「最終ランナー」
【落下】
落ちた。
満月時に狼男が何て醜態だと思ったが、思った時すでに遅く落ちていた。
いや、なぜ、家の近所のアスファルトの上から落ちているんだ?
そもそもの始まりは満月だ。
今夜は良い月だったのでそぞろ歩きと洒落こんで部屋を出た。
案の定、しばらく歩くと目の前に俺と同じようにフラフラ歩く緋勇が居た。
声を掛けてやろうかと、その背を追いかけた時。
落ちた。
何かを踏み外した感触は無かった。
と言うか、くどいようだが、普通の道路だ。
いきなり穴でも開いてない限り落ちる事は無い。
それが、落ちた。
幻覚かと思ったがそうではないらしい。
(この落下のGと下から当たる風は本物だ)
とにかく、俺は落ちている。
おそらく原因は緋勇だろう。
(・・・・罠にはめられたか?)
否。
あの時の緋勇は気付いて無かった。
ならば、
(俺が勝手に引きずられたか・・・)
満月の時は本当に仕方が無い。
とりあえず、落ちるにまかせて風に煽られながら一服した。
(この高度なら受け身をとった所で潰れたトマトだ)
どうにでもなれ、と目をつむった。
【底、ではなく中心】
『貴方はまだですよ』
学校の呼び出しアナウンスのような声が頭に響いた。
気が付いたら大の字に寝ていた。
手足は動く。
潰れてはないらしい。
『貴方達はまだですよ』
声がもう一度響いた。
それで完全に目が覚めた。
「・・・・どこだ此処は」
そこは、とにかくだだっ広い場所だった。
俺以外に人影は無く、代わりに見えたのは「柱」。
淡く光る丸太のような柱が無数に見えた。
「何だこれは」
手近な一本に触ろうとした時、元凶が声をかけた。
「先生。それにさわるのはマナー違反ですよ」
「・・・・緋勇」
振り返ると、珍しく困った顔をした緋勇が立っていた。
例によってパジャマ姿だ。
ただ、手には分厚い帳面を持っていた。
「・・・・・何で先生が来てるかなー」
「知らん。お前に引きずられたんだろう」
緋勇が明らかに「なんだかなー」という顔をしたので、やはり罠ではなかったようだ。
落ち着いた所で、一服しようとして先程の煙草がまだ口に挟まってるのに気付いた。
(そんなに距離は落ちてなかったのか・・?)
「いいえ、結構な距離は落ちてます」
人の心を読んだのか緋勇が答えた。
「タバコはまー、ここの良心からのプレゼントみたいな物です」
「わからん」
わからんが、煙草が吸えればどうでもいい。
「では、先生お出口までお送りしますよ」
さっさと行こうとする緋勇の頭をガシっと掴む。
「緋勇。此処はどこだ?」
「センセイ。オ出口ハ アチラデス」
「此処は、ど・こ・だ?」
「言ッテル意味ガ ワカリマセン」
強情な奴め。
「緋勇」
「ワタクシ 日本語 全然ワカリマセン」
「近所の銭湯が新しくなった」
「??」
「一緒に行くか?」
「!!!!!!ギルガメーーーッシュ!!」
意味不明な言葉を吐いて倒れた。
「先生。何たるリーサルウェポンを出してこられるか。とんだ心のビックブリッジですよ!」
「裸!久々の先生の裸!見たのなんて何年ぶりでしょう。先生はもう少しご自分の裸を重要視するべきです!鏡の前で全身見てみろ」
「・・・・落ち着け。と言うかもう死ね」
「非道い!あーしかし、先生視姦券と引き替えかー悩むなー」
「緋勇。もう一度その単語を口にしたら歯を砕くぞ」
「はい。もう言いません」
「で、結局此処はどこなんだ」
「簡単に言いますと。『最終走者をお出迎えする場所』です」
「・・・・は?」
「要するにマラソンのゴール地点なんですよ」
「・・・・わからん」
「わかりませんよね」
言っている言葉はわかるが、意味がわからん。
「もう少ししたら、ゴールする子がいますから一緒にお出迎えしましょうや」
「出迎える?」
「ランナーをです」
「??」
理解出来ない俺を無視して、緋勇は手に持った帳面をパラパラとめくっている。
そこには細かい数字がビッシリと、黒く墨を塗ったように広がっていた。
「前の担当者が間違えてて、昨日は直すのに徹夜っすよ」
「そうか」
「アイツの書く字は7と1が似てんす」
「そうか」
「とりあえず、直ったから。やっと起動できますよ」
そう言って緋勇が帳面を軽く撫でると、一面が黒に染まった。
(いや、染まったんじゃない)
数字が増減を始めたのだ。目にも止まらぬ速度で。
「緋勇・・・何だそれは」
「此処の場所は裸と交換。次は何と交換します?」
「・・・・・・」
意地悪く笑う緋勇の手の中で沢山の数字が回っている。
やがて一行。
髪の毛程の幅の一行がみるみる短くなっていった。
(減っている)
のだとわかった。
「緋勇」
「この子がもうすぐやってきますよ」
その言葉と同時に数字が0になった。
0になった途端その行は消えた。
「先生。上」
「上?」
見上げると、遙か高みから一本の柱が下りてきている。
「あれか?」
「あれです」
ゆっくりと下りてくるそれを見てると、横からパチパチと乾いた音がした。
緋勇が手を叩いているのだ。
「ほら、先生も拍手。拍手」
「何でだ」
「マラソンでも最後のランナーは拍手で迎えるでしょう。ゆえに」
「緋勇」
「はいな」
「此処は・・・・『種の最終ランナー』を迎える場所か?」
「流石は先生、正解です。ここは進化と言う名のマラソンの最終ランナーを迎えるゴールテープです」
「ゆえに拍手か」
「ゆえに拍手っす」
パチパチパチパチ
「いつも、お前が迎えてやるのか?」
「僕以外にも何柱か居りますがね。と言うか僕も本来は迎えられる立場なんですよ。ラスト黄龍ですから。でも、まだ生きてるから・・・ボランティア?」
「ああ」
ゆっくりと柱が地面に下りてきて。止まった。
柱からは一匹の甲虫が出てきて軽く周りを飛ぶと、また中へと帰っていった。
彼(彼女かもしれんが)が最終走者だったんだろう。
『お帰りなさい』
最初に聞いた声がした。
『お疲れ様』
『おめでとう』
そして、雨が降る音のような大勢の拍手。
最後まで走り抜いた貴方へおめでとう
【底から上へ】
「それでは、先生。お出口までご案内します」
「ああ」
緋勇の後をついて柱の間を歩く。
時々、柱からどこかで見たような鳥や獣が顔を出した。
もう上には居ない種達だ。
「俺もいつかは此処に来るのか」
「先生ですか。先生の種族は・・・・」
緋勇が帳面をめくって笑う。
「まだまだですよ」
「いつか先生の種の最終ランナーがやって来たら僕が両手を広げてお迎えしてあげますよ」
笑う緋勇と並んで、もう居ない者達の間をぬって上に向かう。
「絶滅とか言うと聞こえが悪いんですが。走りきったんだと思うと、わりとめでたくないですか?」
「この柱は一等賞の旗か?」
「一等は居ないんですけどねー。ちなみにベッタは僕です」
「そうか」
「そうです」
「いつか」
「はい?」
「いつか、お前が此処に来た時」
「はい」
「覚えていたら柱の中からお前を出迎えてやる」
「くっくっく。それはどうも」
「覚えていたらな」
「はい」
教師として、走りきった生徒に旗を渡してやろう。
最終ランナーにおしみない拍手と愛情を
龍麻が持っているのは「神さまの出納帳」
地球上すべての生き物の在庫帳です(神、妖怪、その他含む)
基本的に神さまは、地球の総務部みたいなものなので、やってる作業はたいてい地味です
ゆえに、龍麻は「神の力を手に入れてこの世を支配する」的な事を言ってる柳生を心の底から馬鹿にしてます
「替わってやろうか?」とか思ってます
この後は二人で銭湯に行ったかどうかは、皆様のご想像にお任せします
ちなみに「オーデュボンの祈り」を読んだくらいから考え始めた話です
絶滅とか聞くと悲しくなるので、せめて最後にこんな事くらいあってもいいと思ってます