「お姉ちゃん」
「ホラ可愛いでしょう?貴方の弟よ」
母に渡されたソレを見て私は瞬時にこう言った。
・・・・うさぎ?
いくら5才とはいえ人間と兎を間違えたりはしない。
でも、そう思ってもしかたがないくらい弟は真っ白だった。
白い髪。
透き通った肌。
兎みたいな赤い目。
「チロシナーゼ活性陰性型」解りやすく言うと「アルビノ」。
生まれつきメラニン色素を持っていない子供。
それが私の弟。
小さくて弱くて、守ってあげないといけない私の弟。
・・・・・だったのよ。
「ただいまー」
家に帰ってくるとシーンとした擬音が迎えてくれた。
何?誰もいないの?
そう思いながら台所に行くと、机の上に母の躍ったような字でメモがあった。
Tおかえりなさ〜い。
今日は急にお父さんとディナーショーに行く事にしたから(§^。^§)
夕飯は各自でなんとかしてネ☆
帰るのは12時過ぎます・ 母より♪U
「・・・・・・・」
アイタタタ・・・・・
前から痛い夫婦だと思ってたけど、ここまでとは・・・・・
しかし鍵開いてたんだけど、誰も居ないのかしら。
不用心な家だよまったく。
ブチブチ思いながら冷蔵庫からジュース出してリビングに行ったら、居ましたよ家族が。
アルビノっ子の我弟、「葵」くんが。
司馬葵。これが弟の名前。女みたいな名前だけど良く似合ってると思う。
コタツに座って雑誌を読んでいた。
「ちょっと居たんなら返事くらいしなさいよね」
無反応。
また大音量で音楽を聞いているらしい。
コイツは(音楽を)掛けてなくてもヘッドホンをしてるから解りにくい。
ちょっとムカついたのでステレオからコードを引き抜いてやった。
T〜She's a killer Queen Gunpowder,
gelatine〜♪U
とたんに外に流れ出る音楽。
いつも思うがこの曲のココは「頑張れ田渕」に聞こえる。
コードを抜かれてやっと葵が私に気づいた。
「ただいま。メモ見た?」
「(こくり)」
しゃべらない弟はいつものごとく首を縦に動かす事で自分の感情を伝える。
ちなみに「しゃべれない」のではなく「しゃべらない」。
性格から考えるのに面倒くさいのだと思う。
まあ、こっちも長い事コレできてるので支障はない。
「夕飯どーしよっか?」
「(首を傾げる)」
その後、私の方を指さしたのでコレは「姉さんはどうしたい?」と言いたいのだと思う。
「作るのも面倒だし。外行こっか?」
「(こくこく)」
「そういえば後一人は?」
「(ふるふる)」
後一人とは私の双子の妹でコイツのもう一人の姉。
どうやらまだ帰ってないらしい。
「んじゃ、メールか何か入れといて。どうせ駅前で食べるんだし、駅で待ち合わせすればいいでしょ。着替えてくるからやっといてね」
「(こくこく)」
従順な弟はこんな時便利だ。
さて、服を着替えて降りてくると葵もコートを来て出る準備をしていた。
すでに体の1部となっているサングラスとウォークマンも装備している。
サングラスは葵にとって自分の目も同様。
元々メラニンの少ない目は紫外線に耐えられない。
「だからサングラスを外してはいけないよ」
小さい頃から嫌という程父母にこう言われてた葵は今でもきっちりサングラスをしている。
とはいえ、真夏の昼間でもない今の時期、さらに(少ないとはいえ)成長と共にメラニンが出てきた今の弟なら着けなくてもいいと思うのだが、まあ、習慣という物はそう簡単には変えられないんだろう。
ちなみにウォークマンはアイツの趣味で、中身は大抵「QUEEN」。
よく飽きないもんだと関心してしまう。
「あ、メール返事来た?」
聞くと自分の携帯を渡して来た。
【了解しました♪もう駅に着いてるのでまってま〜す(^o^)LOVE・AOI】
・・・・・妹も大分痛い奴だと思う。
というかブラコン?
家の戸締まりして、自転車で行くかどうか考えたが結局歩いて行く事にした。
駅まで私の足で15分。
弟の足だと10分弱。
・・・・ムカツク。
「遅ーい。もっと早く来てよー。ナンパ追い払うの大変だったんだよー」
駅前ではすっかり待ちくたびれた妹が待っていた。
はっきり言ってうるさい。
これが妹でなければ3回は殺してるわ。
葵はそしらぬ顔で音楽を聞いている。
「だいたいさー、お父さんもお母さんも朝何にも言ってなかったじゃない。なんで急にディーナーショーなのよー。もーマイペース過ぎーウチの両親」
そんなの私が知るか!
と、怒鳴りたかったがいいかげん駅前で目立つのもなんなので、葵の袖を引っ張ってアノ子を黙らせてくれるよう頼んだ。
「・・・・(つんつん)」
「アラ?なーにー?葵ちゃん」
「(ふるふる)」
「・・・・・うーん、そうね、たまには姉弟水入らずもいいかもねー」
「(こくこく)」
「えーそうかなー。葵ちゃんはそう言ってくれるから好きー」
どうやら機嫌が直ったみたいだ。
やっぱり不機嫌なこの子には葵が一番良く効く。
これが私だと終わらない口喧嘩に発展するからね。
ところで何か周りの目線が痛いんだけど。
この2人の会話か?
ウチだと普通の会話なんだけどね・・・・
とりあえず、これ以上目立つのも何なので、私は2人を駅下がりのファミレスに引っ張っていった。
ファミレスでは妹がまたマシンガンのようにしゃべりまくり、私は適当に相づちを打ち、葵はなかなか冷めないハンバーグを水に浸して食べて周りの客を引かせていた。
ちなみに会計は私が払った。こんな時、姉という立場は悲しい。(でも絶対親から取り返す)
そのまま帰るのも何だという事で、コンビニに寄って帰る事になった。
葵はさっさと雑誌コーナーに行き、妹はお菓子の新製品をチェックしに行ったので、私は飲み物コーナーに向かった。
ホットの缶コーヒーをカゴに入れて、そういえば猫缶が無かったと思って猫缶を見に行った。
しゃがんで物色していたら誰かの「危ない!」って緊迫した声がして、上を見たら猫缶が雨のように落ちて来た。
「キャァ!」
ちょっと冗談じゃないっての!
ちゃんとつんどけよアルバイト!
・・・・・・
・・・・・ん?
なんか全然痛くないんだけど?
目を開けたら後ろに葵が居て、全部の猫缶をキャッチしていた。
「・・・・流石はショート」
なんか間抜けな返答をしてしまった。
葵は何でもないみたいに猫缶を棚に戻すと雑誌をカゴに放り込んで、指さしてどっかに行ってしまった。
多分「買っておいて」という意味だろう。
派手な青髪の背が高い後ろ姿をなんとなく呆然と見送った。
なんか負けた気がした。
「どーしたのー?コレ買っといてネ」
次に妹がやってきてドサドサと大量の菓子と飲み物を突っ込んで来た。
私も気を取り直して猫缶を選んだ。
最後に葵が何かカゴに入れて来て、それでレジに向かった。
この会計も私が払った。(これも親から取り返す)
コンビニからの帰り道、私はコーヒーをチビチビやり、妹はビールを飲んでいた。(この子は顔に似合わずウワバミだ)
そして葵はこの寒いのにアイスを食べていた。
いくら冷たい物が好きだからといってコイツバカじゃねーのと思ってしまった。
(しかもカップだから冷たそうにしている)
でも物を食べている弟はハムスターみたいで可愛いと思う。
・・・・私もブラコンだろうか・・・
ちょっと頭痛がした。
「こうして3人で並ぶと昔みたいねー」
妹の呑気な声が夜道に響いた。
「ほらー昔はよくこうして葵ちゃん挟んで3人で帰ったじゃない」
すっごい昔の話しだけどね。
葵が幼稚園くらいで私達が小学校。
あの頃の葵は髪と目の色所為で友達が居なかったから、私達が遊んであげてたのよね。
可愛かったなー。
いっつも私達の後ついてきてて、本当ウサギさんみたいで。
それが小学校高学年になって、野球やり初めてから変わったのよね。
葵が野球に夢中になって、なんか友達も出来て、私達の後ついてこなくなって・・・
いつのまにやら身長も抜かされて・・・髪なんか派手な青に染めて・・・
本当、あの頃の可愛いウサギさんはどこに行ったのよ・・・・・・って、
・・・・やっぱり、私もブラコン?・・・・・
なんか恐い考えになってしまったので、振り払おうと頭をブンブン振ったら、バランスを崩した。
私は馬鹿かーーー!!!!!!
地面とキスするかと思ったのに、私の体は中空で止まっていた。
掴まれた大きな手。
のぞき込んでくるサングラス。
「(姉さん、大丈夫?)」
心配そうな顔。
畜生!大きくなりやがって、この野郎。
あーもー負けたわよ。
もう私が守ってあげてた小さいアンタは居ないのね。
ああ、神様何でコイツは弟なんですか。
つーか何で後半からこんなに成長してんですかコイツは。
下だった者に抜かされる悲しみなんてあんたには解らないんでしょうか。
もうお姉さんは卒業ってやつですか?
というか私が弟を卒業ですか?
はい、そうですか。
残念です。
私が葵の手を離しもせずに落ち込んでいたら、妹は何を勘違いしたのか自分もつなぐと駄々をこね始めた。
「あー、いいなーお姉ちゃん。葵ちゃーん。お姉ちゃんとも手ェつなごー」
言うが早いか手をつないでいる所は流石と言うか、何と言うか。
とたんに真っ赤になる葵。
「あー葵ちゃん、真っ赤・・・」
妹が全部言う前に葵は私達の手を離すと、それこそ脱兎の勢いで走り去った。
いや、葵。
走り去っても家は一緒よ?
「・・・・葵ちゃん。かーわいいー。。。」
負けじとダッシュで走って行く妹の後ろ姿を見送りながら私は聞いてみた。
神様、訂正。
留年した事にしてもう少しあの馬鹿弟を見守ってもいいですか?
姉と手をつないであんなに焦る馬鹿可愛い弟を愛してあげてもいいですか?
駄目だと言っても聞く気なんぞさらさらねーですが。
オッケーですか、神様?
「オッケーだよ」と聞こえた気がするのは電波かしら?
|