遠慮がちな指など要らない。 顔色を窺いながら抱き寄せるなど赦さない。 お前はお前の意思で。ただそれのみに従順に。 オレを欲しがれば良いんだ。 |
++ 神の坐す玉座 9 (side:E)++ |
+ 至福に抱かれる身体 + |
のしかかった身体は、熱を持っていなかった。 熱だけではない。感覚も、神経も、何もかも、今は判らないのだと彼は言う。 「…もっと」 三大欲求すらない、とお前は言ったな。 なら―――引きずり出させてやるよ? お前の上で、バネの壊れた人形のように。 オレは、お前に見せつけるためだけに踊ろう。 腰を押しつけ、舌と指で金属を愛撫して。 オレは、お前を取り込むために何にでもなろう。俳優でも、道化でも、娼婦でも、何にでもなってやるとも。 さぁ、何がいい? 躊躇いがちに伸びてきた腕を、逃がさないとばかりにしっかりと掴み、それを胸元へと押しつける。 途端にそこから一気に体温を奪われた。ぞわりと二の腕に鳥肌が立つその感覚すら、今のオレにとっては快楽にすりかわる。 すでに思うように腕には力が入らず、必死で彼の身体に倒れこまないようにするだけで精一杯だ。 男が愛撫しやすいようにするためだけに、今オレは必死で膝を立てている。 彼の腹に額を押しつけ、かたかたと震える片腕で何とかバランスと保ち、そして腰だけが高く上げられた姿は自分のことながらあまり直視したくはない。 淫らだと嗤いたければ嗤うがいいとも。 オレは欲しいものに何処までも貪欲な人間だ。 そしてオレは同時に、貪欲であるとともに、手段を選ばない狡猾な人間でもある。 「…んっ」 自分が手渡した軟膏が身体の奥へと塗り込められる感触に、オレは小さくうめいた。 常人の指とは比べものにならないほどに太い鋼の指が、身体の最奥を穿ちにかかる。 冷たい粘度のある薬が、自分の体温で徐々に温もりを持っていくのがそれこそ肌で感じられた。 一瞬冷たさに強張った身体が、そうして解れたのが判ったのか、男は遠慮なしに指を突き入れオレの欲望を引きずり出しにかかる。 「…ひ、あ……は・」 どうやら学習能力に長けているらしい彼は、どうやら人の身体の嬲り方を、早々にして把握してしまったようであった。 全く可愛げのないことだ。 この身体を2、3度は抱いていると自白したとはいえ、それだけでここまで人を陥落させるとは。 どうやらオレは嫌な才能を持つ弟に恵まれてしまったらしい。 「…辛かったら、言って……兄さん?」 「……くぁ…っ!」 耳元でそんな優しい言葉を吐きながら、その瞬間にこの男は指を最奥でいきなり折り曲げた。 突然の刺激に思わず身体が大きく仰け反る。 こいつは人の話を聞く気が果たしてあるのか。 言ってることとやってることが正反対なんだよこんちくしょう。 「本当に、ごめんね……冷たいでしょ?」 だから、事あるごとに謝るな。オレが逆レイプしてるみたいじゃないか。 まぁ、事実そうじゃないかと言われれば反論できないが。 彼には体温がない。 金属の冷たい身体は、確かに生身であるオレには少しも辛くないと言えば嘘になる。 しかしそれでも、求めるものは。 抱きしめ合えば寒さに身を捩ってしまうような、切り刻まれる冷たさの中の悦楽。 「ひぅっ」 ぎちぎちと音を立てて彼が飲み込ませていた2本の指が、いきなり引き抜かれた。 突然の強い快感に、バカみたいに甲高い悲鳴が口をつく。軽い痙攣を起こしている身体に休ませる合間もくれず、またも一気に奥まで突き込まれた。膝が耐えきれずに崩れ落ちる。襲いかかってきた波に呑まれ、気がつくとオレは吐精していた。ぱたぱたと彼の鋼の身体に白いものが伝う。 欲知らぬ鋼の身体に、浅ましい欲望が流れ落ちるその背徳感。 「……大丈夫?」 もう、止めようか? 気遣う声がひどく癇に障って、オレは身体から出て行こうとした手を押し留めた。 まだ、足りない。 まだ、お前は『達して』はいない。 お前の身体が何も感じることがないとしても。 その虚ろに開いた目が、今まさに欲情に濡れていることに気づいていないのか? 「…続けろ」 そうだとも。 お前もまた達するまで、止めてなどやるものか。 肉の欲だろうと、精神の欲であろうと。 お前を繋ぎとめるものであれば、何だって利用することに躊躇いなどない。 お前が、オレとは違う別の生き物で良かった。 うっとりと蕩けた目で、そう告げた。 オレとお前は兄弟なのだとお前は言う。 彼がその血の繋がりを何より強固に思い、拠り所としているのも、すでに何とはなしに察している。 彼は兄弟だという事実を、大切な愛情の理由としているのかもしれない。 だからこそ、だろうか。 彼はオレの目に含まれたメッセージに気づいたのか、少しばかり苛立ちを見せて上半身を起こした。 ベッドに座り込んだ彼の膝に向き合うように、オレが座っている構図になる。いや、体格差から言えばしがみついている、と言い換えたほうが近いかもしれない。忌々しいことに。 そしてそのまま、オレに言葉を出させないようにますます容赦のなくなった指に口は嬌声をひっきりなしに上げながらも。 オレはこみ上げる感情に素直に身を委ねた。 「…ふ、…くく……」 お前が、血の重みを何より重いと感じているのは判る。 しかし。 オレは違うよ? お前がその身体で良かった。 オレが記憶を失っていて良かった。 確かに存在している血の絆が一旦断たれた後に、それでも繋がり合おうとする醜いほどの執着―――オレが欲しいものはそれだよ、アルフォンス。 奥底に確かに存在する、汚い淀んだ感情がお前の指によって次々と表に掻き出されて行く気がする。 お前は自ら、オレの感情を発露させにかかっているんだ。 あぁ、可哀相なお前。 言葉にせずとも分かり合い、共有し合い、無条件で相互が愛し合う愛情をお前は求めているのかもしれないが。 オレが欲しいものは対極にあるんだよ。 全く、お前という男は。 別の存在だからこそ。 けして溶け合えず完全に分かり合うことができなくなったからこそ。 だからこそ、欲しがられているのだとは露ほども気づかず。 あぁ、可哀相なお前。 「ふっ…ふふ………あ・はっ、ははっ」 すでに咽喉から迸るのは、嬌声なのか叫びなのか笑いなのか。それすら自身でも判らない。 引きつったように踊り狂い、オレはただ1人分の体液に塗れながら絶頂の最中にいた。 何の欲も感覚もないお前に植え付けてやる。 視覚と聴覚だけで、お前に訴えてやろう。 この欲にまみれた身体を見せ付けてやろう。 しなやかに身をくねらせ、幾らでも懇願を耳元で囁いてあげよう? そのためだけにオレは男という性に生まれながら、男に抱かれて悦び快楽に睫毛を濡らそうじゃないか。 オレが発情期にフェロモンを振りまく雌猫じゃなくて残念だよ。 あぁ、何処までも自身に誠実なオレに福音を! 「…エドワード兄さん、どうしたの?」 痛い? と的外れな事を訊いてくる彼に、オレは答える余裕などないと首を振り、いかにも快楽に耐え切れないという仕草で、両手で両頬を髪ごと覆った。 「兄さん…」 彼が何かしらの祈りを込めて、オレの名を口にするのが心地よい。 簡単に組み敷けるこの身体に、今縋りついているのはお前のほうだよ。 熱に浮かされたように理性などとうの昔に放り投げ、彼には表情を覗き込めないことを知りながら。 オレはただ1人、醜く笑いながら充足感に酔い痴れた。 お前は己の咽喉下に爪が食い込んでいることにも気づかない、とても可愛い男だよ。 愛してるとも、アルフォンス。 愛してるからこそ。 その牙を折り爪を剥ぎ、その首に。 重い首輪をつけてあげる。 (―――捕まえた) にたりと1人嗤ったのは、記憶をなくす前のオレ自身。 |