「長距離電話」
その晩は雲1つ無く。風もあり。初夏特有の湿った匂いがしていた。
あまりにもいつもと変らない晩だった。ジリリリリリリン・・・・
ジリリ・・・・・
カチャ「・・・・もしもし」
「・・・ああゴメン、寝てたか?」
「・・・・いや、・・・お前が掛てくるとは珍しいな・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・死んだのか?」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・死んだんだな?」
「・・・・・ああ、今朝早くに。外がまだ暗かった・・」
「・・・そうか」
「・・・ああ」「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・雨」
「・・・・何?」
「・・いや、そっち雨降ってるのか?なんかザーザー言ってるぞ」
「・・・長距離の所為だろ。こっちは晴れてる」
「・・・・ああ、そうか・・・遠いもんなコッチとそっち」
「・・・・そうだな」
「・・・・そうだよ」「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・生れた子な、男なんだけど顔が加代によく似てるとさ。皆喜んでるよ。
性格は俺似かもしれんけど、まだ猿みたいな物だからよく解らん」
「・・・・そうか」
「・・・・ああ」「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・後ろ」
「・・あ?」
「・・泣いてるんじゃないのか?声が聞こえるぞ」
「・・ああ、デカイ声だろ。何か赤子というか別の生き物みたいだ」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・いいのか?行かなくて」
「・・・・今はまだいい。他の奴等も居るしな」
「・・・そうか」
「・・・ああ」「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・今年も真神の桜は綺麗に咲いたか?」
「・・・ああ、少し遅かったが満開だった」
「・・・そうか、あのボロ学校の良い所ってアレくらいだからな」
「・・・・・」
「・・・もう一度見たかったな」
「・・戻ったら見にくればいい。子供を連れてな」
「・・・・・・・・・・・ああ・・・そうだな・・そうできたら凄くいいな」
「・・・何を柄にもない事を言っている。戻ってこれる自信があるから行ったんだろう」
「・・・・ハハハ、まあそうなんだが・・・」
「・・・・・フン」
「・・・・そうそう杜人くん。こんな詩を知ってるか?中原中也の詩なんだが・・
えーっと何だっけ・・・あー思い出したT春日狂想Uだ」
「・・・それがどうかしたのか?」
「・・・・ハハハ、杜人くん中味知ってるか?」
「・・・いや」
「そうか。それじゃあ今日の会話を覚えておいてくれ。そんで何かあったら俺が今日言った言葉を思い出して探して読んでくれ。
・・・今、俺はあんな心境なんだ」
「・・・・意味が解らんぞ」
「・・・だから今はそれでいいんだって。
杜人くんが忘れてて俺ともう1度会う事を願ってるよ」
「・・・?」
「・・・・・変な事言って悪かったな。まーこれを肴に帰ったら酒でも飲もうや」
「・・・・ああ」
「・・・・じゃあそろそろ切るわ。でもまー本当にお前とは酒でも飲んでじっくり話したいんだ」
「・・・・そうか」
「・・・そうだ。ハハ、じゃあな・・・・っと、忘れてた子供の名前な、加代ちゃんの希望どうりにT龍麻Uに決まった。1応言っとく。帰ったらちゃんと見てやってくれ。それじゃあ本当に切る。またな」
「・・・ああ」プツッ
ツーツーツー・・・・・結局、あの男と2人きりで話したのはこれが最初で最後だった。
本当にアノ夜は嫌になる程普通で、いっそう大雨でも降っていれば良かったと思っている。
弦麻の言っていた「春日狂想」はその後真神の図書室で見つけて読んだ。
アイツの言っていた事が少し解った。
本当にコレを肴にアイツと酒が飲めたらどんなに良かったろうと思った。―春日狂想―
愛するものが死んだ時には、
自殺しなけあなりません。愛するものが死んだ時には、
それより他に、方法がない。けれどもそれでも、業が深くて、
なほもながらふことともなつたら、奉仕の気持に、なることなんです。
奉仕の気持に、なることなんです。愛するものは、死んだのですから、
たしかにそれは、死んだのですから、もはやどうにも、ならぬのですから、
そのもののために、そのもののために、奉仕の気持に、ならなけあならない。
奉仕の気持に、ならなけあならない。いっそあの日が大雨であったなら、俺もアイツもこんな気持ちにはならなかったのかもしれない。
向田邦子の小説で「父が死んだ日の朝に普通に朝刊が来て驚いた」って文があるんですけど、確かに大切な人が死んだのに世界は何も変らないってショックだよな、と思って書いてみました。
中にある中原中也の詩は昔水谷豊がサスペンス中に使っていてそれから好きになりました。
ちなみに著作権は切れてますので御心配なく。
とりあえずコレは弦麻も犬神もロマンチストで駄目駄目って話。