「うぃーっす、おっ邪魔―――っ」 「失礼しまーす」 「おぉ大将、アルフォンス。いいトコに来た」 「「…何が?」」 |
++ 野望 ++ |
エルリック兄弟が2ヶ月ぶりに東方司令部を訪れると、そこではワンちゃんグッズと紅茶缶に埋められたリザがいた。 「あら、エドワードくん、アルフォンスくん。お久しぶりね」 「はへ? え、中尉、何してんの?」 「ちょっとね…あ、」 かしゃん、と抱えきれなかったらしい骨型ガムが床に落ちたのを、エドワードが拾い上げた。 しかしそのまま持ち主には渡さずに、すぐ近くのリザの机に置いた。見た限り、これ以上リザが物を持てるとは思えない。 これは一体どういうことだろうと、リザの抱える大荷物を手伝って机上に並べ始めたハボック少尉に目線で問いかける。 くわえ煙草をぴこぴこ振りながら、ハボックはリザへと顎をしゃくって答えた。 「あぁ、今日はほれ、中尉の誕生日だ」 ちなみに幾つかなんてヤボなことは訊くなよ? 中尉もこれでも立派な淑女だ。 「これでも、は余計ね少尉?」 「これは失礼を致しましたーっと」 軽く肩をすくめたハボックは、リザの荷を全て下ろすと改めて彼女に小さな缶を手渡した。 小さくおめでとうございます、と告げて。 「あら」 リザの目がかすかに見開かれた。 「このリーフ、扱ってるお店少ないのよ。わざわざ見つけてくれたの?」 「友達に紅茶マニアがいましてね。そいつのツテなんで、苦労してないっすよ」 「ふふ、ありがとう。ハボック少尉」 嬉しそうなリザと、やや照れたようなハボック。それに周りでにこにこしている、東方司令部の見知った面々。 しばし状況に取り残されていたエルリック兄弟であるが、ここまでくればさすがに事態が飲み込める。 要するに、リザ=ホークアイの人望の厚さが露呈する日。 それでは自分も遅れを取るわけには行かない。 司令部内では彼女がいちばんのお気に入りであるエドワードは、さっそくぴょこんと小さな身体を生かしてリザの元へと近寄った。 「中尉、今日誕生日だったんだ。おめでとっ」 「おめでとうございます、ホークアイ中尉」 「ありがとう。エドワードくん、アルフォンスくん」 にっこり笑ってくれるのに、エドワードもはにかんだように笑い返す。 が、一転して済まなさそうにうなだれた。 「…で、ごめん中尉……何も用意してない」 「何言ってるの。知らなかったんなら、当たり前でしょう。気持ちで十分嬉しいわ」 それに、今日立ち寄ってくれたのも偶然だったのだから。 「ダメ! 色々お世話になってるし、プレゼントする! ねぇ中尉、なに欲しい?」 とは言っても、もう入用な物はみんな貰っちゃってるみたいだけど。 彼女の机の上には、今や犬のぬいぐるみから始まって高級ドッグフード、ブラシ、犬用雨合羽といった彼女の愛犬関連の品から、彼女の趣味であるらしい紅茶やアロマの瓶や缶が処狭しと並べられている。 これでは、今から自分が贈れる物などないかもしれない。 じぃ、と見上げてくるエドワードに、リザは少しばかり考える素振りを見せ、そしてぽんと手を叩いた。 「そうだ、エドワードくん、今日は空いてる?」 「…うん? しばらく滞在するつもりだから、特に用事ってのはないよ」 「それじゃ」 リザは少し腰を屈め、目の前の可愛らしい少年と視線を合わせた。 「私は夜勤だったから、これから少し仮眠を取れば午後は空いてるの。街で買い物したいんだけど」 「判った、荷物持ちすればいいんだな!」 任せろ! と胸を張ったエドワードに彼女は首を横に振り、ますます笑みを深くした。 「あら、違うわよ。一緒にウィンドウショッピングして欲しいだけ」 「?」 そんなことをどうしてわざわざ『プレゼント』代わりに言うのだろう。 さっぱり訳が判らない、といった風の少年にそれまで時間を潰しててね、と告げて。 「用意しておくから、おめかしして行きましょうね」 「…うん?」 妙にうきうきと、彼女は仮眠室へと向かったのだった。 +++ ぎにゃーっ!とも、うぎゃーっ!とも形容しがたい叫びは、間違いなく見知った少年の発するものであったのだが、薄情な大人たちは性質の悪い笑みを浮かべるだけで、誰一人として少年の安否を心配したりはしなかった。 悲鳴の発生源は、司令部の仮眠室。 現在そこには先ほどまで仮眠を取っていたホークアイ中尉と、彼女に呼ばれて部屋へと入っていったエドワードとがいるはずである。 どたんどたんばたばたと、無駄な抵抗が初めの数分だけ続き、そしてそれからは全くの無音であった。 そしてしばらくすると、私服に着替え髪を下ろしたリザがハンドバック片手に部屋を出てきた。 いったん私服に着替えてから後に、彼女はエドワードを部屋へと連れ込んだのだった。 「それでは、私は一足先に失礼させて頂きます」 「あぁ中尉、ご苦労」 「お疲れ様っした」 挨拶を交わしながらも、彼らの目は中尉の後ろから離れない。 白と赤のふわふわが、サンドベージュのコートを着たリザの背後でふよふよ踊っている。 ハボックがこっそりと近づき、必死で隠れようとしているその腕をぐいと掴んだ。 「だっ、離せよっ!」 「ほーれ大将、顔だしな〜っ」 ふわ。 少尉に引っ張られ、リザの背後から引きずり出されたエドワード。 彼が普段三つ編みに結わえている髪は、今は軽くカールがかかり、柔らかく背中に流れている。 真紅の女物のコートには白のファーが縁取っており、マドラスチェックのキャスケットをその頭に乗せていた。 お揃いのチェック柄の綿シャツに無地セーター、ギャルソンスカートに細身のロングパンツを合わせ、焦げ茶のショートブーツを身に付けたその姿は、完全に何処から見ても。 「…中尉ぃ……オレなんで女装なの…」 いくら大好きな彼女の希望でも、この仕打ちはどうだろうか。 仮眠室であれでもないこれでもないと、どうやら妹のいる同僚から借りてきたらしい大量の女物の服をあてがわれ、着せ替え人形体験をしてしまったエドワードは気のせいではなく疲労しきっていた。 心なしかキャスケットもずり落ちかけている。 「うっわ、可愛いな大将! 違和感ねぇ!」 「うっさい黙れ可愛い言うな! …って、そこ! 無理に笑いをこらえんな! 余計むかつく!」 みっともないのは百も承知だ! そう叫ぶエドワードは、自分の見た目がしっくり馴染んでしまっているという事実にどうやら気づいていないらしい。もしくは気づきたくないだけであるかもしれないが。 女装の事実を笑われからかわれるか、あまりに似合い過ぎて突っ込みすらできないか。どちらが男として沽券が保てるかは微妙な所である。 くわえ煙草の主同様、無言でかたかたと鎧の接合部を軋ませているアルフォンスに、ハボックが覗き込むように近づいた。 「…兄さん……っ」 「てめぇアル! お前まで肩震わせて笑ってんじゃねぇ!」 「あー…大将。これ笑ってんじゃなくて悶絶してるわ」 どうやら刺激が強すぎたらしい。 「余計悪いわ! 馬鹿アル!」 「…まぁ、馬子にも衣装とはよく言ったものだ」 「やかましい阿呆大佐! あんた私服着たら特徴なくなるくせに!」 「…特徴…っ!!」 って、何時の間にこの場に現れたロイ=マスタング! 気恥ずかしさを全て口の悪さに変換し、エドワードはぎゅうとコートの裾を握り締めた。 もしこれで自分の左足が機械鎧でなかったら、スカートだけを確実に穿かされていたことだろう。ほんの僅か、金属の手足に感謝した少年である。 エドワードの毒舌に少しばかり落ち込んだらしいマスタング大佐を完全に無視し、エドワードは改めて事の張本人を見上げた。 「…ねぇ中尉。このカッコ、何か意味あんの?」 「それはね、エドワードくん」 髪を下ろすだけで、女性はかなり印象が変わる。 がしっと少年の肩を両手で掴み。 凛々しい軍人から、柔らかな近所のお姉さん風になったリザは真面目な表情で彼に告げた。 「女というものは、可愛い妹を連れてウィンドウショッピングするのが夢なのよ」 きょとん、とした顔でエドワードは小首を傾げた。 「……そーなの?」 「そうよ。それも、少し年が離れてて、服も可愛いのを選んで着せてあげる、っていうのを1度やってみたかったの」 私は残念ながら一人っ子だから。 そんな風に嬉しそうに言われてしまうと、兄弟のいるエドワードには何も言えない。 まぁ、これで喜んでくれるんなら仕方ないかな…と持ち前のふっきりの良さを遺憾なく発揮して己の姿を黙殺すると、にっこり笑ってリザの腕を取った。 ここぞとばかりにぴたっとくっつく。 「まぁ、今日は中尉の誕生日だしな」 「それじゃ、ショッピングに付き合ってくれる?」 「うん、何処行こっか」 まずは春物の上着を見て、それからどこかでお茶をして。 雑貨屋やオープンしたてのブティックを冷やかして、気が向くままにぶらりと歩く。 「そんな感じでいいかしら?」 「うんっ、行こっ」 腕を組んで歩いている様は2人ともが金髪であるからかもしれないが、まるで姉妹のようである。 出口へと向かいながら先ほどの仕返しか、エドワードは振り向きざまにロイやハボックへと「いーっ」としかめっ面をして見せて。 何処となく面白くなさそうな顔をしているロイへと人差し指を突きつけ宣言したのだった。 「これからオレと中尉、デートだからっ」 「…く…っ! ふ、ふん。その成りじゃ、デートというよりは姉妹の買い物風景だがなっ」 そんなロイの切り返しにも、全く少年は動じずに。 「ふーん…そー見えるんだ……それじゃ行こうか、ね・え・さんっv」 「あら、そう呼ばれるのって何だかくすぐったいけど、嬉しいものね」 きゃっきゃきゃっきゃと、何処から見ても姉妹の雰囲気で。 男3人を放り出して街中へと出て行った彼女ら(?)を見送りながら。 残された男どもは小さな声で同じツッコミを入れたのだった。 「「「……適応早すぎ」」」 |
了 |