「お父さんのお話し」
ACT1「せんざい」
「そもそも洗剤とは泡立たない物なんだ」
父の話は突然始まる。
「では、何故泡立つのか。解るか葵?」
「・・・ふるふる」
多分父は自分の答えなど欲してはいないだろうが、一応礼儀として首を振る。
「洗剤が泡立つのはT泡が出ないと綺麗になった気がしないU人の為に泡立つんだ。泡立ちたくて泡立つわけじゃない。そもそも、この泡を出す薬品が自然を破壊している。その自分達の欲求を満たした洗剤を責めるなんて愚かだと思わないか?」
「・・・・・・」
良く解らなかったので返事はしなかった。
でも父は気にしてないらしい。
「洗剤に罪はないんだよ。解るか葵?」
「こくり」
要するに洗剤は無実らしい。
何かあったら弁護してあげようと思った。
ACT2「ロボとこせい」
「これはまさに戦場だね」
父の話は突然始まる。
テレビでは「高校生ロボット選手権」が行われていた。
(手作りロボットがスポーツなどで勝負する番組。主に教育テレビで行われる。今見ているのは、どれだけボールを自分の箱に入れられるかの競争)
「見ててごらん。予選とかだとバラエティにとんだロボットが沢山居たけど、もう今は似たタイプしか残ってないだろう?」
言われて見れば確かに大きさなどの差はあれど同じ形のロボットが多かった。
「戦いのある世界だとどうしても個性の強い物は消えていかざるを得ないんだよ。より生きやすく、より勝ちやすく、より統一性を持って・・・・。ま、そんな社会はおもしろくないけどな」
テレビでは最後の個性的なロボットが悲しくも敗退していた。
父はそれをちらっと見て、
「あのロボットはお前に少し似てるね。お前はお前のままでこの国で生きていくんだよ?負けずにね」
そう言って笑いながらどっかに行った。
テレビではもう同じ型のロボットしか残って居ない。
こうなると残るは運と操縦者の腕前だけで勝負が決まる。
つまらなくなってテレビを消した。
真っ暗なブラウン管を見ながら・・・・
ウチの部は皆個性が強いけどきっと勝ち残るだろう・・・と思った。
ACT3「にじゅうらせん」
「この国は真っ直ぐな道が少ないな」
父の話は突然始まる。
「大人は良いんだ曲がるから。でもな、子供には走る為の真っ直ぐな道が必要なんだ。解るか?葵」
「・・・・・・」
今日もグランドを沢山走ってきたがそれはどうなんだろうかと思った。
「グランド?それは駄目だ。回るだろう?ぐるぐるぐる・・・・ぐるぐる回るのは駄目だ。ほどけるからな。何がって?DNAだよ。見た事あるだろう?二重螺旋のアレ」
「こくり」
前に本で見たので頷いた。
しかしアレは走るとほどける物だったのか。
「ほどけるさ、巻いてる物はいつかはほどけるんだ。それで、ほどけて別の生き物になってしまう。だからね子供には真っ直ぐな道が必要なんだ。真っ直ぐ真っ直ぐどこまでも走っていかないと・・・いつか爆発するよ。最近若者の犯罪が増えているのもきっと真っ直ぐな道が減った所為だな」
父はうんうんと何か納得してどこかに行ってしまった。
その後ろ姿を見ながら、ほどけないで走るにはどうしようと明日の心配をした。
あと、もしほどけたら次は青い魚になるのが良いと思った。
ACT4「いきてるうちがはな」
「死んだらそれまでなんだ」
父の話は突然始まる。
「そして人は本当に簡単に死ぬんだ。どんな偉い人も救いようもない悪人も同じ様に死ぬんだ。解るか葵?」
「・・・こくり」
解ったので頷く。
見ようとしていたビデオは切った。
後で見よう。
「例えば」
父はそう言うと手で鉄砲の形を作った。
トン
人差し指がおでこに当たった。
「パンッ。・・・・・コレが本物の拳銃だったらお前はもうこの世には居ない。一瞬だよ、一瞬。一瞬でお前がこれまでしてきた練習も勉強も人間関係も何もかも終わってしまうんだ。鉛玉がお前の皮を破って骨を貫通して脳を突き抜けて、それでお前は終わり。司馬葵と言う人間は終わり、終了、打ち止め。悲しいね」
父は少し笑いながらそう言った。
「昔、お父さんの友達にベーコンエッグを作るのが上手な奴が居てね。彼はパセリと言う名の猫も飼ってたんだ」
「でもソイツは地雷を踏んで死んでしまった。お父さんの目の前で。死んじゃったからソイツがベーコンエッグが上手な事も猫を飼ってる事もお母さんが美人な事も車の運転がちょっと危うい事もお父さんからお金を借りてる事も全部無くなってしまったんだ。あんなに良い奴だったのに死んで全部終わったんだよ」
父はそれだけ言うとどっかに行ってしまったのでビデオの続きを見た。
見ながら思った。
その人は死んでしまったけど、
その人が
ベーコンエッグを作るのが上手いことも
パセリ猫を飼ってる事も
母親が美人な事も
車の運転が下手な事も
父から借金してる事も
父が覚えている限り終わりではないんじゃないかと、
そう思った。
もし自分が死んでも誰かが覚えてくれてる限り終わってないんじゃないかと、
そう思った。
明日覚えてたら父に言ってあげようと思った。
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