※第89訓からネタバレ有。単行本派の方はご注意下さい。


 ざくざくと髪が切られていく。


 髪、が。





『 依 存 症 』





 くん、と髪が引っ張られ、桂の足を止める。やれ釘にでも引っ掛けたかと振り返れば、束ねた髪の先は白髪の男の手の中だ。咎めるように睨めば、銀時はおぉ最近のヤツはちょっと引っ張ったくれえじゃバレねぇよう出来てんなぁとへらへら笑う。
「ヅラじゃない桂だ。ていうかいい加減にしろ。若白髪の上に阿呆っぽい天パーなお前の境遇には同情しないでもないが、これで幾度目だと思っている」
「そういえばお前に言付けがあってだな」
「そっちが後付けか貴様ぁ!なら普通に呼び止めるくらいせんか」
「お前の尻尾がそれ、ふらふらふらふらと鷲掴みたくなるんだろーが!」
 言いながら銀時は(今度は明らかに意図的に)桂の髪に手を伸ばしてくる。名を呼ぶ手間より肩を叩く手間より、掴みづらい髪束を取るとは物臭な男にしては珍しいと桂は思う。あの頃は単純に、そう思えていたのだ。
「貴様…幾ら人間が自分にないものを求めるからとそのような子どもっぽい…」
「まるでお前のヅラヘアーを羨ましがってるような物言いをしないで下さいー。何だその髪。真っ黒で真っ直ぐで枝毛ひとつなくてサラサラですか。って誰が羨ましがってんだぁぁぁ!」
「語るに落ちるとはな。まぁお前が髪を伸ばしたら、下りるどころか頭の上に渦を巻きそうだ。気持ち悪いからお前は永遠にくるくるでいろ」
「てめぇ俺のアイデンティティにケチつける気か馬鹿ヤロー。俺はこの髪と一生を共にするんですー」
 幾ら言っても、銀時は時折思い出したように桂の髪を掴みにかかる。律儀な桂はその度怒鳴り散らすのだが、結局男の行動を変えることなどできやしないと知っていた。男の信念の現れ方が如何に変わろうとも、本質に変化など起こり得ないことを、桂は知っていた。
 続くと思われていた沿い道が分かたれ、幾つもの季節が過ぎる。あの頃は後頭部で束ね、肩にかかるくらいだった髪が背の中ほどにまで差しかかるようになった。後ろでひとつに流している髪が、伸びている小枝やささくれ立った戸に引っ張られる度、思わず探していた姿をやがて桂は思い出さなくなった。ああそろそろ切らなくてはな、と思いながら冷静に絡んだ髪を解き、しかしそれでも桂は髪を切ることだけはしなかった。


 そして再会が訪れる。銀時という男は勉学は不得手だがけして頭は悪くない。だから最初、桂は銀時が腑抜けたとしか思えなかった。未だ叶わなかった(そして、きっと叶わない)志に自分が殉じていることを、銀時が知らぬ訳もない。その癖に、あの男は何の気負いもなしに幕府からの仕事を請け負った。情報を最大にして最高の武器と捉えている桂が、幕府の動きを些細な事柄まで入手していることなど、察して当然のあの男が。
 接触をしたのは桂が先だが、それを仕掛けたのは銀時の方だと桂は思っている。そして恐らく、それは自惚れでも何でもない。
「糖分寄越しやがれあるだろうしかも上等なヤツが」
「…挨拶くらいしたらどうだ。相変わらず人並みの常識を放り投げている奴だ」
「お前にだけは常識云々説かれたくねーよ」
「……お前が人並みな事を言うんだな。驚いた」
 投げては受け、受けては投げる。既に会話は背中越しに行われている。腰を上げた桂が、茶菓子を取りに戸棚を探っているためだ。ふらりと銀時は桂の元を訪れる。不定期に拠点を変える桂は、逐一その知らせなどしない。しかし何処から聞き及んでくるのか、新しい住処に居ついてしばらく経つと、銀時が「糖分搾取」の為にやってくるのだ。とはいえ、桂本人もしょっちゅう菓子(餌とも言う)を片手に万事屋を訪れていることも事実ではある。巻き込まれるくらいなら巻き込んでしまえ、が自分と銀時との共通項のひとつでもあるな、と彼が玄関口に立つ度、桂は再確認する。
「……」
 戦いの中にある身体は、感覚が人並み外れて鋭敏になる。背にひしひしと感じるのは紛れもない視線だ。振り向いた瞬間、錯覚かと思う早さで消え失せる。男の目が何を見ているか、桂は知っている。揺れる先、あの頃の彼ならば躊躇うことなく手を伸ばしたひと房。しかし銀時は触れない。手を伸ばさない。あの頃と今とでは、大きく何かが変わってしまった。後悔などしてはいない。どのような道を歩こうとも、結局自分たちはこうなっていたような気がする。何も変わらないのに、変わるものもある。
 例えばそれは、こうして銀時が時折獰猛とも呼べる程の目で、桂の髪を見据えていたりするようなこと。


 ―――髪、が。


 皮膚が粟立つような悦に入った含み笑いを頭上に聞きながら、桂は冷えた地面に転がっていた。緩い振動が伝わってくる。男が手にした凶器で楽しそうに自分の髪を切り取っていく。その様子を、見ることなく空気で、桂は感じていた。
 切られていく。
 男は桂が生きているどころか、意識があることにも気づいていない。人斬りだか何だか知ったことではないが、男の上にいる人間の器も知れるというものだ。そのような半端者に、あの戦場は生き抜けない。その半端者に不覚を取った自分こそ、腑抜けたのかもしれない。だが、それも良いと思う。
 すでに男の姿どころか気配も遠く、身を起こした所で何ら支障がないということを、桂の鍛え抜かれた第六感は確信している。だが桂はしばらく身を起こさなかった。夜風が彼の体温を遠慮なく奪い去っていっても、桂はただ気だるげに身を晒していた。
 髪を失くした身体があまりに軽すぎて、まっすぐ立てるとはとても思えなかったからだ。








>>>初銀魂SS。銀×桂。お約束ネタで真っ向勝負。
攻→受なようで、実は攻←受なカプが好きです。

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