「いぬせんせとぼく1」

 なんの因果か愛した女の子供を育てる事になった。
 しかも、他の男との間の子だ。
 はあ、なんて事だ・・・・

 「せんせーあさー」
 おきておきてと龍麻が布団に入ってくる。
 「んん・・ああ今日から幼稚園か・・」
 「そー、よーちえん。ゴハンつくったからたべよー」
 預かって数日たつがほとんど毎日朝飯はコイツが作っている。
 更に言うと夕飯も、その買い物もコイツだ。
 その上、掃除に洗濯、裁縫にアイロンかけまでする。
 普通4歳児はここまでするのか?
 「おい、龍麻。お前のお母さんは普段何をしてるんだ?」
 「んー?おかさんはおカオキレイにしてる」
 なるほどな・・・
 「ごはん!」
 「わかったわかった」
 布団から出ると目の前のちゃぶ台には朝飯の用意がしてある。
 ゴハン、みそ汁、玉子焼き、ししゃも、漬け物、
 台の横の包みは弁当だろう。本当に手の掛からない子だ。
 「弁当を作ったのか?」
 「おしらせにかいてあったから。あと、ぞーきんとうわばき」
 「よく読めたな」
 「おおやさんによんでもらった。そしたらエライねって」
 ・・・・別にいいがな・・・
 「どした?せんせ、みそしるカライ?」
 「いや」

 「それじゃあ、俺は先に行くが、場所は解っているのか?」
 「だいじょぶ、きのーしたしらべしたから」
 皿を洗いながら答える。昨日珍しく遅くまで遊んでると思ったらそんな事をしてたのか。
 「じゃあ、行ってくる」
 「いってらっさい」

 ハア・・・
 「アラ、犬神先生元気がないんですね。預かったお子さんてそんなに手がかかりますの?」
 「・・・・逆だ・・」
 あの手の掛からなさはなんなんだ。
 トルルルルルルル
 「アラ、電話ですね・・・はい、もしもしこちらは真神学園・・」
 手の掛からない事を悩むのは贅沢か?
 しかし・・・・
 「犬神先生、幼稚園からお電話です」
 なんだ?

 「すみません私がちょっと目を離したスキに・・・」
 俺の目に前であきらかに新任とわかる保母がおろおろしている。
 「朝のお遊ぎまでは確かに教室に居たんです。それが、お昼になって・・」
 とにかく居なくなったのは確からしい。
 「お父さんに御迷惑を掛けるのはどうかと思ったんですけど・・その・・」
 「いえ、こちらこそ御迷惑を・・」
 結局自分一人でどうにもできなくて泣きついてきたわけか。
 「それじゃあ、お父さんはそちらを探していただけますか?私はこっちを探してみます」
 「ああ・・はい」
 しかし、お父さんというのは馴染まないな。

 俺は保母と別れてから自分の嗅覚を開放した。
 満月に近い今日なら、どんな所に居てもアイツの匂いを嗅ぎとる自信があった。
 ・・・・・
 ・・・居た

 しかし・・・
 「何て所に居るんだお前は」
 「あ?せんせ、がっこは?」
 のほほんと弁当を食っている龍麻は風呂屋の煙突の上に居た。
 「お前こそ幼稚園はどうした」
 「だって、つまらんもんあそこ。せんせピアノへたやし。ユータはぼくのコトすてごゆうし」
 捨て子・・ヒドイ言い方だ。
 「で、そのユウタはどうした?」
 「ツミキでなぐってすなばにうめた。そしたらせんせにおこられた。あっこ、あんますきくない」
 殴るまでは許すがな・・・
 「んー?いぬせんせもおこってる?」
 「・・・・いや」
 「ウソつくとゴッサムシティにつれてかれるて、おとさんいってた」
 ・・・それ自体ウソだろう
 「いいから来い降りるぞ」
 手を出すが龍麻は動かない。
 「・・・・」
 「?どうした?」
 「もー、ぼくいらん?」
 前髪の所為で表情はよくわからないが泣きそうなのは声の感じで解った。
 「・・・どうしてそう思うんだ?」
 「おかさんがオトコはてのかかるこはキライやゆーてた」
 なるほど、それであんなにがんばっていたのか。
 いきなり両親が中国に行って、しかも知らない男と暮せといわれてコイツもどうしたらいいか解らなかったんだな。
 「龍麻、こっちに来い」
 今度は素直にやって来た。
 「子供があんまりたくさん考えるな」
 しゅんとした龍麻をしっかり抱いてやる。
 「望んでお前を引きとった訳じゃないが。手が掛かるからといって捨てる気はないぞ」
 それに狼は群をつくる動物だしな。
 「・・・・でも、ぼくけっこうてのかかるコやで」
 「上等だ」
 そう言ってやるとやっと龍麻が笑った。
 「・・・ついでに、いぬせんせ」
 「ん?なんだ?」
 「した、パトカがいっぱい」
 しまった、誰かが通報したな。
 「どする?いぬせんせ?」
 どうするもこうするも降りないと駄目だろう。
 「ほら?てぇかかるコやろ?」
 龍麻がにこにこ笑っていた。

  

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