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その手つきだけが酷く女だと、思う。
++ ヘヴィ・ラヴァー? (潜められた真意) ++ 歴史の証言者である一族の、時期長である俺は実は気配りの人でもあったりする。―――たり、という事は当然例外もある。そしてその「例外」に大抵入り込んでしまう相手は、今も俺のうっかり呟いた本音に、露骨にイヤな顔をした。 「…沸いてんのか、てめぇ?」 「わー、きっつー」 顰められた眉間には盛大な皺が寄せられていて、ただでさえ悪い目つきは今や犯罪者並みだ。黙って表情消してりゃ異国風の端正な美貌が際立つのに、それでもこの相手についてはそういった何かしらの感情をのぼらせた顔の方が似合っている。例えばそれが苛立ちだろうと憤怒だろうと自嘲だろうと、要するに負の感情であったとしてもだ。何故ならこいつは今日も生き延びた。満身創痍で帰ってきたこいつをすぐさま寝床に引きずり込んだ外道は俺。多分こいつにしてみれば、任務帰りだからというよりは真昼間からベッドに引っ張り込まれた方に腹を立てているのだろう。…もしかしたら、湯浴みをする時間すら与えなかったから?はは、まさか。そんな殊勝な女じゃないし。 でもって、俺の指摘した手つき≠ェ何の手つきかと言えば、話は約3分前に遡る。 「どぉしたのぉ、ユウちゃ〜ん?」 「うっさい、離れろ、重い、太りすぎ」 ゴロゴロと咽喉を鳴らして甘える猫のように、俺はユウの真っ白の肢体に圧し掛かった。そりゃお前と比べりゃ誰だって太りすぎだろうよ。薄いシーツだけでは身体の滑らかな曲線は強調されるのみで隠せるはずもない。そして、先ほどまでの情交の名残も、隠しきれる訳はなかった。俺の重みに更に嫌そうな顔をして、ユウはベッド脇のローテーブルの上に手を這わせ、何やら探している。不精にも寝転びながら無理に身体を伸ばしているので、筋痛めるぞと呟いたら、お前が言うなお前がと尤も至極な答えが返ってきた。身体が気だるいのは判らないでもないが、枕に顔埋めたままは止めないか。ちゃんと目的物を視認して取れ。俺の小言など無視したユウがようやく探り当てたものを目にして、俺は口元に手をあてて何処かの上流階級奥様宜しく、身を捩った。 「きゃ〜、ユウちゃんてば、不良!!」 「その喋り方止めろ。気色悪い」 一刀両断。やれやれ、肉体的交流を面倒臭がる上に、精神的交流まで疎ましがるのはどうしたもんかね。 ユウの両手にあるものは煙管。そしてローテーブルの上には煙草盆。危ねーなおい!火の元置いたまま、こいつ手探りしてたのか。言い忘れていたが、此処はユウの私室だ。任務帰りにふらふらと扉を開けた先に、ベッドでのんびり寝転んだ俺がお帰り〜ユウ〜とのんきに手を振っていたら、こいつなら即行引き返す。下手をすりゃ相棒に手をかけやがる。それをしなかったのは、ひとえに俺の土産のおかげ。 「多分好きだと思うんだけどさぁ、俺こいつはやらないからなぁ」 「知ってる。ここらは紙巻ばかりだからな」 紙巻は嫌いだ、と呟いたユウは慣れた手つきで異国の言葉で飾られた小さな箱を開け、詰められた刻み煙草を細い指先で丁寧に丸めた。そして火皿にそれを詰めると火をつけ、優雅な仕草でそれを吸った。ユウの煙管は吸い口と雁首の部分は銀製で、聞くところによるとこれで毒殺を謀られても判るらしい。なるほど銀だからな。ユウのおかげで、すっかりこの異国の道具にも詳しくなってしまった。やはり好奇心は広く持たねばならない。胴体部分は黒漆の塗られた黒羅宇。白銀と漆黒の色合いは、俺の中で即座に人物へと脳内変換がなされてしまう。全く持って、持ち主に相応しい仕様だ。ユウは雁首の部分を受けるように持ちながら、口内で味と香りを堪能するようにしばし目を閉じると、ふわりと溜め息に乗せて煙を吐いた。一服。二服。そして灰吹きにコンコンと雁首を叩きつけ灰を落とす。そしてまた銀の吸い口は薄い唇に挟まれた。 「お前ねー…行儀悪いよ」 お年頃の女性が裸のままベッドの上で呑むなよおい。 「火事にゃしねーから安心しろ」 「…で、どうよお味は」 結構本気で気になっていたことを訊いてみる。俺たちのような職種には国境も人種もあったものではなく、物珍しい品に出くわすことも数多い。喧騒にまみれた蚤の市で見つけた東洋からの流れ物。中身が刻み煙草だと知った瞬間こいつの嗜好を思い出し、条件反射的に財布に手をやってしまった俺って男としてはどうなのかしら。結構な値段したのよこれ。 「…まぁ…悪くない」 「あぁそう、そーゆーご感想ですか。何か落ち込むー。俺ってばユウが喜ぶかなーっと思ってなけなしの金はたいたのに。貧乏人もいい所なのに。もしユウが社交辞令でもいいからラビ、ありがとう。すっごく嬉しいし、美味しい≠ュらいハートマーク付きで言ってくれたら俺単純だからまた見かけたら買い込んで来るのに。大体こっちで刻みがなかなかないから見かけたら手に入れろって脅迫めいたお願いしてきたのは何処の誰よー!」 「だからその喋り方止めろ気色悪い通り越して鳥肌が立つ。あと、お前の妄想内だろうと俺の性格に脚色は加えるな」 「ユウちゃん冷たい…」 コン。コン。灰吹きに白い灰が振り落とされる。口では相変わらずの憎まれ口しか叩かないが、気に入ったらしいことなどすぐ判る。そのひとつまみを吸い終えたら、すぐ箱に手を伸ばすのだろう。大体こいつの性格だったら、不味かったら一口呑んですぐさま煙管ごとつき返すに違いないのだ。何だかんだ言いつつ、こいつは嘘をつくのが下手だ。そう、俺よりも。 「…思ったんだけどー」 「何」 「何かさぁ、そう優雅に隣で一服されてるとさぁ、アレ?俺ってばヤラレちゃった?みたいな気になんだけど」 「あっそう」 そうかもな、とユウにしては珍しい台詞が洩れる。にぃ、と上がった口角はこいつを酷く年相応に見せた。真っ白のシーツに真っ白の肢体を包みながら、ユウは煙管を口元と灰入れとに往復させている。うつ伏せの状態から上体だけ起こしたその腰のラインも、背や二の腕に流れ絡まる漆黒の髪も、煙管を受けて持つ手首の角度も、煙を吐き出す窄められた唇も。 「いやいや、なかなかどうして、色っぽいじゃーございませんか………だっ!?」 寝屋でも外さない眼帯を思いきり引っ張られたかと思いきや、次の瞬間呆気なく離された。ばちん、と結構な音を立てて持ち主を強打してくれた眼帯に仰け反っていると、ユウが白い目で睨んでくる。 「やっぱり沸いてんじゃねーの?」 「あっははー。そうかも。でもまぁ、オマエ、今更確認しなくたって十分女なんだけどさ」 「……そりゃ、女だろ」 「拗ねるな拗ねるな。そーゆー意味じゃないって」 少なくとも、お前という人間を性別の枠に当てはめてそして認識できたと安心するような安っぽい意味ではない。そんな浅はかな勘違いをするような人間だったら楽だったかもしれないが、ユウはそんな人間に側にいることを許しはしないだろう。本当、俺ってば苦労性ね。 どうやら俺の思っていた以上に、その異国からの小箱は掘り出し物だったらしい。こいつがこれだけ連続して吸うの初めて見た。…つーか、少しばかり吸い過ぎよ神田さん? 「もう止めとけば?ちびちび嗜んでくタイプだろお前」 「…ストレス発散にはこっちのがいいんだ」 「は?お前みたいのでもストレス溜まんの?とりあえずむかついたら表に出しとくお前が?しょっちゅう八つ当たりされてる俺の立場って何?」 「ほぅ。自覚はあったか。それなら今後と言わず今から八つ当たられろ」 「止めてーっ!その危なっかしい凶器を突き出すのは止めて神田さん!!」 慌てて眼前に迫った雁首から仰け反って逃げる。今これどのくらいの温度あるの。 「振り回すなよな」 「そうだな葉が勿体無い」 「そっちかよ」 身支度を整えた俺は、再びごろりとユウの隣に寝転んだ。団服までは着込んでいない。多分そこらに落ちているはずだ。そして天井を見上げ、室内をぐるりと見渡した。考えてみればこいつの部屋に来るのは久々だ。いや、同時期に本部にいる期間こそが珍しいのだが。だからたまに本部を覗けば、捜索部隊や科学班、エクソシストの顔ぶれが変わっていることも多々ある。ちなみに前者から入れ替わりの率が高い。そして、俺はユウ曰くのストレスとやらに若干の心当たりがあった。希少度最高値、後者の原因。 「…で、何。あの…何つったっけ?モヤシくん?」 「アレがどうかしたのか」 「お前がそうとしか呼ばないから、俺そいつの本名覚えられないんだけど。何だっけ、アランだかアレンだか」 前回会った時、何か変わったことあるか?と聞けば新入りが入ってきたとのこと。非常に珍しい。教団が設立してからの年月で、今だエクソシストは18人しかいなかった。1人でも増えれば結構な戦力増だろう。しかも聞くところによると、そいつは初対面でこいつとやり合って、更にはその後も何かあれば角つき合わせているというではないか。情報源はあのチャイニーズの女の子。いや面白かった。こいつが他人とそういう関わり合い方をするとはね。 「ともかくさー、そのモヤシくんにはさー、させてやんねーの?」 オトコノコでしょ? 「…な訳ねーだろばーか」 殴られるか蹴られるか馬鹿にされるかさてどれだろうか。いつでも逃げられるよう、臨戦体勢に入りながら相手の出方を窺っていた俺を裏切るように、ユウは一気に不機嫌そうになって、つまらなさそうに灰を落とした。コン。コン。はらはらと灰が舞い上がるように落ちて行く。いつもの返事を期待して、俺はつい言葉を重ねてしまう。 「そりゃ又どうして」 「…お前と違って馬鹿だから」 ふぅ。吐き出される煙。溜め息。(多分溜め息を吐くための煙)けぶる黒曜の瞳。ちらつく思考。 「……それ、その後に正直≠ニか真面目≠ニかつくだろ」 ああなるほど。そういう訳。 俺はユウの手から、さっさと煙管を取り上げた。思考が硬直はしても、行動には差し支えないらしい。失敗した。土産を渡した日に振る話ではなかった。単なる冗談だったのに。殴られるか蹴られるか馬鹿にされるか、三者択一をしたかっただけなのに。この突飛さ加減はすでに反則ではないのか。おかげで俺はこいつが一服やる度に思い出す。その仕草で、吐息で、葉の香りで。そしてこいつはそんな事など露知らず、気に入りの葉を俺の前で消費し続けるだろう。ああ、まだ箱が小さくて良かった、なんて思う自分がおかしくてたまらない。 神様酷くないですか。どうしてどれもこれも俺ばっかりが気づくんですか。どうしてこいつは嘘を吐くのも隠し事も下手な上に臆病で鈍いんですか。例の新入り君、見かけたら一度くらいは意地悪してもいいですか。 「てめ、何しやがる」 「これは、子どもの、呑むモノじゃ、ありません、」 「はあ!?いきなり何言ってやがんだ返せ!」 きりりとつり上がった眉に、やっぱりビジンは怒った顔が一番だねぇなんてそれこそ聞かれたら刀の露にされそうなことを考えながら、俺はとりあえず今日1日はユウにこれを返さないことに決めた。自身を理解・把握・許容できるのが大人の要件だったらお前は子ども以外の何者でもないじゃないか。 でも、本心は何って言ったら。 1日くらい禁煙してくれ頼むから。 俺の心の平安のため。 |
>>>ラビ×嬢。に見せかけてアレ神。 一度はラビを書いておこうかな、と思った故の作品。 ですが、捏造しきりで済みません…。 和風美人には煙管だと信じて疑いません(笑) >>>back |