「飼い犬が手を飼むので3」


 
 美しい月に誘われてフラフラとアパートを出た。
 こんな晩はあちらに行けるチャンスだ。
 俺はわざと影の多い道を選んで歩を進めた。
 少し歩くと影が粘着質をおびてきた。
 空の月がさっきより大きく見える。
 (空からこぼれ落ちそうだな)
 俺は嬉しくなってさらに歩を進める。
 目ざわりな住宅街が姿を消し、だだっ広い空間へと変える。
 側を歩いていた猫がいつのまにか2本足で歩いている。
 装うのをやめた女の頭に角が生える。
 
 夜の住人達の世界だ。

 「イイ月ダネ」
 「ウン、イイ月ダネ」
 「コンナ晩カ彼ガ来ルヨ」
 「来ルカナ?」
 「来ルサ。見テゴランヨ、アノ月ヲ。マルデ極上ノカステラミタイナ色ジャナイカ」
 「カステラハ彼ノ大好物ダカラ、キット来ルネ」
 「キット来ルサ」

 2匹の文鳥のお喋りを聞きながら空を見上げるとカステラのように黄金色の月が輝やいている。
 (確かに美味しそうな月だ・・・少し腹が減ったな)
 俺はお喋りな文鳥達の側から離れて食い物を探す事にした。
 

 屋台の出ている場所へと来た。
 得体のしれない肉にかぶりつく者。甘美な赤い液体を飲む者。
 砂糖づけのお菓子を買ってもらってはしゃぐ子供。
 そんな物を見ながらブラブラとうろつく。
 
 「そこの狼さん。カステラはいかが?今夜の月と同じ味のカステラだよ」
 狐のような女が声を掛けてきた。店には細長い銀色の箱が並んでいる。
 「カステラか」
 さっきの文鳥の話を思い出す。
 「1つもらおうか」
 「はい、毎度おおきに」

 まだ、温かいカステラの箱を持って。食べる場所を探す。
 ん?
 今、目の端に写ったのは・・・
 振り返ると、思った通りの人物がウロウロしている。
 いつもと違うのは全身が黄金色に光っている所だ。
 (また、アイツは黄龍化しているのか)
 「おい、緋勇」
 声を掛けてやるとこっちにやって来た。よく見ればパジャマだ。
 「先生、こんばんはでいす。散歩ですか?」
 「お前こそこんな所で何してるんだ?」
 本当にどこにでも居る奴だな。
 「僕は犬の散歩途中なんですけど、かんじんのトルーマンが居無くなってしまって・・先生知りませんか?」
 「知らん」
 そもそも、何で犬の散歩でこんな所に来れるんだ。
 「ここにはトルーマンに連れて来てもらったんです。でも、そのトルーマンがどっか行ってもて。ハァー、こんな晩にコレを外すと大変なのに・・・」
 「コレ?」
 「コレ」
 手の持った紐を目の高さにまで上げる。
 (確かコレはあの犬がいつも首にまいているやつだ・・)
 「―で、コレが外れるとどうなるんだ?」
 「・・・・・・・」
 「?どうした・・・?」
 緋勇が上を見て固まっている。
 (何だ?)
 顔を上げると・・・
 「なっ!」
 そこには空を覆う程の大きさの生物が居た。しかも・・・
 「緋勇。あれはあの犬か?」
 「そーでいす。あ〜らら、あんなに大きくなって。先生はよ止めんと月を食べちゃいますよ」
 「月を?」
 「はい、月と太陽はトルーマンの好物なんです」
 文鳥の話してたのはアイツの事か・・・
 「先生、トルーマンの気をそらして下さい。その間になんとかしますから」
 気をそらせといってもな・・・
 その時右手に持っている物を思い出した。
 T今夜の月と同じ味ですよ・・・U
 「緋勇、後で買って返せよ」
 「了解。それでは・・・せーの!」
 俺は箱を思い切り犬めがけてなげつけた。

 「一応は上手くいったな」
 犬は首に紐を付けて大人しくしている。
 片わらには囓られてボロボロになったカステラが落ちている。
 (あの女の言った事はウソじゃなかったな)
 「先生ありがとうございました。おかげで月も無事です。それにトルーマンも落ちついたみたいだし、良かった良かった」
 犬は余程バツが悪いのか後ろを向いたままだ。
 (クッ・・・不覚)
 今回は俺の勝だな。

 「緋勇、ちゃんとカステラは買って返せよ」
 「わかってますって。・・・出店どこでしたっけ?」
 出店を探して緋勇とホトホト歩く。犬は俺達の少し後をついて来ている。
 「ところで、緋勇コイツの正体は・・・」
 月と太陽が好物の犬の化物といえば・・・
 「あっ、先生カステラの出店見つかりましたよ」
 そのまま、緋勇が走って行ってしまったのでこの話はここで終ってしまった。

 「カステラーっと。あー自分の分も買おーっと。トルーマンも1個いるだろ?」
 「クゥゥゥゥン」
 首を左右に振る。
 「いらんの?1個でたりたか?ほいじゃ2個下さい」
 さっさとカステラを買って戻って来る。
 「先生、カステラです。って、もう夜明けですか?」
 見れば周りの景色が除々に戻り始めている。
 緋勇の髪もいつもの黒髪に戻っていた。
 「ハァー、夜って短いなー」
 「また、すぐ来るだろう」
 「そーですね、そいでは今日もまた学校で」
 そう言ってカステラ片手に走って行った。
 (さて、俺も帰るか)

 昼休み俺はラジオ片手に緋勇が来るのを待った。
 ダダダダダダダダダ
 バンッ
 「・・先生、ラジオ聞きました?」
 「それより生物室のドアは静かに開けろ」
 ラジオからアナウンサーの声がする。
 T・・・天文学所の話では、こんなケースは大変まれであり他に例を見ない・・U
 俺はラジオのボリュームを下げた。
 今朝からラジオもテレビもこの話題で持ちきりだ。
 『今朝から急にシリウスが消えた』
 もちろんシリウスは消えたんじゃない。
 食われたんだ。
 「カステラ1個で満足する筈ですね」
 緋勇が椅子に腰かけてボソッと呟く。
 あの時気づいてればな。
 ラジオからはまだシリウス消滅の仮説が流れている。
 「先生、シリウスの場所教えてあげたらどうですか?ノーベル賞ものですよ」
 「誰が信じるんだ。誰が」
 シリウスが犬の腹の中に有るなんて話を。
 「どーします?」
 「どうしようもないだろう」
 消化されないのを祈るだけだ。

 


 ちょっと実験作品。どーでしょうか?

 相方には「コレ魔人?」と言われてしまったのですが・・・

 トルーマンの正体はラグナロクに月と太陽を食べてしまう妖獣です。

 父はロキ。首の紐はティールにつけられた魔法の紐(グレイプニル)。

 って事は犬じゃなくて狼じゃんかと今気づきました・・・まーいいか

 しかし、なんで犬神を嫌うかは謎ですね・・・日本狼VS北欧狼

 壁紙はお気に入りの物です。キレーだな・・・・(壁紙がね)

 

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