「江戸歯車・零」
寒い日で、雪が途切れる事なく降っていた。
あの日なんでそんな天気にも関わらず山へと入って行ったのか今でもよく解らない。
呼ばれたとかそんな崇高な物ではなかった気がする。
強いて上げるならあの時俺は、『一人で寂しかった』のだろう・・・・
足下に餓鬼が居る。
最初は死んでいるのだと思った。
大雪の中、2つ3つの子が寝ていれば誰でもそう思うだろう。
それで足先でちょっと転がしてやったら予想に反して子供の目がバチっと開いた。
「・・・・・」
「・・・・・」
無言で見つめ合うこと暫し、
先に沈黙を破ったのは俺だった。
「・・・お前どこから来た?」
「あっち」
子供は自分の背中の方を指さした。
「・・・どこへ行く?」
「しらん」
あっけらかんと子供は答えた。
「一人か?親はどうした?」
「あっち」
今度は自分の右側を指し示す。
(・・・子捨てか・・・?)
(捨てるならもっとましな所に捨ててやれ、ここだと一日と保たんぞ)
これだから人間は嫌なんだと思って、子供の親が行った方向に気を飛ばした。
追いつけるとは思わなかったが、足取りでもと思ったのだ。
僅かな匂いを頼りに飛ばした気は非道い血の匂いに辿り着いた。
(ああ、コイツの親はもう戻って来れないのか・・・)
何が起こったのかは知らないし、知る必要もなかった。
ただ目の前で俺を見ている子供の親は、もうコイツを迎えに来る事も抱く事も出来ない只それだけだった。
(さて、どうするか・・・)
もう居ない者についてアレコレ考えるのは単なる時間の無駄だ。
問題は生きているこの子供をどうするかだった。
「おい」
「あい?」
しゃがんで子供の目を見て言った。
「お前の親はもう戻らん」
「あい」
「お前はどうする。親の元へいきたいか?」
親の元へ逝きたいのならこの場で殺してやるつもりだった。
俺ならば苦しませずに一瞬で殺せる。
たった一人で生きていくより幸せだろう。
そう思った。
なのに俺は聞いた。
「それとも・・・・俺の元へくるか?」
今思っても馬鹿げた質問だと思う。
右も左も解らない餓鬼に何を聞いているんだと。
しかし子供は答えた。
「いく」
小さい手が俺の手を掴んだ。
「いこ」
にっと子供は笑った。
「とーたん」
子供の手を引いて山を降りた。
多分俺は寂しかったのだろう。
群が無くなって。
それでコイツも寂しかったのだろう。
親が亡くなって。
間に合わせの親子だと思い苦笑する気持ちもあったが。
繋いだ手は暖かかったので、まあいいかとも思った。
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