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※「逆杯は〜」から微妙に繋がっております。更には18禁なのでご了承の後、下へとどうぞ。










 ―――堕ちる


 その言葉だけが、ただただ鈍い思考を埋め尽くしてゆく。




++ 多く ++




 頬に張り付いた髪が鬱陶しいと思っても、今の自分にはそれを取り払うことすらできない。否、許されない。違和感に首をゆるく振ったところでそれは消えてくれず、逆に体内に埋め込まれた存在をリアルに感じ取ることになった。
「…っ、ぅ」
 酸素を求め脳は叫びたてるが、身体はそれについてこない。ただ短い呼吸を断続的に行うだけだ。は、は、と荒い獣じみた声が己のものであるとは、神田は思いたくもなかった。しかしそれらは全て事実であり現状だ。神田が今一糸纏わぬ姿を晒していることも、快楽と屈辱に端正な顔を歪めていることも、そしてその様を目の前の少年に余す所なく観察されていることも。
 やや伏目がちになっていた相手が、その赤い双眸を神田へと向けた。真白い髪の隙間から覗く瞳には、熱などカケラも篭もってはいない。人形の硝子の目でも、まだ温かみがあると思わせる。やがて神田とは正反対の方向に造られた顔立ちの少年は、目線と同じ温度で口を開いた。
「何してるの? 僕の言ったこと聞こえなかったのかな」
「……ひぁ…っ」
 少年の僅かな身じろぎだけで、神田は微かな悲鳴を洩らした。頬に子どもの輪郭を残した少年は、自分の同僚であり後輩だった。アレン=ウォーカーという名の、人好きのする笑顔と柔らかな物腰で如才なく周囲に溶け込む術を覚えた(覚えざるをえなかった)少年に過ぎないはずだった。
「何時まで経っても、終わらないですよ?」
 にこりと微笑んだアレンの両手は、しっかりと神田の両手を掴んでいた。向かい合って互いの手を合わせ、祈るように指と指を絡ませている。それだけを見ていればまるで戯れる恋人同士のようだ。しかし神田がその手を軽く引いても、アレンは離そうとはせず、更に指先の力が強まった。ぎり、と少年の爪が手の甲に突き刺さり、痛みが走っていることだろう。
 今の神田に、まともな痛覚があればの話だったが。
「…離せ…っ」
「駄目」
「……無理、だ…っ!」
「大丈夫。頑張って。ね」
 まるで子どもに言い聞かせるように、アレンが笑った。その笑顔は花が綻ぶようにも見えたが、しかし決定的に暖かさが欠けていた。畜生に芸を仕込んでいるようだ、と神田は感じたのだが、それはある意味で正解だったのだろう。
 この男は自分を貶めて遊びたいだけなのだと、最初から神田には判っていた。


 甘い考えでぬるい正義を振りかざす新人。
 それが神田のアレン=ウォーカーに対する第一印象だった。彼の過去の一部を漏れ聞いてから多少そのイメージに変更・脚色はなされたものの大筋はそのままであった。古株である自分よりも教団に受け入れられ、人の輪の中で朗らかに微笑んでいる子ども。やや他人からの愛情に貪欲な所はあったが、多くの人が彼を愛するだろうことは容易に想像ついた。その異形すら喜んで受け入れられるこの神の家では尚更に。
 自分とは何もかもが違う相手。そう思い、とりたてて必要性も感じなかったことから神田は最低限の関わりしか持たなかった。相手も自分への隔意を隠そうともしない神田には遠慮がちに接していた。そしてそれで均衡が保たれていたのだ。そう神田は思っていたのであるが、その認識はどうやら神田だけのものであったらしい。
 一体いつのことだったか、既に神田は覚えていない。確かなのは突然にアレンが自分をベッドに引きずり倒し、陵辱の限りを尽くしたということだけだ。激痛とも快感ともつかぬ衝撃にプライドをかなぐり捨てて泣き喚いても、アレンは一向に意に介した様子もなくただの作業工程であるかのように、むりやり押し入った神田の中に体液を吐き散らした。
 男に犯されたという事実に精神的逃避を図ることすらアレンは許さず、その夜のことを囁きながらアレンは今度は優しく神田を抱いた。苦しめるためだけのように酷く抱く夜もあれば、真綿でくるむように労わりをもって抱く夜もあった。全てはアレンの気まぐれによるもので、そこに神田の意思などカケラも存在してはいなかったし、そんなものがあるなどとは思ってもみないようであった。当たり前のように、アレンは神田を我が物として振り回す。神田が抵抗の意思を示したところで変化はなく、むしろ彼の抵抗を笑って踏みにじることをアレンは好んでやっていた。
 抱かない日でも、必ず少年は神田のもとへやってきては何事かを仕掛けていった。キスをするだけの日もあれば一方的にアレンが何事かを喋りたてている日もある。軽い愛撫だけをゆるゆると続け、ふと用事を思い出したようにあっさりと出て行ったこともあった。その時は一向に引かない熱を冷ますためシャワールームへ移動する余力すらなく、神田は脳裏にちらつく少年の残像を必死で追い払いつつ自慰をしたのだった。あの時ベッドを離れていくアレンを見やる自分の目には、懇願が浮かんでいたかもしれない。もう少し意識が鮮明であれば反射的に手を伸ばし縋っていたかもしれない。
 しかしそれに返ってくるものは何もないのだ。
「……ふ、ぅ…っ、ん」
 何かに掴まっていればまだ身体のバランスが取りやすかっただろう。しかし神田の両手は今はアレンのそれとしっかり組み合わさっている。神田の両の手を封じながら、愉しそうにアレンは相手の様子を眺めていた。
 上に乗れ、と言われるのは初めてではなかった。神田を引き返しのつかないところまで高めてから一気に放り出し、そこでようやくアレンは囁くのだった。昼と夜とで神田の思考回路は大きく切り替わったようだった。抵抗の意思が生じるのは変わりなかったが、表立って逆らう回数は目に見えて減っていた。その気力も何もかもを削ぎ落とされていた。昼は鍛錬と任務で、夜は狂騒で。彼の体力の限界を見極めてアレンは遊んでいるようだった。
 何もしないからお好きにどうぞ、と厚いクッションを背もたれにベッドに座り込んだアレンの肩に手を置き、神田は少年の身体をふらふらと跨いだ。女のような己の姿に目も眩むような屈辱感が過ぎるが、それは行動には現れない。ローションを指先にまとわせると自らの後孔へと伸ばす。息をつき力を抜き、ゆっくり時間をかけて解していくことにすら、すっかり慣れた自分がいた。
「…ぅ…は、ぁ」
 片方の手で解しながら、もう片方の手でアレンの性器を引っぱり出す。表情にも声音にも変化は見受けられないが、さすがに其処には多少の熱が篭もっているようだった。他人の肉体に侵入を果たせるよう、手の中で脈打つものを育て上げて行く。
 侵入の痛みは回数を重ねてもそうそうなくならない。しかし己の身体は侵入者の形を覚えているのか、あっさりと順応してしまう。体重をかけ、自ら雄を受け入れていく自分の姿はどうだ。ずるずると足先から力が抜けていくのと同時に、じわりと覚えこまされた快楽が奥底から引きずり出されてくる。
「お疲れ様」
「…?」
 最後まで侵入を果たすと、アレンがおもむろに神田の両手を自分のそれとを絡み合わせた。柔らかく微笑みながら、そのまま動いてね、と告げてくる。
「…う、ごけるか…っ」
 手は中途半端な高さに掲げられ、不安定で体重のかけようもない。足にも存分に力が入らず、身動きすら容易ではなかった。時折アレンが指を蠢かし、指の間をなぞられるだけでぞくぞくと淡い快感が背筋を這いのぼる。
「そう?」
 小首をかしげながらも、アレンは一切何もしなかった。少年の言葉はこの時間においては絶対だ。燻った熱が高まることもなく引くこともなく、神田の中で蕩けていく。逃げられないと悟り、何とか震える膝で体重を支え、軽く腰を揺らめかせると何ともいえない快感が走った。本能的に、続けざまに身体が動く。
「……ぁ、は…っ、」
 稚拙に快楽を追う姿を、冷静にアレンは眺めている。時折、目の前で揺らめく鎖骨辺りに噛みついては、まだ消えていない口付けの痕に更に重ねた。神田の日に焼けにくい肌には至る所鬱血の痕が散らばっていて、痛々しそうにすら見える姿により笑みが深く刻まれる。
 ぎりりと神田の手の甲に突き立った爪先から、僅かに血が滲み出てきた。アレンの左手と組まれた神田の右手から。異形の左手は感触からして既に人間の肌質ではない。ごわごわと枯れた木のような、もしくは乾きひび割れた岩のような触り心地。体温もそこだけが低く、強く握り締めても脈を感じない。漆黒の分厚い爪が何かを傷つけている様子はもしかすれば様になるかもしれない。そんなことをぼんやり考えていると突然にその爪が己の性器の突端に立てられ、予想しなかった刺激に神田は身を震わせた。
「ひ、ゃ……ぅんっ!」
「…っ・」
「…、は・ぁ…」
 アレンの手の中に吐精し彼の手を汚すと同時に、体内の少年も達したことを感覚で知る。一瞬の激痛と快楽とに膝が笑うが、思考はすぐに鮮明になっていった。荒く息をつきながら改めて自分の姿を見下ろす。男に跨り男を受け入れ、精液に塗れた己。アレンが汚れた方の手を持ち上げ、白濁を神田の頬になすりつけた。独特の臭いが鼻をつく。
 己の体液に顔を汚しながらぼうっと見てくる視線に、アレンがにこにこと頭を撫でながら言った。
「結局、自分じゃイけませんでしたね。本当に仕方のない人。でもまぁ、大丈夫か」
「…何」
「覚えは早いですしね。適性あるんじゃないですか?」
「……っ、黙れ…っ!」
 少年の言わんとすることに気づき、萎えかけていた怒りが甦ってくる。思わず神田が少年を殴りつけようと拳を振るったその瞬間、アレンはおもむろに神田の腰を掴み揺さぶった。
「ひ……っ、」
「どうかしました?殴らなくて良いの?」
 いまだ己の中に居座りつづける侵入者の存在を思い出させられ、倒れ込みそうになる上体を必死で支える。もし自分が少年の胸に倒れ込めばそれは優しく抱きとめられるだろう。そしてそれは冷たく見下ろされるだろう。
「……、良いから…、抜け…っ」
「君が自分で勝手に入れたんじゃありませんでしたっけ?自分の事は自分でね」
「……死ね…っ」
「殺したいならそれもご自分でどうぞ、神田?」
「………、」
 この男を、殺せたなら。
 神田はゆっくり己を気遣いながら身体を離した。ずるり、と少年が抜けていく感覚に息を殺す。そして開放感となぜか空虚感を感じながら、その通りだと思った。気に食わない相手は無視すればいい。良からぬことを仕掛けてくる輩には、二度とそんな気が起こらないよう教え込めばいい。自分に屈辱を与え続ける男など、刀の露としてやろうと良心はカケラも痛まない。
 それなのにどうして、自分はこの年下で後輩である少年に手を下そうとはしないのか。唯々諾々と従う自分ではなかったはずだ。しかし今も自分の身体は少年の上にあり、髪を一束もてあそばれている。この少年が自分に一番初めにしたことは、一切の抵抗の意思を摘み取っていくことだった。
「ずいぶん、大人しくなっちゃって。……つまらないな」
 自分の心を読んだかのような呟きに、神田はきっと相手を睨みつけた。
「飽きたなら…!!」
「うん?」
「飽きたなら、こんなこと止めればいいだろう…っ!? どうせ、お前にとって…その程度の、」
 単なる戯れに過ぎないのだから、と唇の動きだけでそう言った。アレンは僅かに目を見開き、そしてくすくすと笑い出す。
「あは、あははは…。何言ってるんですか?飽きる?」
 くっくっく、と肩を震わせて少年は笑った。そして子どもに言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「飽きる、って言葉はね?対象物に少しでも入れ込んだという前提があってこそ、使えるんですよ?」


「――――…っ!」
 少年が笑う。自分にとってお前とは所詮その辺に転がる玩具以下の存在でしかないのだと。宣言しながら愉しそうに笑う。そして初めて気づいたように、わざとらしく神田の表情を下から覗き込んだ。
「ふふ、どうしたんですか、神田?」
「……何、も」
「あーあ。嘘がつけないって損な人ですよね、本当に。それとも隠せると思った?無理に決まってるでしょ、馬鹿ですね」
 ほら、顔上げて。
 俯き続ける神田の前髪を鷲掴み、無理やりに仰向かせる。露になった表情は無表情を取り繕おうとしていたが、あちこちに動揺の名残が見て取れた。
「もしかして傷ついたんですか?僕の言葉に、傷ついてしまったんですか?」
 誰が―――!そう言いたかった。しかし己の言葉こそが偽りであることを、神田自身も知っていた。
「どうしましょう。僕に傷つけられてしまって。僕なんかに傷ついてしまった君を、君はどうしましょう?」
 尚も笑いながらアレンは神田の肩を掴み、押し倒した。スプリングが悲鳴を上げる。咄嗟に目を閉じた神田がゆっくりと目蓋を上げると、満面の笑みを浮かべた少年の顔だけが映りこんだ。赤い硝子玉のように嵌め込まれた瞳だけが、冷ややかな空気を漂わせていた。
 少年は優しく甘ったるい声で、神田の耳元へと柔らかな囁きを流し込む。


「教えて下さいよ。どうするんですか?」


 目を閉じる。闇が覆い尽くす。少年の声と少年の体温だけが、神田の五感の全てになる。


「答えてよ」


 どうしようもない痛みが走る。一体何処から間違っていたのだろう。何を間違っていたのだろう。明らかに異常と呼べる状況に平然と身を置く自分たちこそが異常だ。
 殺意すら抱いている相手だ。憎らしい憎らしい憎らしい。自分を肉体的にも精神的にもじっくり時間をかけて甚振るのが好きな最低の人間。それなのに、その体温は誰しもと同じように温かく、抱きしめてくるその腕はともすれば心地よさすらまとわせている。

 ―――この男を殺せたら。

 それは、己では実現不可能だと承知しているからこその、願い方。






「ねぇ」





++ 多く ++










>>>久々に鬼畜主人公を召喚しようとしたら、
おかしな神田さんまでくっついてきたというお話です(笑)


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