「桜の花の咲く頃」

 今年もまた桜が咲いた。

 「・・・では、館長これで報告を終わります」
 報告を終え、一礼して生徒が退室して行く。
 戸が静かに閉まり、我知らずため息が出た。

 「お前のしている事は不幸を量産しているな」

 部屋の隅からひどく呑気な声がした。
 声の主は見なくても解る、幼い頃から嫌という程聞いてきた声だ。
 「・・・私を責めているのか?弦麻」
 「・・・責める?誰が?俺が?真逆。おもしろい事言うなトーゴは」
 舌っ足らずな「冬吾」の呼び方も、からから笑う顔も、昔と全く変わらず非道く懐かしく感じた。
 「悪い。お前がそんな事を言う筈なかったな」
 今だに部屋の隅で笑って立っている親友を招き寄せてソファに座らせた。
 「そうそう、俺がお前を責める訳ないだろ。責めることなんて何も無いんだから。お前が正しいと思ってやってるんだ。俺が何言っても意味なんてないさ」
 そう言って机の上の角砂糖をボリボリ囓った。
 「弦麻。茶を運ばせるからそのまま囓るのは止めろ」
 「ん」
 囓っていた1個を咀嚼すると残りはきちんとシュガーポットに直した。
 弦麻はいつでも私の言うことは素直に聞く。
 いや、私だけというよりは、弦麻には他人の言葉を疑ったり裏を読んだりといった頭は無い。
 非道い言い方だが、本当にコイツは格闘以外は面白い程真っ白だ。
 「私だ。悪いが紅茶を二つ運んで来てくれ。・・・・ああ急な来客だ」
 生徒に茶の注文をして振り返ると弦麻が借りてきた猫みたいにきちんと座っていた。
 「どうした?」
 「トーゴ立派になったよな。校長先生みたいだな」
 「・・・・弦麻、校長先生って何だ・・」
 「ん?俺の中の偉い人イメージ。学校行ってないからどんなのかは知らんがな」
 にーっと笑う顔はあの不肖の弟子に良く似ていて何だか泣きたくなった。

 本当に
 本当に
 あの頃から時間が経っていて
 泣きたくなった

 「どうした、トーゴ。どっか痛いのか?疲れたか?何か悲しいことでもあったか?」
 (俺に出来る事あるか?)
 昔と同じように心配する親友の言えない言葉も正確に理解して、なるべくあの頃と同じ様な笑顔を浮かべた。
 「・・・何でもないさ」
 (ただ懐かしかっただけだ)

 
 ・・・・コンコン

 控えめに戸がノックされる。
 お茶が来たらしい。

 
 「館長。お茶をお持ちしました」
 「ああ」
 入って来たのは壬生だった。

 
 T不幸を量産U

 先程の弦麻の言葉を思い出す。
 多分そうなのだろう、私は不幸な人間を作っているだけなんだろう。
 自分の自己満足の為に・・・・・。
 「・・・あの館長」
 「ああ、すまない。そこに置いてくれ」
 「はい」
 私の前に紅茶のカップが置かれる。
 「・・・館長もう一つは?」
 壬生が困ったようにコチラを見る。
 その顔に思わず苦笑した。
 「私の前に置いてくれれば良い。後、今日はもう帰りなさい」
 「はい」
 一礼して壬生は出て行った。

 「今のが息子の恋人かー、何というか、かんというか・・・・・・」
 紅茶に砂糖を次々と放り込みながら弦麻が楽しそうに喋る。
 「俺は頭がアレだから上手に言えないけどな・・・・息子があの子と居るのは・・・」
 ジャリジャリ・・ザリザリ・・・胸の悪くなりそうな音を立てて紅茶が回る。
 「俺とお前が一緒に居たみたいに・・・きっと良い事だな・・・うん」
 ズルズル・・・ゾゾゾゾゾ・・・・だから何で紅茶がそんな音を立てるんだ。
 あと、
 「弦麻。思い切り照れるなら言うな」
 「へへへ・・・もしくはハカイダーとキカイダーな関係と言うか・・」
 「・・・・お前のそんな所は嫌いじゃないが余所では言うなよ」
 「ははははは、善処する」

 そこから何を話したのかは覚えていない。
 ただ二人共昔みたいに大声で笑い転げていた。



 そろそろ灯りが欲しいなと思う頃。
 弦麻が思い出したように呟いた。
 「・・・ああ、もう帰らないと」
 そうかもう帰るのか・・・。
 「待ち合わせは真神にしたんだ。別にどこでも良かったんだけどさ、まー向こうさんの都合もあるだろうし。加代もアッコの方が解りやすいと思ってな・・・」
 子供が下手な言い訳をするようにボソボソと言葉を続ける。
 そして、軽く反動をつけてソファから立ち上がった。
 「・・・・・へへ」
 そんな小さい子みたいな顔をされると私も困る。
 「えーっと何だ・・・うん。悲しそうな顔すんな、な、トーゴ」
 「お前もな、弦麻」
 私は握手のつもりで手を出したが、弦麻はその手を無視して抱きついてきた。

 
 私は変わった。
 コイツは変わらなかった。
 それがひどく嬉しかった。

 どうやら来た時のように窓から出て行く弦麻を見送るついでにどうでもいい事を聞いてみた。
 「弦麻、お前死んだ筈だよな?」
 思った通り爆笑された。
 「あーははははははは、トーゴ聞くの遅すぎ。普通最初に聞くだろ?」
 そのまま質問には答えずに笑いながら消えた。
 本当にどうでもいい質問をしたものだと思った。


 それから手つかずの紅茶カップと、まったく減ってない砂糖壺を片づけて帰宅した。
 帰り道は桜が満開だった。
 18年前に死んだ親友を思い出した。
 そして今頃は一緒に居るだろう、自分の弟子と親友の息子を思った。



 また今年も桜が咲いた、ただそれだけの日だった。




 
 



弦麻と鳴滝は良い親友同士だったと信じて疑わない
ナルは「弦麻」と呼ぶけど、弦麻は子供の頃のまま「トーゴ」と言う
コレ書いたのだいぶ昔です。結構気に入ってたのに書かずに放置
久かたぶりに出てきたので書きました
親世代はなんでか急に書きたくなる不思議なキャラ達
これの別バージョンに「加代・京士浪・鉄洲」編もあったんだけどそっちはお蔵入り。最後まで書けませんでした
なんで弦麻が復活してるのかは謎。多分龍脈の関係
そして弦麻は甘党。そのうちに糖が出てそう
私の誕生日なんで自己満足SS


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