抵抗する気力すら残されていない神田には、地味なストライキくらいしかできない。 しかし、扉を叩く音がとんとんとんからがんがんがんへ変わり、時折蹴りが入っているらしき振動が扉を揺らし始めた。ああ隣の部屋の人、誰だか全然覚えてないが済まん迷惑かける。常識が欠落している神田ですら、脳裏に隣人への謝罪がよぎる。そしてとうとう「…仕方ない、アレン君さぁイノセンス発動!」なる物騒極まりない号令に、神田は慌てて扉を開けたのだった。結局、流されるままともいう。 「やかましい!」 扉向こうで勝者の笑みを浮かべているとばかり思われていた2人は、何故だかぽかんと口を開けて間抜け顔を晒していた。神田は首を傾げる。何だこいつら、悪いモンでも食ったか? 神田には思いもつかない。原因がよもや自分にあるなどと。 そう、神田は慌てて扉を開けたのだ。自らの装いなど既に念頭にない。朝、いつも通りに中着を着、団服を羽織ろうとしたのだ。そしてその前段階として、神田は睡眠中は解いているサラシを、胸に巻きつけようとしていた所だったのだ。 「……目の保養?」 「ん?」 ぼそりとアレンが呟く。寝間着の前ははだけ、巻きかけのサラシが胸に絡み付いている。前述の通り恥じらいなど何処吹く風な神田は、前を隠すという基本中の基本すら身についていない。おかげで、セクシュアルな空気濃い彼女の姿を、アレンとリナリー両名は存分に愉しみ、そしてにっこり笑って今日の本題を彼女の前に差し出したのだった。 「……何だ?」 神田は訝しげな表情を作った。上等な紙袋の中から取り出されたのは、紫と黒が主体の何かだ。レオタードのような形をしている。 「あら、神田。ビスチェっていうのよ、これ」 「ほう、そうか。で、それがどうした」 「明らかに僕たちには似合わないでしょう、これ」 「……まぁ、空気は違うな」 「あげます。ね、リナリー」 「は?」 「で、こっちがお揃いのボトムと…あら結構きわどいかも。えーと、でもってこっちがガーターベルトね。ちゃんとストッキングも用意してあるから大丈夫!」 「はぁ?」 リナリーが楽しそうに次々と解説を加えていく。どうやらこれは下着の一種らしい。ビスチェだと説明されたそれは、濃紫を主に黒のフリルレースで縁取りがあり、そして梯子レースとラメの細いリボンとがセンターを飾っている。同じ意匠で作られたボトムは(ディンキーという種類らしい)かなり布地の面積が少ない。そして黒のガーターベルトと、透け感のある黒のストッキング。蜘蛛の巣のデザインが施されている。 「タイトル・暁の魔性」 何処かのレベル3のような事を言いながら、リナリーがビスチェを手に取り、ゆっくりと神田に向き直った。ふと背筋に冷たいものを感じて、神田は身動きしようとする。が、その瞬間気づいた。背後でアレンがこれまた笑顔で(見えないが絶対そうだ)神田の挙動に目を凝らしている。 「…待て、リナリー。ひとつ訊きたい」 「あら。ひとつだなんて謙虚ね。綺麗な神田、なぁに?」 「それは俺に押し付けるために買ったんだな?」 「言ったでしょう。綺麗な神田」 「……メジャーなしで、よくサイズが判ったな?」 「質問が増えているわよ、可愛い神田。そうね、貴女ですもの、手でサイズくらい、測ってみせるわ」 「俺がそんなもの、大人しくつけるとでも?」 「いいえ。つけてもらうのよ。とびっきりの美人な神田に」 にっこりとリナリーが笑みを深くする。ぷちんぷちんと外されていくビスチェのホック。リナリーは高らかに、開戦宣言を行った。 「私とアレン君とが顔突き合わせて2時間悩んで選んだこの品々!絶対、つけて貰うからね!」 「絶対つけるかぁぁぁぁぁぁぁっ!」 しかしこの場にいる当事者誰もが知っていた。 この戦いにおける勝者と敗者とが、一体誰になるのかを。 |
>>>あー楽しかった! ぐだぐだのお約束話はとても楽しいです。 嬢茶会にて生まれた妄想を形にしてみました。 アレンにリナリーに神田さん。お花トリオは今日も行く。 …同志募集中…(笑) >>>back |