「兄さん、どうしたの?」 『おう、ちょっと声聞きたくなってさ。忙しかったか?』 「ううん。大丈夫だよ」 |
++ 兄と弟 ++ |
『今、何してたんだ?』 「んーと、さっきまで地下の方に」 『何だ、まーた磨いてたのか? アレ』 「うん。何か、今ごろ埃溜まってるんじゃないかって思うと、つい」 『お前もマメだよなぁ』 「手作業でやってるから? でもやっぱり、自分の手で磨きたいよ」 『…うん、そうだな』 「うん。5年も、ボクの身体でいてくれたんだから」 『そうだな。お前の、身体だったんだもんな』 「酸化還元起こしてキレイにするのは簡単だけどね、そんな気にはなれなくて」 『……ん』 「あ、ところで兄さん。一応訊くけど、ちゃんと食べてる?」 『……んだよいきなり』 「食べてる? 寝てる? ちゃんと昼は起きて夜は寝てる?」 『今ちゃんと昼過ぎに電話かけてんじゃんか』 「だーめ。兄さんの場合、監視役いないとすぐ無茶するんだから」 『う゛〜』 「う゛〜じゃないよ兄さん。どうせ文献読み漁ってるんでしょ! そんなだから、もう17にもなって」 『うっさい! さすがにそれ以上言うと怒るぞ!?』 「…でもね、兄さん。本当に身体は労わってよ? そこまで切羽詰らなくても良くなったんだよ?」 『……判ってる』 「兄さん。本当に何もないよね? どこかで暴動が起きそうだとか、そういうことじゃないよね?」 『はは、何言ってんだ。んな訳ねえよ。そんな話聞かねえだろ?』 「リゼンブールに噂が届く頃じゃ、中央にいる兄さんは捕まらないよ」 『…大丈夫だよ、心配すんな。あー、ちゃんと准将、じゃなくて少将たちも無駄に元気だからさ』 「え? もしかしてマスタング准将? 少将になったんだ?」 『おう、こないだの人事でさ。相変わらず敵作りながらのし上がってんぜあの無能』 「出世頭だよねー…」 『アレはいつか闇夜で刺されるタイプと見たね』 「あはは…准、少将に悪いよ?」 『いーんだよ。あのヤロ、しょっちゅうオレに頼みごと持って来やがる』 「頼みごと?」 『オレが下手に各地の文献漁りまくって、軍関係や民間の知り合い作ってるからってさー、ま、軽い情報収集とかが主だけど』 「当たり前だよ! 危ないことなんかしちゃ駄目だからね!」 『んな怒るなって』 「怒るよ! …今の状況じゃ、ボクは兄さんを止められないんだから」 『…そう言うな。お前は、軍と何の関係もないんだから』 「だって、兄さんは…なかなか資格の返上ができないじゃないか。もう軍の狗なんて呼ばれる必要…!」 『―――目的を果たして、はいさよなら、が効くほど軍は甘くないからな。それに関しては、もう何度も言ったろう? 折を見て、国家資格は返上するつもりだ。だけど、今まで軍に…あの少将とかに世話になったのも事実だからさ……』 「…借りを返すまでは、だよね。……何度も聞いたよ」 『ほら、大丈夫だって。どうせそんな世話なってるわけじゃねーし、そろそろ借りも返し切る頃だぜ?』 「…兄さんこそ、マメだと思うよ」 『誰が豆か!?』 「違う意味だよもう〜」 『…んじゃ、声も聞いたし、そろそろ仕事戻るわ』 「うん。あ、兄さん。ウィンリィの様子とか訊かないの?」 『何でだよ。何かあったら、お前から言ってくるだろうが』 「まぁ、それはそうなんだけどさ。元気だよ。ウィンリィも、ピナコばっちゃんも」 『だろーな。ちっとやそっとじゃくたばんねーだろーな』 「またそんな事言って」 『そーだろが。…あー、あと5分だ。ホントに切るな?』 「うん。あ、そうだ兄さん」 『うん?』 「来月頃さ、何処にいる? 帰れる?」 『来月ぅ? んー、確か南の方に行く予定あったな』 「じゃあ、再来月は?」 『あー、そっちもダメだな。何だ、何かあんのか? 3ヵ月後くらいだったら、一旦そっち帰れるけど』 「え? ううん、久々に兄さんの顔見たいなって思って」 『こないだ会ったばっかだろが』 「声聞いちゃうと会いたくなるもんなんだよ?」 『そういうもんか?』 「そうだよ。うん、判った。ちょうど良かったよ」 『ちょうど良かった??? 何が?』 「こっちの話。うん判った、3ヵ月後だね。待ってる」 『おう。また連絡入れるわ』 「うん、身体に気をつけてね兄さん。それじゃあ、又」 がちゃん。 つー。つー。 無音となった受話器を戻し、カレンダーの日付を確認した。 2ヶ月の間。 兄は中央にはいない。 そして、"その日"は1ヵ月半後。 大丈夫。 ごめんなさい、兄さん。 やっぱり、ボクたち、似ているのかもしれないね。 借りは返す。 等価交換。 それを規範に、生きて行こうとするところも。 手にしていたのは、オイルの缶ではなく古い文献 手についた汚れは、オイルではなく黒インキ。 どうせ貴方は怒るのだろうけれど。 今度貴方と会う時は、貴方と同じ時計を下げて。 ボクは貴方に全てを感謝するために、同じ道を選ぶよ。 |