「犬神先生と僕6」

 トルゥゥゥゥゥゥ・・・
 朝、職員室の机で一服していた俺の前の電話が鳴った。
 周りを見回すが生憎と俺一人だ。
 しかたがない。
 「もしもし、真神学園職員室ですが・・」
 Tあっ、犬神先生。緋勇龍麻ですU
 嫌になる程というか嫌になっている人物の声が受話機から聞こえる。
 「お前何をしているんだ。もう授業が始まるぞ」
 壁の時計を見ると8時45分を指そうとしていた。
 Tそれが、今日はちょっと行けないのでマリア先生にそう伝えて下さいU
 「・・・何かあったのか?」
 こいつの周りは事件だらけだからな・・・
 Tんーそういうのじゃ無いんです・・・いや?あるのかな?まーいいや、先生とにかく今日は休みますので適当に病名つけといて下さい。じゃあUプツッ
 適当に名前を付けて下さいだと?
 まったく何を考えているんだコイツは。
 「ウフフ、どうしたんですか?犬神先生?」
 HRを終えたマリアが帰ってきた。
 「緋勇が休みの電話を入れてきました」
 「アラ、また事件かしら」
 「イヤ・・」
 そういった感じではなかった。
 しかし単なるサボリという感じでもなかった。
 「とにかく病名は何でもいいそうだ」
 「それなら、狂犬病にでもしときましょうか?フフフ」
 「・・・・・・」

 放課後、俺は緋勇のマンションに向かった。
 朝の電話が気にならなかったというとウソになるが、心配だから来たのかというとそういう訳ではない。
 アレは心配するような奴じゃない。
 などとつらつら考えていると緋勇のマンションの前に来た。
 ・・・相変わらずデカイマンションだ
 このマンションの一室に俺の部屋はいくつ入るだろう・・・
 「あり?先生じゃないですか」
 馬鹿な考えにドップリ浸かっていた俺の後ろから緋勇の声がした。
 振り向いた俺の目に飛び込んで来たのは・・・
 「緋勇その紙袋は何だ?」
 両手にさげたデカイ紙袋。
 「・・ヒマだったんでゲーム屋とバーゲンと古本屋と図書館に行ってました」
 「・・・お前学校休んで何をしているんだ」
 殴ってやろうかと思い顔を見るともうひとつ目に飛び込んで来た。
 「・・サングラスも買ったのか?」
 「いえ、コレは元々僕のんです」
 「似合わないな・・」
 「そう思います・・」
 ペテン師に見える。
 「まーコレの件も含めてとりあえず部屋へドーゾ」
 紙袋の件かメガネの件か・・
 
 8Fまで連れていかれる。4LDKと言っていたがほとんどワンフロアだ。
 「先生どーぞ」
 「・・・・・・・」
 こいつのロッカーから想像はついていたが・・・
 「緋勇、お前もう少し物を捨てろ」
 床が見えないだろうが。
 「もったいないオバケが出るからイヤです」
 そう言いながら買ってきた物をそこらに積み上げる。
 だから散らかるんだ。
 「―で、今日はどうして休んだんだ?」
 とりあえずオモチャやら本やらをどかして座る場所を作る。
 「先生、コーヒーですか?紅茶ですか?日本茶とかお酒も有りますけど?」
 人の話を聞け。
 「先生、勝手に紅茶にしました。好きですか?アッサム」
 目の前にマイセンのカップが置かれる。それはいいのだが・・・
 「なんで砂糖が袋のままなんだ?」
 その横にはグラニュー糖の大袋がズガンと置いてある。
 御丁寧に口は輪ゴムで縛ってある。
 「シュガーポットが埋没しまして」
 「掃除をしろ」
 袋の口を開けてスプーンをつっこむ。
 「してくれる奴はいるんですけどね・・」
 また口を輪ゴムで縛ってそこら辺に置く。
 この袋が行方不明になる日も近いな・・
 しばらく黙って茶をすする。
 「そういえば何でサングラスを外さないんだ?」
 部屋に入ってからも緋勇はずっとサングラスを掛けたままだ。
 特別気に入っているようにも見えないが。
 「そう!それなんですよ先生。まあ、見て下さい」
 そう言ってメガネを外した下には・・・
 「お前、何だその目は」
 そこに現れたのはいつもの黒い目ではなく黄金に輝く目だった。
 急にメガネを外した所為か丸い瞳孔が光を感じてキュッと絞む。
 爬虫類の目だ。
 「ホラ、これじゃあ、行けないでしょう?」
 部屋の中だと明るすぎるのか瞳は1本の線のようになっている。
 「確かにな」
 いくら変った奴でもその目は目立ちすぎる。
 「朝起きて鏡見たらこんなになってて、しょうがないから休みの電話入れて、部屋ひっかきまわしてサングラス探して、で昼までかかってやっと見つけて、一応メガネがあればバレないしでも学校には行けないし」
 「で、遊びにに行っていたのか」
 「ピンポン♪やっぱ平日はすいてますねー♪」
 そうじゃなくてな・・・
 「お前、そんなになって何も思わないのか?」
 「何って?あーカラーコンタクトで隠せるかなーとかですか?でも瞳孔縦に長いしどうですかね?」
 「・・・違う」
 「このままだと学校に行けないから出席日数がヤバイとか・・」
 「それも違う」
 普通はもっと違う事に悩むだろう。醍醐を見習え。
 「でも、悩ん・・」
 「悩んでどうなる事でもないからだろう?それでも少しは悩め」
 お前は楽観的すぎるぞ。
 「一応は悩みますよ?鱗が生えたら何で体洗おうかとか、角が生えたら頭洗いにくいだろうなとか・・・・って先生、何コケてんですか?」
 「・・・・・」
 疲れる・・・
 「えーっと・・あと悩みは・・」
 「もういい!」
 「あーもうちっと待って下さい。真面目な悩みを探しますから」
 探さないと出ないのか?
 うーんうーんと悩む緋勇。
 お前何について悩んでいるんだ?
 「緋勇、わかった。わかったから悩むな」
 何で俺がコイツを悩まさないといけないんだ。
 とりあえず頭を撫でてやる。
 もう、コイツはコレでいいのかもしれないな。
 「あー疲れた・・一生分くらい悩みを探しましたよ」
 結局悩みは出なかったか・・
 「あっ先生。今夜は泊って行って下さい」
 ちょっと待て。
 「今めっさ悩んでたら出てきたんです。パジャマは義父のんが有りますし、いいですよね?それとも、こんなになって不安な僕をほって帰るんですか?」
 どこが不安なんだ!どこが!
 俺は腰にしがみついてくる緋勇を剥そうとしたが、流石は黄龍、まったく動かない。
 「泊って行ってくれないと・・・杏子に有る事無い事言いふらしますよ・・」
 こんのオンブオバケめ!
 「わかった、わかったから離せ!」
 「やったー先生のお泊りだー♪先生、客用布団とトルーマン用の犬用ベットどっちにします?」
 藪蛇だ、藪蛇・・・

 「う〜ん、暗闇で光る目っていいな〜♪」
 「それは良かったな」
 真っ暗な部屋で緋勇と俺の目がピカピカ光っている。
 とりあえず寝るまでの時間2人して酒を飲んでいる訳だが。
 「緋勇」
 「はいな」
 隣りでウオッカをラッパ飲みしている緋勇に声を掛ける。
 「本当に悩みは無いんだな」
 「・・ありますよ?龍になったらこの部屋に入らないでしょ?」
 「あーでもそしたら旧校舎にでも住めばいいか」
 「先生、会いに来て下さいね?」
 「もーいいさっさと寝ろ」
 緋勇の顔を掴むとベットに押しつけた。
 「あっ先生、最後にもひとつ」
 指の隙間から金目が覗く。
 「なんだ?」
 「今日はわざわざ来てくれてありがとうございます♪」
 にこっと笑われた。
 「でわ、おやすみなさい」
 「・・・・」
 素直なコイツは不気味だ・・・

 ・・・少しは不安だったという訳か・・・
 しかしノンキな顔をして寝むっている緋勇を眺めつつ俺も寝むりについた。

 翌日には両目とも戻っていたが緋勇は残念そうにしていた。
 
 
 
 
 
 



 
 犬僕5とは続いてません。
 あれよりは前の頃の話です。
 掃除をしてくれている某アサシンは実家に帰っているといる事で(笑)
 しかし、半黄龍化してんだからビビレよ、龍麻・・・・・
 

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