「マイナス4センチ」

 それはいつもの脱衣所の光景のはずでした。

 
 「暑いー」
 「九龍。頭ちゃんと拭いておかないと風邪ひくぞ」
 「・・・・・・・」
 「んー。(ゴシゴシ)」
 「・・・・・・・」
 「どうした甲太郎?」

 いつもの男子寮。
 いつもの脱衣所。
 お風呂から上がった九龍、皆守、夕薙が着替えておりました。
 そこまでは確かにいつもの光景でした。

 「・・・・・・・」
 先程から黙って二人の会話を聞いていた皆守がツイっと九龍の前髪を掴みました。
 「甲ちゃんどしたよ?」
 「・・・・・・邪魔だな」

 
 ジョナイブル主人公の特徴=前髪が長い=眼が見えない=ボツ個性=感情移入しやすい
 (他に恋愛ゲームなどの主人公にも適用される特徴)

 「・・・・・・・・・・・・おっしゃってる意味がよくわかりませんが」
 「・・・・ま、簡単に言うとだな・・・・切れ」
 言うなりポケットから髪梳きバサミを取り出しました。
 「何ちゅー物を持ってお風呂に来てるかー!!」
 「そのセリフ年中アサルトベスト着用の人間にだけは言われたくないな・・・」
 「このベストはトレジャーハンターとしての義務です!」
 多分そんな事はありません。
 「とにかく・・・その眉下5cmはあろうかと言う前髪を切れ」
 「失礼な4cmしかありません!」
 「一緒だ!切れ!」
 「嫌!」
 ジリジリと権勢しあう皆守と九龍。
 そのまま後ずさりで逃げようとする九龍の肩をムンズと掴む手がありました。
 「にゃーー!!!」
 「ナイス」
 「はは、悪いな九龍」
 先程から九龍の横で着替えていた夕薙でした。
 「ぎにゃーーー裏切りものーーー!!」
 「いや、前から君の前髪は気になってたんだ。目も悪くなりそうだしな」
 「ほれ見ろ、俺だけじゃないだろ。解ったら大人しく切られろ」
 言って皆守がハサミをシャキシャキ言わせました。
 気のせいか皆守のバックから戦闘の音楽が聞こえてきます。

 「いやー!!犯されるーーーーー」
 「・・・・・誤解を招く言い方は止めろ」
 「おやおや、乱交ですか」
 「「「!」」」
 突然別の声が混ざり、そちらを向くと神鳳が立っておりました。
 「あ、神鳳くん。おばんですー」
 「こんばんは」
 「神鳳お前も風呂か?」
 「ええ、そうですけど。何をなさってるんですか?」

 現在の状況・皆守がハサミを持って九龍の前に立ち、九龍は夕薙に羽交い締めされている。
 ちなみに三者共上半身は裸です。

 「・・・貞操の危機です」
 「・・・・九ちゃん」
 「皆守が九龍の前髪を切ろうとしてるんだが・・・・何かおかしな構図か?」
 「おかしいと言うならかなりですが・・・まーそれはそれとして」
 神鳳は入り口を閉めると、トットットと軽い足取りで九龍の所までやって来ました。
 「神鳳くーん。ヘルプー」
 そして九龍の情けない声は無視して前髪に手を差し入れると思い切り上にあげました。
 「ふぎゃ!」
 「おやおや、九龍くんはこんな顔をされてたんですね」
 「・・・・・えーっと、神鳳さん?」
 いきなりマジマジ顔を眺められ狼狽える九龍です。
 「いつもは前髪の簾ごしですからね」
 なぜかにこにこと神鳳は言い、前髪を元のように直すと皆守の方に顔を向けました。
 「切るのでしたら櫛が要りますね。僕のでよければどうぞ」
 と言って懐からつげ櫛を出しました。 
 「ブルータスお前もかー!!!」
 「おやおや、僕をブルータスの位置にして頂けるんですか?」
 神鳳がにこにこと九龍の頭を撫でながら言いました。
 「ちょっと待て、その位置は俺だろ」
 不機嫌そうにハサミをチャキチャキ言わせて皆守がそう詰めよりました。
 「どっちゃでもええがな!離せーーーーー」
 「・・・・まったくもってその通りだな」
 何だか話がずれてきてます。

 「ブルータス争奪戦は後でするとして、どの位切りますか?」
 自分で振っておきながら軌道修正する男、神鳳充。
 マイナス付いても学年一番。
 「そうだな、とりあえず目を出すから・・・・眉くらいか」
 「もしもし!僕の意見は?客の意見を聞きゃーせ!!!」
 「九ちゃんの意見聞いたら今と変わないだろ」
 「・・・・・・ううーー」
 「ははは、まー暫くの辛抱だ」
 夕薙に頭を撫でられ少し大人しくなった九龍でしたが、
 「そうですよ、
初めてでもないでしょう?
 『・・・・・・・・』
 「いやー!!!やっぱり嫌ーーーー!!!!!離せーーーー!!!!!!」
 にこやかに言い放った神鳳の言葉に再度暴れました。
 「・・・・・神鳳」
 「おや?どうしました?皆守くん」
 「・・・・いや」
 神鳳の言葉に頭を抱える皆守です。
 「ほらほら、九龍くんも大人しくしないと、
口にタオルを詰めますよ?
 「神鳳!頼むからお前もう喋るな!!!!」
 「九龍。落ち着け。何にもしないから、な?」
 「助けてーーーー!!犯されるーーーーー!!!!!」

 
 脱衣所が大変です。

 ちなみに皆気付いてませんが、風呂の中には普通の生徒も入っておりまして。
 脱衣所から聞こえてくる声に、出るに出られず湯ダコのようになってました。

 「わーん。(主に神鳳くんが)怖いよーー誰かーーーー」
 「ふふふふふふ」
 「甲太郎。もういいからさっさと切ってしまえ」
 「ああ」
 こうなってはさっさと終わらせるに限ると、皆守がハサミを入れようとした瞬間。

 「フリーズ!!」
 ダァン!!

 聞き慣れた声と銃声がして皆守の手からハサミが弾かれました。

 「ハァァァァァァ・・・・」

 そしてハサミは床を滑って入り口に立つ物の手に渡りました。

 「あ、砲介とおトト」

 入り口に立っているのは3−Aメンバー。
 墨木砲介とトト・ジェフティメスでした。
 どうやら墨木がハサミを撃ち、トトが磁力を操って取り上げたようです。

 「我ガ王。大丈夫デスカ?」
 「隊長お怪我はアリマセンでしょうか!」

 ダン!!
 駆け寄ろうとした2人の足元に矢が刺さりました。

 「少しでも動いたら・・・・当てますよ?」

 にこやかに、あくまでにこやかに神鳳は弓を構えて言いました。
 しかし腐っても鯛、仲間になっても生徒会役員。
 その殺気は本物でした。
 あまりの迫力に墨木もトトも動けませんでした。 

 「神鳳・・・風呂にまで弓持ってくるなよ」
 「弓と僕とは一心同体ですから。そう、九龍くんと僕のように」
 「九ちゃん。お前神鳳と何したんだ!!!」
 「そんな関係になった覚えはございません!!」 
 相変わらず収集がつきません。
 

 風呂場に居る生徒達は(何でもいいから早く終わってくれ)と思いました。
 1人湯当たりで倒れました。
 しかしモブが倒れようと脱衣所のメンバーには関係ありません。

 
 「あーもう切るぞさっさと」
 皆守がウンザリとした顔でそう言いポケットから新しいハサミを取り出しました。
 「にゃー!2本目が出たーーー!!おトト!ヘルプー!!」
 「ハァァァァァ」
 九龍のヘルプでトトは磁力を操りましたが・・・・・。

 「あり?」
 「??」
 ハサミはピクリとも動きませんでした。
 「ふふん、甘いな」
 それを見て皆守は勝ち誇ったようにハサミを動かし言いました。

 「これはステンレス製だ」

 「・・・・・・何でそんな物まで持ってるきゃー!!!!!!!」
 「うるさい。観念しろ」

 「・・・・皆守くんもいい加減変ですよね」
 「甲太郎、そんな嬉しそうに・・・・」

 
 「隊長!力不足で申し訳ありません!!」
 「ゴメンナサイ。ボクノ力ガ足リナイバカリニ・・・・」

 
 色々な人物の色々な意見が出ましたが、行われる事はひとつです。

 ジャキン!!

 「みぎゃーーーーーーー!!!!!!!」

 九龍の悲鳴を聞いて、風呂場の生徒は
 (ああ、やっと出れる)
 と胸をなで下ろしました。




 
 
 

 次の日。

 
 「おはよー・・・・・・・・って九チャン??」
 八千穂が恐る恐る聞いた人物は顔に
叡智の仮面を着けておりました。
 「おはようやっちー」←くぐもっている
 「・・・・どうしたのその・・・か・・お・・??」
 流石にどうコメントして良い物か悩みます。
 「昨日、甲ちゃんに汚されたから。前髪伸びるまでは素顔をさらしません
 だからと言って仮面着けるのもどうかと思いますが。
 相手は葉佩九龍。
 普通の感性では計れません。
 「・・・・ふーん。頑張ってね???」

 ドドドドドドドドド・・・・・・
 そこへ何かが爆走して来ました。
 「・・・・九ちゃん」
 入って来たのは怒りの形相の皆守でした。
 なぜか頭にはタオルをすっぽりと巻いてます。
 それを見て、八千穂は驚き。
 九龍は楽しげに笑いました。
 「くけけけけけけけ。グッドモーニン。甲ちゃん
 「・・・・・どうやってやった?」
 「んー?協力by双樹ちゃん
 「・・・・・・・」
 九龍の言葉に皆守は頭を抱え、しゃがみこみました。
 「ちょっと、どうしたの?2人とも」
 「最悪だ」
 「最初にしかけたのはそっちだ
 九龍は机に突っ伏しながら、指で八千穂に合図を送りました。
 その合図に合点がいった八千穂は素早い動きで皆守のタオルをむしり取りました。
 「テメエ!」
 「!!」
 「あ、あはははははははははは!!!!!!!!!どうしたのーーー!!その頭!あははははははは・・・・・・」
 「葉佩九龍特製
ストレートパーマのお味はどうかしらー?

 九龍の頭に皆守の蹴りが炸裂したのは数秒後の事でした。


 所変わって保健室。
 「・・・・・・先生」
 珍しく長袖を着込んだ夕薙が暗い声で現れました。
 「・・・何だ?どうかしたのか?」
 出迎えた瑞麗は頭に巻き付いてるジャージを見て顔をしかめました。
 「・・・何かの仮装か?」
 「それが・・・・」

 外した先にはショッキングピンクに染められた髪がありました。

 「・・・・・・・人の趣味にとやかく言わないが・・・・その色は」
 「・・・・九龍にやられました」
 「・・・・・ああ」
 昨日何があったのか知っている感じの瑞麗です。
 「・・・・ココだけならまだ良かったんですが・・・・」
 「・・・・・・他もか・・・・」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・下も・・・・・」
 頭を抱える夕薙の耳に瑞麗の大爆笑する声が響きました。



 
 
 そして最後は生徒会室。 
 「だから〜、頼まれたら断れないじゃない?」
 双樹はそう言ってゆったりと微笑みました。
 「次からは断ってください」
 その前には神鳳が居りました。
 ここまでは普通の風景です。

 神鳳の髪の毛がソバージュになっている事を除けば。

 「おはようございま・・・・・・・何すかその頭!!!!!!」
 「おはようございます。夷澤くん。黙らないとその口撃ちますよ」
 言われて口を押さえたものの、笑いの渦が起こっているのは見て解ります。
 「九龍くんを虐めたら報復されたのよねー」
 「あなたが援護しなければ、こんな事にはならなかったと思うのですが?」
 「さあ、どうかしら?」
 九龍の共犯者でもある双樹は余裕です。

 昨夜。
 あの後、九龍が向かったのは双樹の部屋で。
 涙ながらに協力を願い出たのです。
 内容は、
 「朝までぐっすり!眠りの香の作成」
 もちろん双樹はふたつ返事で引き受けました。

 「ふふふ、あなたの髪をチマチマ編んでいく九龍くんを見せてあげたかったわ」
 「本当に、見てみたかったですよ。そしたらあなたのその胸に矢を打ち込む事も出来たでしょうに」
 にこやかに恐ろしい会話をしております。
 「・・・・・あー、はーはー・・・・で、前髪切った九龍センパイってどんな何すか?」
 やっと笑いの渦が収まったのか荒い息で夷澤が聞きました。
 「どうって、普通に美形ですよ」
 「ええ、綺麗な顔よ。でも私はいつもの少し間の抜けた顔が好きかしらね」
 「へー、見てみたいっすね」
 「・・・・・見せてと言ったら殺されると思いますよ」
 「・・・・・・今のあの状態じゃあねぇ」
 いつになく真面目な顔の2人に(これは無理だ)と夷澤は思いました。

 「それよりアレどうすんすか?」
 「ええ、そうですね」
 「どうしましょ」
 言った3人の前には、笑いをこらえて床に突っ伏してる阿門がおりました。

 「どうも・・・すごくツボだったようで」
 申し訳なさそうに言う神鳳の言葉に、双樹と夷澤がブッと吹き出しました。


 葉佩家及び緋勇家の家訓
 「やられたら3倍返し!」





 皆守のストレートパーマと神鳳のソバージュは洗えば取れます(パーマは無理か?)
 一番可哀想なのは夕薙
 チ●毛までピンクです(おまけに協力した双樹にも見られているという・・・・・)
 考えてみれば夕薙そんな悪い事してないんですけどね・・・・・

 神鳳は素で怖い人です
 耳元で「静かにしないと犯しますよ?」とか言える人です
 神鳳最凶伝説

 墨木とおトトは仲良しさんです(九龍の口利きでお友達に)いつも誘い合って風呂に行きます
 九龍は皆守を誘って行きます。夕薙は大体お風呂場で会う感じ

 前髪眉下4cmは自らサシをあて計りましたが、もの凄い鬱陶しい事だけは確かです
 でも良いのです「前髪フェチ同盟」ですから(会員・私と前に拍手で名乗り上げてくれた方)

 ストレートの皆守って想像つかないですが、多分変でしょう(奴はナヨってなんぼです)

 それにしても風呂場に髪梳きバサミ×2を持ち込む彼は、どれだけ九龍の前髪が邪魔だったのでしょう・・・・・