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(逃げる王様 追う王様
 さぁさお帰りはあちらです)



++ 上のに気づかな ++


 すたすたすた。
 八百屋を超えた。肉屋も超えた。ついでに魚屋を通り過ぎた。
 すたすたすた。すたすたすた。
 新聞屋、洗濯屋、洋品店。
 緑の屋根の家、赤の屋根の家、青の屋根の家。
 すたすたすた。すたすたすた。
 アレンは1人、街を闊歩し続ける。
 その後ろに一定の間隔をもって、同じペースでついてくる足音の存在に、アレンは気づかない振りをし続けた。
 すたすたすた。
 すたすたすた。
 歩くアレン。目的もなしに歩き続ける。
 追う足音。躊躇なしに歩み続ける。


 すたすたすた。
 すたすたすた。 





(王様逃げた。王様追っかけた。
 どうして2人とも気づかない?)






 何時しか街は空も地面も人々すらも、全て赤く染まり果てていた。
 夕暮れ時。
 赤の空を眺めながら、赤の地面を踏みしめ、赤の海を眺めていたアレンは背後から近づいてきた気配に、ひとり苦笑した。


「…優しいですよね、神田」


 くるりと振り返って、アレンはその場に立つ人物へと声をかける。


「追いかけてきてくれたんですか」
「……撤収の時間だ」
「もう何時間も前にね」


 あはは。
 アレンは笑う。


「ふざけているのか?」
「まさか! 僕はいつだって真面目ですよ!」


 背中に赤い夕日を背負い、アレンはおそらく彼からは表情すらまともに見えてないと知りながらにこりと破顔した。
 赤の世界に2人、黒をまとった少年たちは相対する。





(逃げる王様捕まった 追う王様捕まえた
 狭い世界の何処に行く 世界の外には鉄格子)






「…本当に、優しいですよ神田は」


 少なくとも、僕よりは。


 その台詞に、神田は訝しげに眉を潜めた。
 戸惑いながらも、彼はまた一歩、アレンの方へと歩みを進める。


「…おい?」
「だって、ただずっと追いかけてきてくれる」


 何も言わず。何も問いつめず。
 本当ならば自分たちは、とうにあの黒い家に帰らねばならないのに。


「僕だったらきっと。もし僕たちの立場が逆だったなら」


 こうしてただ逃げるように、彼が海を眺めていたなら。


「僕はきっと言うでしょう。神田。あなたに」


 この腕を広げ、限りない空を指差して。


「『ねぇ一緒に逃げよう』」


 しがらみも任務も使命も、名前も顔も存在すらも全てこの海に放り捨てて。


「『ねぇ一緒に逃げよう』」


 赤を背負い、アレンは夢見る瞳でそう告げた。


「逃げませんか神田。きっと今なら、全部手に入れられる」


 逃げて逃げて逃げて。
 そしてもう一度生まれ直せたならきっと。


「……そうだな。全て、手にできるだろうな」


 怖い怖いお化けとの戦いは、強い大人の人に任せて。
 子どもは2人で、おうちに帰ろう?


「「 で も 」」


 2人同時に呟いた。
 それは枷か鎖か鍵か。





( --- It's a closed kingdom ! )





「…それは、赦されない……」


 アレンは遥かなる空を仰ぎ見ながら、目頭を押さえて低く呻いた。
 ゆっくりと、神田が近づいてくるのが判る。


「…僕は」
「余計なことを、考えるな」


「……神田」


 顔を覆った手を離され、再び赤に染まった視界には黒の使者がいる。
 揺ぎない彼の瞳が、アレンはひどく好ましいと思った。


 ふ、と一瞬だけ彼の唇がアレンのそれへと触れた。
 僅かに柔らかな感触が、じわりとアレンの感覚を狂わせる。


 初めての、彼からのキス。


 泣きそうな顔で、アレンは神田を抱きしめた。
 細い彼の身体は、すっぽりと大人しく抱かれてくれる。


「…前言撤回。やっぱり、神田はずるい」


 これまでいくら抱きしめても反応が返らなかったのが嘘であるかのように、自然な仕草で神田の両手がアレンの背へと回った。
 ぎゅうと幼子をあやすような柔らかさを感じて、アレンは本当に泣きそうだと思う。


「こんな簡単に…僕を弱くしてしまう」


 こんな簡単に。
 僕の決意をあっけなく鈍らせる。





(さぁさ見て御覧なさいなその手のひらを。
 互いの鍵握るその手のひらを)






「……ねぇ神田。それなら」


 あの黒い家から出られないのならば。せめて。


 神田の見ている前で、朽ちて逝きたい。
 何も手にできぬ神の使徒なればこその願いだった。
 神田が、呆れたように笑うのがその波動で判る。


「…馬鹿だな、お前は」
「馬鹿馬鹿言わないで下さい」
「馬鹿だとも、お前は……そんなこと」


 ぎゅっと神田の腕の力が強まった。
 アレンも彼を抱く腕に力を込める。
 必死に抱き合う2人は、傍から見れば滑稽だったろうか。


「……どうせ、ろくな死に方はしねぇだろうよ」


 そうだね。


 既に言葉に乗せる必要すらなく、アレンは頷いた。
 世界の表に生きていた時はとうに過ぎ去った。
 今の自分たちには、闇夜と悪意と正義と十字架しか存在しない。


 祈るように。呻くように。
 アレンはどうして神の使徒に人間の感情が存在しているのかと思いながら、呟く。


「……ただ、好きなだけなのに」


 そんな想いすらもままならない。


「もう、撤収だぞ」
「うん」
「とっくに、過ぎてる」
「うん」
「……馬鹿は、2人か…」


 赤い海の臨む赤い波止場で、抱き合う2人の少年がいる。
 何かから逃げるかのように、縋りつくように抱き合う2人がいる。


 せめて赤が黒く染まりきるまでは。
 すぐに叶わなくなる願いしか抱けない少年が2人、ただ立ち尽くしているだけだった。





(逃げる王様捕まえた
 追う王様捕まった





 2人一緒に捕まった)




――  臆上のに気づかな








>>>ニュアンスで読み取って欲しいアレ神。
最高潮に甘々目指してみました(当社比)
裏タイトル「アレン君の駆け落ち宣言」(違)

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