…この人ホントにオレと一回り違うわけ?


そう思いながらの、エドワードの日課。







   ++ さり気ない仕草 ++






自覚するのも悲しいが、エドワードはいまだ二次性徴が顕著に現れていない。
声変わりもまだ訪れず、髭が生えもしていない。
男性ホルモン分泌量が少ないんじゃないだろうかと本人は考えている。
身体だけは鍛えている分、造りはしっかりしている。
しかしそれでもなかなか背が伸びないのは、きっとホルモンのせいなのだ。
きっとそうだ。そうに決まっている。むしろそうであれ。
と、自己暗示をかけている情けない姿は、さすがに弟にも見せたくない年頃の少年であった。


しかし考えてみれば、エドワード=エルリックいまだ15歳。
まだまだこれからの成長途上。
いくらでも逆転の可能性は十分にあるのだ。


「いや…だから、問題はオレじゃなくね」


1人ごちて、エドワードは目の前にいる男をしみじみと眺めた。
その男とは誰あろう、若きエリート将校ロイ=マスタング。
エドワードとは一回り違うものの、わずか29歳にして大佐の地位に就いている辣腕家だ。


軍部において、エルリック兄弟の身元引受人となっているロイと2人でいるのは、別におかしなことではない。
問題があるとすれば、場所と状況。ついでに時間。さらに追求すれば服装。
場所はロイの自宅、さらに言えば寝室であり。
時間帯は朝日がわずかに地平を照らす時分であり。
2人してお揃いに、一糸まとわぬ姿であり。
そして大きなダブルベッドに、2人して惰眠を貪っていたのだ。つい15分前までは。


小鳥のさえずりに覚醒したエドワードは、腹にからんでいた恋人の腕を解きもせず、うつ伏せに寝転びなおして横目で彼を観察していた。


(オレと一回り違うわけだろ。この男)


29歳。もうじき三十路。しかも女好きとの噂名高い、いっぱしの男である。


「…ソレがコレってのは、果たしてどうなわけ?」


心の底からの呟きは、ここ数ヶ月エドワードの感じていた疑問である。


そう、この男。ロイ=マスタング。
非常に、体毛が薄いのだ。
と言っても、恋人の頭髪の行く末を心配しているわけではない。


髭が殆ど見当たらないのだ。


フェミニストな上にややナルシスト気味だとエドワードが分析していることからも判るように、ロイは何時でも何処でも身奇麗に、特に女性の前では少しでも醜態は晒せないとばかりに身だしなみに気を使っている。


そもそも、みっともない姿で司令部に顔を出しなどすれば、彼の腹心の部下が無言で撃鉄を起こすことだろう。


しかしそれも仕事や表に出ている間の話で。


問題は、今なのだ。
朝、しかも早朝と呼ばれる時間帯。
当の本人はいまだ夢うつつに、眠りを感受している。


「そんでさらに、腕に小さい少年抱えてる状態で……って自爆だよちくしょう…」


あぁくそ、と地雷を踏みつつもエドワードはカーテン越しに外の様子を伺った。
いまだ夜の残滓の残る時間。新聞配達が訪れるのも、まだ時間の余裕はあるだろう。
当然普通の人間は眠っている。目の前にいるこの男も同様に。


ならば身支度もへったくれもないではないか。
昨夜体力と気力を共に使いきり、泥のように眠りについた自分と、自分の身体を清めてくれてから同じように眠ったらしいロイと。
わざわざ髭をあたってから眠る人間が何処にいるだろう。


「はい大佐、1つ質問です。何でアンタ髭伸びてないのさ」


相手が聞いていないことを承知の上で、問いかけてみる。
当然相手からの返事はない。
エドワードは興味深そうに、真正面から横から斜め前方からと様々な角度で相手の首から口元にかけてを仔細に観察していった。
彼と同年代に、あの親ばか妻ばかを誇る中央の軍人がいるというのに、この人との差は何処から来るのか。


「うーん…」


おっかしいなぁ。やっぱ。


しげしげと不躾に眺めつづけた視線にようやく気づいたか、ロイは小さく声を漏らした。
司令部で仮眠を取っている最中や、面識の浅い人間のいる場では眠りはしても安眠をしないロイである。
が、これが自室でしかも何より安らげる抱き枕が滞在している時には、エドワード以上に深い眠りに陥るのだ。


そんなところがちょっと可愛いとは、思っていても絶対に口にはしないとエドワードは決めているのだが。


少年の見つめる先でうっすらと、深い漆黒の色が瞼の下から現れた。
どうやらまだ睡眠の余波が残っているらしく、けぶるような色合いをしている。


「…ん……どうした?」


「ううん。おはよ、大佐」


あぁおはようと返すも、瞼は今にも再び落ちそうである。
うつらうつらと、何時までも自分に焦点が合わない視線に、少年は腹いせとして彼の腹をまたぐように圧し掛かった。
ぐぅ、と情けない息がロイの唇から洩れる。


「うー…重い…」


「重いってアンタ失礼じゃねえ? サービスに喜ぶべきじゃねーのコレ」


確かに、通常モードのロイであれば、据え膳食わぬはなどと考える以前に、遺伝子レベルの本能で組み敷きにかかっただろう。
安眠しただけ眠りからの脱却ができなくなる彼にとって、いまだ最優先事項は睡眠なのだろうか。


「ねぇ、大佐ー?」


「…ぅん…?」


「アンタって、髭ない体質なの?」


寝るなよ寝たらみぞおちに蹴りな。


機械鎧の左足を揺らして脅迫しつつ、エドワードは自分が乗っている男の顔から肩にかけてを、ゆっくりと撫で上げていった。
その感触に、実に心地よさそうな顔のロイ。
しかし朝からみぞおちを抉られることは避けたかったらしく、彼はそれでも口を開いた。


「…そう、いえば……あまり濃い方ではないな」


「いや、っていうか、薄いで済ませるレベルでもないんじゃ…」


やはり体質というものは十人十色。
人によってこれだけ差があるのだから、自分だってきっと背は伸びるはず。
そう思い、数年後の自分に思いを馳せる少年ではあったが。
ロイの髭同様、自分の身長が標準規格から外れる可能性は、考慮に入れていないエドワードであった。


「…とりあえず、もう少し寝ても良いかな…?」


「ん、いーよ。昼前には起こしてやるから」


ゆっくりと再び目を閉じたロイの顔を、しつこく撫でまわしていたエドワードだが。


「…あれ?」


ふと、違和感に指を止めた。


左耳のすぐ下辺り。
顎関節のその場所に。


「……髭?」


しかも1本だけ。


「…ぷ、あっはははははは!」


あぁもう、アンタ最高! 期待を裏切らない辺り大好き!


ひょろ、と1本のみなために余計に目立つそれを発見して、エドワードはロイの腹の上で笑い転げた。
あまりのツボにはまりっぷりに、さすがにロイも眠り続けていられなくなったらしい。
文句を言いたそうに口を開こうとするが、テンションの上がったエドワードに先を越された。


「目立ってる! 目立ってるよ大佐! 髭発見したって!」


「…そりゃ、髭くらい生えるだろう」


「ちちち、アンタ判ってないね」


これはある意味、一種のネタだよ。


いまだくつくつ笑いながら、エドワードはじっとロイの顎付近を凝視する。
その視線に居た堪れないように、ロイが軽く身を起こそうとした。


「んー…でも、さ」


「?」


「やっぱ似合ってないね」


特にアンタのその顔にゃ。


言ってエドワードは、おもむろにロイの肩を押して仰向けにさせた。
ごろん、とあっけなく男の身体はベッドに沈む。


「…もうわたしは起きたいんだが」


「オレも同じく。でもほら、これのためだけに髭剃るの、面倒じゃない?」


たった1本のためにだよ?


「エ…」


「はい大佐、ちょーっとじっとしてて」


反論する隙を与えず、少年は男の顎を掴んで持ち上げると、晒された下顎に口を寄せ、さり気なくゆっくりと唇を落とした。
ぷち、と髭の切れる音がはっきりと聞こえる。
顔を起こすと、茶目っ気たっぷりに笑って、エドワードは舌先を突き出した。
赤い舌の先には、黒の体毛がわずかにくっついている。


「これで髭剃りは完了。な?」


「………っ」


いかにも悪戯成功、の表情をしている少年に、男は何も言えないままに。
唸り声ともうめき声とも何ともつかない声を漏らしながら、両腕で己の顔を覆った。


「あれ? どしたの。大佐」


心底不思議そうにエドワードは尋ねるが、次の瞬間、それは一転して人の悪い笑みになる。


顔を隠そうとしているロイではあったが、たかだか腕の2本で全て覆いきれるものではない。
覗く耳、首筋、額。
ついでに手首までが見事に赤く染まっている。


今まさに人間ユデダコと化しているだろう男の両腕に手をかけながら、エドワードはにやにやと意地悪げに言い放った。


「ねぇ大佐。とりあえずその顔、ちゃんと見せてみな?」









>>>とりあえず、威厳の欲しいらしいマスタングへ。
童顔に髭は滑稽なだけですよv(笑)


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