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 うち棄てられた、古びた教会を見つけた。



 ++ 誰も聞かぬグロリア ++



 自分たちにとって世間の祝祭日は何ら関係はない。とはいえ、所属する機関の掲げている宗教の、最も知名度が高いだろう日には皆、教会や自室でひっそりと十字を切っているのかもしれない。何事もなければ、という注釈がつくが。埃くさい空間の中で、アレンはひび割れたステンドガラスを見上げた。昼も夜もない、とはまさに自分たちのことで、前々日の深夜から駆り出されようやく一段落ついたのだ。もう少ししたら帰還だという探索部隊の人間の目を盗み、滞在していた町をしばし歩いてみれば、アレンはしなびた教会を見つけたのだった。教会、というのは正しくない。正確には元・教会だ。町の中央には立派な門構えの教会が新しさを強調していて、それは町に入った日にはすでに見つけていた。数年前まではここに人が集いパイプオルガンの荘厳な音色が流れていたのだろうが、神父すらいなくなった場所に、立ち寄る人間は皆無なのだろう。祭壇にも椅子にも、埃と泥が積もっている。さすがにマリア像だけは下ろされているのか、真正面の壁はぽっかりと空いていた。
 今にも壊れそうな長椅子の埃を乱雑にのけて、アレンはゆっくりと腰を下ろした。ぎしりと軋む音が静かすぎる空間にいやに響く。音が綺麗に反響するよう作られたこの場所では、全てに音がつきそうだった。
「何をしている」
 振り向いた。静謐を破るのはアレンにとって、いつもただ1人だった。だった、のだ。しかしその人物は今は。かつ、かつ。
「辛気臭い場所で辛気臭いツラ晒してんじゃねぇよ」
「場所はともかく顔云々は君に言われたくないんですけど」
 仏頂面でアレンのかける椅子の背もたれに手をかけたのは、黒髪の同僚だ。どうやってアレンの居場所を知ったのかは判らないが、それでも彼はアレンがふらふらと何処かへ行くたびに、悪態をつきながら引きずり戻しにやって来る。
「祈りたいなら部屋でやれ。歌いたいならあちらの教会に行け。聖夜にはどんな下手な歌だろうと許されるだろ」
「他人に懺悔を聞いて欲しくはないんです」
「あっそ」
 きびすを返す彼の裾をぎゅうと掴んだ。睨みつける視線にはすっかり慣れた。
「懺悔を」
「言ってることが支離滅裂だ」
「懺悔、を」
 彼は掴んでいた背もたれにゆっくりと体重を預けた。背中越しに彼の心地よい無関心を感じて、アレンは彼の背を見つめたまま呟いた。
「今日は僕の誕生日です」
「そうかそれはオメデトウ」
「誕生日、にしていた日です」
 自分にとってこの日付とは、聖人が生まれた日でも恋人たちが甘く過ごす日でもなく、拠り所たる両親からの全否定を肯定へと、変えることのできた日なのだった。
「神田」
「気安く呼ぶな」
「僕は親殺しです」
 ひそやかな告白は静か過ぎる空間にばかみたいに響き渡った。
「そうか」
「2度目の生と、2度目の死を与えました」
「そうか」
 自分の選択が間違っていなかったことをアレンは確信した。この世界の誰もがその告悔に嫌悪と同情と憐憫を寄せたとしても、目の前のこの人はあっさり興味なさそうに相づちを打つだけだ。
「今日は僕がアレン=ウォーカーになった日だから。だから僕は感謝を捧げなければ」
「誰に」
「僕が殺したあの人に」
 古びた長椅子に乗り上がり、後ろ向きに膝立ちをした。そのまま手を伸ばして彼の胴へと絡みつかせる。見た目より更に細い体躯はすっぽりと包みこめるほどしかない。
「そして、懺悔を。貴方を殺した僕はまた、寄りかかれる人を見つけたい」
 呟く声は、本当は過去形にすべきだった。それこそが自分の罪だった。見つけたいのではなく、見つけたのではなかったか。何も優しくはないくせに、ただただ絶対の反発だけを返してくる相手が、何よりも自分の存在を肯定していることに、気づいたのではなかったか。
「僕は生き汚いですか」
「あぁ十二分にな」
「這いつくばってでも生きますよ」
 そしてこの小さな胸の中、その存在と罪と愛情を抱え込んでアレンは目の前の彼に寄りかかる。
「生まれてきて、良かった」
 何もない壁に、確かに聖母は微笑んでいる。



>>>クリスマスSS。
相変わらずほの暗いお2人さん。
何とか25日には間に合った…!!

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