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※ 女体です。嬢です。イロモノ極まれりです。
  広い心でお願いします…



   大好きな遊びがある。
 誰だって、きっと好きに違いない。極上のものを手に入れたのなら、余計に。





++ 被装飾(の為だけの)人形 ++





「おいで」
 僕が手招きすると、扉を開け足を踏み入れかけていた彼女と目が合った。深遠を覗き込むような闇夜の色。僕は彼女の色が大好きだ。手招きされるがままに、神田は僕の私室へと入り僕の元へとやってきた。迷いなくやってくる君。そして僕は彼女の細い胴に腕を回しながら、いつものように囁いた。心の中で、カウントダウン。3・2・1…
「お帰り。お疲れ様だったね」
 がくん。
 カウント通りのタイミングで神田の身体は崩れ落ちた。僕に全体重をかけ、あっさりと身体の支配権は僕に譲り渡された。怪我をしないよう、両脇から支えてやる腕には十分に力を込めてある。僕よりも身長があるのに、ベッドに腰かけた体勢でも楽に支えられてしまうのは一体どういうことなのか。運びやすいのは助かるけれども、少し問題があるかもしれない。僕はずるずると彼女の身体を引き上げ、そしてよっこらせと抱え上げると個室に設置された簡素なバスルームへと彼女を運んだ。
 任務から帰還したままにこの部屋へと来たのだろう。彼女の団服は埃と泥を吸っていた。そして実に落ち着かないことに、彼女の本来艶やかな光沢を持つ豊かな黒髪にも。あぁもったいない。早く綺麗にしてあげたい。神田を手頃な高さの台に座らせると、僕は先に着ていた服を全て脱いだ。ドレスシャツを放り投げ、リボンタイを適当な場所にかけておく。事前にちゃんとティムキャンピーは外へと締め出してあった。
「まずはシャワーかな」
 団服を脱がせ、シャツを肌蹴る。真っ白な肌は黄色人種特有のまろやかさがあり、とても綺麗だ。今回の任務ではどうやら負傷はしていないらしい。良かった。僕以外の存在が、僕の気に入りの綺麗なものを侵すことだけは許せない。しゅるりと胸を圧迫しているサラシも解いてやる。普段彼女は適当にぐるぐると巻きつけてしまうだけなのだが、せっかく形が良いのにそれを崩してしまうことは忍びない。なのでちゃんとした巻き方を教えたり実践したりする訳だが、僕の毎回の細かな気配りを、彼女は気にかけてくれているかすら判らない。美しいものは美しいままにしておきたいと思って何が悪いんだろう。
 あらかじめシャワーからお湯を出しっ放しにして室内は十分に温まっている。湯気に服が濡れない内に、それらは外へと放り出した。しっとりとした空気は、神田の肌にも髪にも絡みついて、本当に綺麗。けぶる色合いの瞳は、真っ白の空間の中で一際映えて見えた。漂う甘く華やかな香りはローズオイルだ。かなり高価だったがその分質は極上で、それを贅沢にバスの中へと入れてある。白い本体に金の猫足がついたバスは、可愛らしく何処か品があって、密かに気に入っている。湯の表面におまけのように真紅の花びらを散らした中、湯浴みをする神田は酷く魅力的に違いない。ふとそのイメージを思い浮かべた今朝の自分と実行に移した行動力に拍手喝采。手にしたスポンジに細かな泡を作りながら、僕はにっこりと神田に笑いかけた。
「洗うよ」


 上質の柔らかなリネンで優しく水分をふき取ってやる。肌を傷つけないように。髪を切らないように。細心の注意を払って服を着られる状態にして、そしてゆっくり時間をかけて、彼女の身支度を整える。
 今日の服の色は黒にしよう。この間着せた薄紫のイブニングドレスは実に彼女を魅せてくれたが、もう少し甘みを加えてもいいかもしれない。時間はすでに日付を変えようとしている頃で、このまま眠りにつくために化粧を施すわけにはいかないのが実に残念だ。服から装飾品から化粧から、何から何まで全てを完璧に誂えた姿は筆舌に尽くしがたい程である。その楽しみは明日以降に持ち越すこととして、以前から用意しておいたシンプルな黒のワンピースを着せつけた。裾は細かなレースが2段重ねになっていて、高い位置でウェストに絞りが入っているタイプだ。肩は大きく開いていて、綺麗な形の鎖骨が覗く。それだけで出来上がってしまった造り物めいた美少女の姿に、思わず満足しかけてしまったが、まだ過程は半分も終えていないのだ。
 身だしなみは気を抜いてはいけない。甘い匂いのするクリームを擦り込んだ手を取り、桜色の爪を1本1本丁寧に磨く。磨きながら、隣に置いてある金属製の箱にちらりと視線をやった。言わずと知れた、化粧用具入れだ。できないと判っていても思わず指が動いてしまう。でも今更化粧をしなくても、神田の肌はなめらかだし湯上りで頬は薄桃色に染まっているし、マスカラなんてつけなくたって睫毛は長く生え揃っている。だからこれくらいは勘弁してね、と後ろから彼女を抱きしめて、そしてネイルを丁寧に施した。
「明後日は聖誕祭なんだって。ちょっと早い、クリスマスプレゼントだねぇ」
 僕への。
 無邪気にそう笑いながら、彩った爪はピジョンブラッド。金のラメを重ね透明な石を重ね、薬指の爪だけは十字架を象って仕上げてみる。黒と赤と時折散らした金も全て、彼女を飾り立てるための単なる小道具に過ぎない。細かな刺繍の施された羽毛クッションが、ベッドの周りを取り囲んでいる。その中に埋もれそうになりながら、僕はベッドに腰を深く下ろした格好で座り込んだ。そして僕の胸に背を預ける姿勢で、彼女はもたれ込む。目の前には丁度真っ白なうなじが覗いていて、手にした黒のビロードを慎重に巻きつけた。
「出来上がり」
 鼻先を埋めるように首を傾けると、甘い香りがした。かなり伸びた、白い髪の先がさらさらと彼女の肌を滑り落ちてゆく。後ろから、神田の細い腰に回した両腕に力を込めた。膝を立て、足の間に抱え込んだ君を抱きしめながら、僕は満足の溜め息をつく。そのまま手持ち無沙汰になったので、しっとりと絡みつく豊かな黒髪をつげの櫛でゆっくり丁寧に梳いてやる。乾きかけた髪が指の間をすり抜ける感触は、ぞくりと快感にも似た刺激が走った。
 君は無言のまま、天井に広がる虚空を見つめている。何も言わず。指ひとつ動かさず。


 それが約束。


(―――人形になって)


 それが約束。


 任務を終えて疲れきった彼女に、冗談のように言った一言から。


(ねぇ、神田)


 にこにこしながら、近づいた僕に一瞬君は警戒したように身構えて。


(…何だ?)


(疲れてる君にひとつ良い提案があるのですが)


(は?)


(全部してあげるよ。服を着替えさせて、お風呂にも入れてあげて、勿論手入れも何もかもしてあげる。髪を梳いて爪を切って荒れた唇にはクリームを擦りこんであげる)


(その代わり)


 抱きしめた腕から仄かな体温が伝わってきた。低体温な彼女でも、こうして密着していれば温もりを分かち合えるものだ。後ろから、神田の表情はきちんと窺えない。しかし判る。彼女は何の表情すら浮かべていないだろう。凍りついた、能面のような無表情。


 だって人形なんだから。


(その代わり?)


(喋らないこと)


(動かないこと)


(その時間だけ、君は人形)


 さぁ怒鳴られるだろうか斬りつけられるだろうかと、やや身構えながらの僕の冗談に、彼女はふんと鼻を鳴らして。


(…呼吸とまばたきは我慢しろ)


 そう、言った。


 今の彼女は僕の人形。何も考えず何も悩まず生き急がない。酷く美しい生き人形を僕はこうして手に入れた。
 ぼぅと遠くを映している黒の瞳には、普段の強い意志の煌きなどカケラもない。ただただ微温湯に浸かり続けているかのように、ふわりふわりと夢見ごこちでいればいい。戦いに赴く度に君は傷を負う。身体にではなく顔にではなく心にでもなく。魂に。ぎりぎりと引っかいたような引き攣れた醜い傷痕が、ゆっくりと君に沈殿していくことを知っている。血を浴び刀を振りながら、何よりも消耗を強いられているのは君自身。
 僅かに、しかし確実に磨り減っていくその清廉な魂を、どうか今だけは凍らせていてMy doll。あまりにも強く、あまりにも儚げな君の背を、ただ眺めているだけはとうに飽いた。どうかどうか、虚ろに愚かなだけの人形に、今だけは徹していてMy doll。
 馬鹿馬鹿しいほど下らない人形遊びに、僕と君が興じている今だけは。


 綺麗な綺麗な人形遊び。


 女の子は誰だって好きなもの。
 彼女と同じ性を持つ僕だって、例外じゃない。





>>>ごめんなさい…!(開口一番)
アレン(♀)×神田(♀)でした。
自分的呼び名はアリィ×嬢。
リナ神とはイメージ違うなぁ…と思った末の妄想でした。
もうやりませんごめんなさい…(笑)

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