「その箱はわたしです」
ふと気付くと目の前に木が生えていた
名前は解らない
さほど大きくも特徴もない木
木などに興味など無かったからそのまま横を通り過ぎた
パァン
何かが強く弾けた音がして振り向くと、先程まで木のあった場所に箱があった
木は姿を消した
いや、箱に化けた
近づいてその箱を手に取った
小さいが厚みのある箱で
小さな木片が沢山組み合わさって美しい幾何学模様を作っていた
(何か名前があったような)
少し記憶を探ってみたが名前は出てこなかった
暫く眺めていたが、中身が気になって開けてみようとした
そこで気付いた
(これはどうやって開けるんだ?)
箱にはそれとわかる蓋が無く
全面を幾何学模様がおおっている
(確か開け方があった筈だ)
廊下の壁に背を付けて座り込み
俺はその箱と格闘し始めた
くるくると箱をまわしたり
振ってみたり、叩いてみたり、色々試して見たが一向に箱は開く気配を見せなかった
「何をしている?」
声が降ってきて、見上げれば黒いコートを着た墓守が立っていた
「これを開けようとしてんだ」
言って箱をそいつに見せた
墓守は箱を見て、すこし眉をしかめた
「お前が他に興味を持つとは珍しい」
「開け方が解らないんだ。知らないか?」
「それを開ける気か?」
「・・?ああ」
そいつのいつもと違う態度に不信感を持ったが、今は箱の方が重要だった
「そうか」
墓守は少し考えていたが、やがて口を開いた
ただその言葉は俺の聞きたい言葉ではなく、まるで独り言のように
「お前はそれにそこまで惹かれたのか」
それだけ言うと墓守は先に進んで行った
「・・・・何だってんだ」
俺はまた座り込み箱を開けようとした
どこをいじろうと箱は形を変えず、本当に開く事すら怪しく思えてきた
(バカバカしい)
何を俺は本気になっていたんだ
ポケットから愛用のアロマパイプとライターを取り出すと口にくわえ、火を点けた
そしてさっきまでの自分を否定するように、箱を遠くへ放った
カンカンと2回転がって止まった
その箱の先に誰か居た
そいつは箱をひょいっと持ち上げてコッチを見た
長い前髪の下でこちらを見ている目がにぃっと曲がった
「ども」
そいつは片手を上げてそう言った
黒いハイネック、収納場所の多いベスト、腰にぶら下がった小型端末、腰に差された剣と銃、首に掛かったゴーグル
どこかで見たヤツだと思った
頭に靄が掛かったような気分だ
「ひみつ箱」
「・・・・・・」
「仕掛けは96回。その内フェイクは9回」
「・・・・・・」
「開けるつもりなら頑張って」
差し出された箱が何だかしゃくに障って、俺はそっぽを向いた
そんな俺に気分を害する事も無く、そいつはにこにこと言った
「鍵あけ」
出し抜けにそいつはそんな事を言った
「は?」
「古代文字の読解」
「・・・何の話だ」
「ナイフの扱い、銃器の使い方、応急手当、爆弾の作成、薬の調合、衣服の繕い、料理のレシピ。取るに足らない小さい《力》、でも先人達が自分達の知恵と努力で模索し試行錯誤を繰り返し後の者に伝えてきた《力》。これからも増えたり減ったりしながら伝え続けられる《力》。この箱はそんな物で出来てる」
「・・・・・・」
「お前さんの持つ大きな《力》なら壊せるよ。中身が欲しいなら壊せばいい」
「でも壊したらもう元には戻せないねぇー」
にんまりと、笑うその顔
マヌケだから止めろと言ったのは自分ではなかったか
「さっきも言ったけど仕掛けは96回。長くかかるんですよこれがまた」
そいつはどこのセールスマンだと言う口調になって俺の横に座った
「そんな貴方に最初の一歩をあげましょう」
そう言って人差し指を俺の目の前にピッと出し
そのまま側面の柄のひとつに触れ軽く力を入れた
先程まで難攻不落の要塞だったそれは簡単に横にスライドした
「あっ」
「気が付けば以外と簡単。されど先は長い。ご武勇お祈りしております」
そのまま箱を俺に押しつけると、反動をつけて立ち上がった
「じゃあ、頑張って」
と言ってそいつも墓守と一緒の方向に歩いて行った
しかし何か思い出したようにまた戻って来て、俺の横に何か置いた
「ここ、もうすぐ暗くなると思うから。使いなはれ」
懐中電灯だった
「・・・サンキュ」
礼を言うと、にっと笑った
そして去って行く瞬間そいつに何か言いたかったが忘れてしまった
箱はさっきまでの強固さが嘘のように動いていく
ゆっくりと慎重に、動く部分を見付けては動かしていく
どの位時間が経ったのか
あいつが言ったように俺の周りに闇が寄って来ていた
置いていった懐中電灯をつけようかと思ったが
思うだけでやめた
もう少し、あと少し
カコン
あっけなく蓋が開いた
『箱の中はからっぽだった』
腹は立たなかった
がっかりもしなかった
多分そうだろうと
きっとそうだろうと
そうであって欲しいと思っていた
ぽっかりと開いたそこに
口にくわえていたパイプを
(アロマはとうの昔に燃え尽きていた)
底に残った灰を吹いて
入れた
それから、丁寧に蓋を戻し、元のように箱を閉じた
箱を振ると中でカラカラと俺のパイプが鳴った
その音を聞いて口元が自然と上がる
箱は木があった場所に置いた
(帰りにあいつが見つけるだろう)
これで良いと
俺はひどく上機嫌で
懐中電灯で闇を照らし
ぶらぶらと帰った
ああ、もうすぐ起きる時間だ
起きて会ったらあいつに言おう
この夢の話をしてやろう
--あなたの中で音をたてるものは私です--
皆守が忘れていた箱の名前は寄木細工。小さい木片を合わせて柄を出す美しい伝統工芸
ひみつ箱は仕掛けの付いた箱で、手順道理に模様を動かさないと蓋が開きません
20回位の細工で万単位の値段が付きます・・・・高い
綺麗なんすよ。欲しいんですよ
でも高い・・・・
考えてたんですが、墓守達の力が一代限りの大きな力とするならば
九龍の持ってる力は先に先に繋がっていく小さな力
だから墓守達は勝てないんだと思います
夕薙の言ってた言葉は正解
(と言うか夕薙の力はどこから・・・・??)
最後に、
箱は九龍なので、箱の中に入ったパイプは皆守
青春ど真ん中
恋してるのか皆守(笑)
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