「犬神先生と僕」

 宿直は好きだ。昼間のうるさいガキ共も帰りシンと静まった校舎が心地良い。
 そのうえ今日は満月、最高の気分だ。
 「もう9時か」
 見回りの時間だ。面倒だがしかたない。俺は懐中電灯を持って宿直室を出た。
 本当はこんな物いらないのだが、人間としてのクセのようなものだ。

 コツコツ・・・
 昼間と違い静かなローカに靴の音が響く。
 「ん・・・・」
 かすかに血の匂いがする。さらにそれに交ってよく知った匂い。
 俺は懐中電灯のスイッチを入れた。ローカにポッカリと光の円ができる。
 その光の円を動かすと、思った通りの人物が倒れていた。
 緋勇龍麻。
 いろいろとややこしい人間だ。本当にいろいろとな・・・
 「緋勇、こんなとこで何してる?」
 声を掛けるが反応が無い。近づいて顔を覗きこむ。
 「おい、大丈夫か?」
 「・・・大丈夫に・・見えます・・?」
 どうやら、命に別状は無いらしい。
 「僕のロッカーに麝香丸があるんでお願いします」
 麝香丸・・毒か。
 また、旧校舎に潜っていたのか、しょうのない奴だ。
 見捨てるわけにもいかんので教室の鍵を開けて緋勇のロッカーを探す。
 ・・・・あった。
 ・・・・・・・・一目見て締めようかと思った。
 「なんだ、このロッカーは・・・・」
 腐海・・・そんな言葉が頭に浮かんだ。これに比べれば俺の机など樹海程度だ。
 それでも、なんとか麝香丸を見つけて緋勇に手渡す。
 「どこのどなたか知りませんが、ありがとうごさいます〜」
 「バカな事を言ってないでさっさと飲め」
 しょうがないといった顔で、おとなしく麝香丸を飲みはじめる。
 よく水無しで飲めるもんだと思うが慣れているのだろう。
 「緋勇龍麻、元気復活〜♪あっ犬神先生、こんばんわ♪さようなら♪」
 さっさと帰えろうとする緋勇の襟を掴む。
 「旧校舎には入るなと言っただろう」
 「えっ?何の事です?」
 ひょうひょうとシラを切る。
 「じゃあ、何で毒に犯されていたんだ」
 「セアカゴケグモに噛まれたんです。先生も気をつけて下さい。でわ♪」
 ・・・・よりにもよって何てウソを付くんだこいつは・・・
 ・・・・天才と馬鹿は紙一重と言うが・・・・
 またも帰ろうとする緋勇の襟を掴む。
 「先生、何か失礼な事を考えてませんか?」
 「いや、別に。とにかく旧校舎には入るな。わかったか?」
 「はい♪先生【愛】」
 ・・・・わかってないな。
 「じゃあ、さっさと帰れ」
 襟を放してやる。しかし、緋勇は帰ろうとしない。
 「帰らないのか?」
 にっこりと頬笑まれた。嫌な予感がする。
 「それでは行きましょうか。隊長♪」
 ・・・・だれが、隊長だ・・・
 「聞こえなかったのか。さっさと、か・え・れ」
 「いやだなぁ隊長。僕と隊長は一蓮托生じゃないですか♪」
 気が付くと懐中電灯を取られていた。
 「それでは、レッツ!GO♪」
 楽しげに歩き始めた緋勇の後ろ姿を見ながら俺は盛大にタメ息をついた。
 「でわでわ、隊長今日はどこから探検しますか?」
 何をワクワクしてるんだ。ガキか?と思って、まだ十八なんだと気づいた。
 「とりあえず、隊長はやめろ」
 「ラジャー、長官♪」
 「それもダメだ」
 「でわ、先生殿。これでよろしいですか?」
 「うむ、よろしい」
 思わず吹き出すと、緋勇も口を開けて笑っていた。

 「懐中電灯はお前が持つのか?」
 うんうんと緋勇がうなづく。そんなに嬉しいか?
 光の円が飛び回り始めた。外から見れば泥棒に見えるかもな。
 手持ち無沙汰なのでポケットからしんせいを取り出して吸う。
 そういえば・・・・
 「おい、緋勇」
 前を歩いていた緋勇が振り返る。
 「はい?先生」
 だから、なんでそんなに笑ってるんだ。
 「何で今日は一人で潜ってたんだ?」
 「ドコにですか?」
 まだシラをきる気か。
 こっちが黙っていると、やっとあきらめたのか話し始めた。
 「・・・・そんなに珍しいですか?僕が一人で潜るのが・・」
 「確かに最初の頃はよく一人で潜っていたな」
 「げっ、ばれてましたか・・」
 「当り前だ」
 どうやらばれてないと思っていたらしい。
 ・・・しかし、頭を抱えるほどショックか?
 「『龍麻クンの秘密。』がひとつ減ったぁ〜」
 なんなんだそれは・・・・
 「せっかくあと1個で千八拾九個だったのに〜」
 それはゴロの良い数字か?
 まだ、頭を抱える緋勇を起そうとした時・・・
 ゴトッ
 
ん・・?俺の耳に怪しい物音が届いた。
 満月時でなければ聞き漏らしていたかもな・・
 「おい、緋勇」
 「職員室の方ですね」
 こいつ、聞こえたのか・・・?
 「耳イイんです♪」
 それにしても限度があるだろう。普通、一階の音が三階に居て聞こえるか?
 「それは先生もいっしょでしょ?」
 人の心を読むな。
 「さあ、隊長今こそ我らの力を示す時です♪」
 だから隊長はやめろ。
 「レッツゴォ!」
 「なっ」
 三階の窓から飛びおりるか普通・・・・
 ヒラヒラヒラ・・・
 下で緋勇が手を振っている。コイコイをするな!まだ人間でいたいんだ俺は・・・
 しかし、階段をつかうと気づかれるか・・
 しかたない。
 俺は窓枠に手をかけるとそのまま飛びおりた。 
 ストッ
 「さすがは先生、みごとな脚力で」
 「うるさい」
 それ以上はつっこんでこない。それがこいつのズルイ所だ。
 
 案の上、職員室から光が漏れている。
 テストでも盗みに来たか・・・まったく・・
 「おい」俺が声を掛けるよりはやく・・
 『龍星脚♪』
 ドッコォォォォォォォン
 
・・・・・・・・・
 「緋勇!」
 何をするんだお前は!飛んでいったろうが!
 「いやー、つい僕の正義感がうづいて。」
 ウソをつくな!ウソを!
 「とにかく、死んだらどうするんだ!」
 相手は普通の人間だ。
 「え?だったら旧校舎にでもぶちこんどけばいいんじゃないですか?」
 「ウソです睨まないで下さい」
 まったく・・
 さっきの生徒を拾いに行く。・・・命に別状はなさそうだ。
 「チッ、運のイイ奴め・・・・イエなんでもないです。ところでコレどうします?裸にでもひんむいてグランドにほっときます?」
 社会的に抹殺する気か・・
 「とりあえず、目が覚めたら反省文でも書かせるさ」
 「甘かないですか?」
 これだけすれば十分だ。
 「さっ、探検は終りだ。俺はこいつを宿直室に連れて行く。お前も帰れ」
 「はーい♪」
 返事はいいんだ返事は。
 さっきの生徒を宿直室に放りこんで、緋勇を校門まで送る。
 「女じゃないから大丈夫ですよ?」
 「ちゃんと帰るか心配でな」
 もう一回、旧校舎にでも潜られたらコトだ。
 「先生は心配性ですね」
 お前にだけだ、まったく。
 結局、校門まで送った後、腹が減ったと駄々をこねる緋勇をラーメン屋に連ていくはめになった。

 校門から出て空を見上げると月が高く昇っていた。
 「まったく、せっかくの満月だってのに」
 何をしてるんだ俺は・・・
 「たまにはいいじゃないですか♪どうせ長い人生しょ?」
 こいつ・・
 「おごりますよ♪ラーメン♪」
 まあ、それでよしとするか。どうせ嫌になるほど長い人生だ。
 「そうです、そうです。人も狼も諦めがかんじんです♪」
 まったく、おもしろい奴だなお前は・・・
 
 とりあえずはそんな満月の日。

 「そういえば何で一人で潜ってたんだ?」
 「いやー、犬神先生が宿直って聞いて・・・・」
 「?」
 「・・・・ドラゴンの一匹でも差し入れしようかな〜なんて。」
 「・・・・・・・・・」
 「もちろん黒い方ですよ♪」
 そうじゃないだろう・・・・こいつは・・・・・まったく・・・

                                 【おしまい】

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