『ssp, baptisma』 非常にやり難い。 ロイは小さく溜息をついた。 「何?」 それが自分に向けられたものだと気付いて、エドが無表情な言葉を漏らす。 「…こっちの台詞だ、それは」 「だから、何?」 「…何をしているんだ、ここで」 「見ー張ーりー」 「…頼まれでもしたのか」 「いいや?頼んだの俺の方」 「…は?」 最後から2枚目の書類を処理済みの山の方へ移しながら、ロイはエドを見上げた。 見上げた−というのも、エドはデスクの端にどっかりと乗っかっていたからである。 しかも、靴を履いたまま。 後で掃除するのは誰だと思ってるんだ。 と思いはするものの。 とにかくさっさと終わらせてこの奇妙な空間を脱け出すに限ると思い直し、ロイは最後の書類を手にとった。 「なぁ、それ終わったらさー、俺としない?」 何をしようというのか。 読み誤らないように文字の羅列を目でなぞりながら、顔も上げずに問い返す。 「何を」 「だから、俺としない?って」 「…?」 「コレ」 形の良い指先が、机の上をなめらかに滑っていく。 なぞられたのは、単語。 「…、……?!」 弾かれたように見上げれば、そこにあるのは邪気なく微笑する皙い顔があり。 動揺と共に見やって数秒、間が空いた。 「うわあああ」 「あーもううっせーな、大の男がガタガタ騒いでんじゃねーよ」 ガタリと逃げ出した腰をひっ捕まえられて猶もがいていると、肩をつかまれ力を込められる。 眩暈を起こしそうな錯覚に囚われて目を閉じれば、どうやらそれは錯覚ではなかったらしく。 おそるおそる見開けば自分の体は、少年と敷物との間に拘束されていた。 所謂『押し倒された』形になっていることに気付いて、相当な速度で血の気が体表から去っていく。 のしかかってきている少年はひどく無表情な、ロイの腎肝が余計に冷え込むような瞳で見つめてきた後、ゆっくりと唇を翻かせた。 美艶い、としか表現詮方ない、淫靡な形。 視線を逸らせず、瞬きもできぬままそれをどこか慄然として見つめるロイ。 その頬に、エドはふわりと触れて。 「あんたが怯える必要ないだろ」 時を止めたかのような其処に短く唇を落として、そうして人外の如き、妖艶たる笑みを浮かべた。 「喰われんのは、俺の方なんだし」 小悪魔じみた愉悦を浮かべて、エドがくすくすと見下ろしている。 押さえつけてきている腕は、振り払いきれないものでもないだろうが。 …行為上の立場なんぞ、この際関係ない 喰われるのは自分の方だ、間違いなく。 それを思うと抵抗することすら恐ろしくなって、硬直しているしか他ない自分が居ることに。 ひきつった笑みを寸前で堪えてロイは、それでもどうにかしてこの場から逃げ出そうと、算段する。 が、しかし。 「あ、逃げたりしたらしばらく缶詰にして良いって、契約済みだから」 (誰と調印したんだ) だがそう思う頭に浮かぶのはたった1人しかおらず、妙に仲の良い2人の姿を記憶から引っ張り出して、溜息をつく。 「まぁそんな顔すんなって、言っとくけど絶品だぜ?俺」 『絶品』って… …まぁ、心中の呟きはこの際置いておこう。 「…私でなければ、という理由もあるまい?」 「は?」 突然何を言い出すのか、とエドは僅かに首を傾げた。 「ハボックとかどうだ?あれも割と好い男の部類に入るだろう?」 「…ま、とりあえず今、目の前にはアンタしかいないんだし?」 ロイが進めようとしている話の方向が見えたらしく、にやりと笑う。 「深く考えんなよ、慣れてるだろ?アフェアってやつには」 そう言いながら瞬間見せた笑みに気付いて、意表を突かれたロイはまたたいた。 穏やかな顔が近づいてきて、頬に柔らかなものを感じる。 「何なら、ひどくしたっていいし」 「…何を馬鹿な」 そう呟いた理由は、後になっても判らなかった。 ジップを開いたエドは、のびやかに鼻を鳴らした。 「ふうん、割といいモノ持ってんじゃん」 言うが否やそれを掌の内に通すと、軽く捻るようにして擦り上げる。 「っ」 思わず吐息を零したロイに満足そうに軽く笑むと屈み込み、勃ち上がってきた先端にエドはキスを落とした。 「?!っ何を…」 「してもらったことないのか?そりゃまた」 驚いて制止しようとするロイの肩を上半身ごと壁に押し戻して、エドは再びロイの足元に屈み込んだ。 先端を唇と舌とで挟みながら、己のボトムをずり下ろす。 「っ…」 「気持ちいいだろ?」と言いたげに見上げてくる様が、ひどく扇情的で。 ああもう、完敗だ。 「…っあ…あ……突けよ、もっ……と…っ」 そうは言われても、下から攻めるのはかなりの重労働なんだが。 と思っていると、前へ体重を掛けられた。 力を込めやすい体勢へと誘ったらしい。 求められるがままに侵攻すれば、エドは上着の肩口をつかんできた。 細い体が激しく痙攣する。 尖った顎もすべすべとした下腹も、そして内部は、言うに及ばず。 「〜ッ…!」 「…ひあ……ッ」 言い様のない昂ぶりのままにロイが芥を放った瞬間、エドもまた己の手の中に果てたらしかった。 名残に痛む頭を押さえるロイの傍らで、エドはさっさと衣服を整え始めた。 男相手というのはこういう面で便利だ。 と、生まれて初めての思想にさらに頭痛を覚える。 エドは別段無言かつ無表情のままにロイの分の衣服まで直すと、「じゃ」と軽く手を上げた。 いつもと変わらなすぎる暇乞いにロイが呆気にとられていると、ドアから出る寸前に 「またよろしく」 と小悪魔は微笑ったもので。 そのままつやつやとした顔で出て行くのを見やって、ロイは。 その日幾度もついた溜息をもう一度、ひときわ深々とついていたのだった。 |