「運命の出会い」
運命の出会いというものがこの世にあるとしたら、間違いなくアレがそうだったのだろう。
「危ないッ!!」
複数の悲鳴と叫び声に、駅の階段を昇りかけていた御柳は顔を上げる。
その目に信じられない光景が飛び込んできた。
ダン! ダン!! ダン!!!
と、激しい音を立てながら、上から人が降ってきたのだ。
礼儀正しく正座をした格好で……。
(何でじゃいッ?!!)
唖然としながら御柳は思ったが、咄嗟に手すりを掴んで片腕で落ちてきた物体を受け止める。
部活で鍛えられた肉体と、並外れた瞬発力の二つが揃っていたからこそ可能な事であった。
「…っ!…っぶね〜なぁ!おい、大丈夫か?」
加速した重力を加算した体重を受け止めた御柳は、ミシミシと軋む腕にさすがに顔をしかめながら相手の安否を気遣う。
「………………………(こくり)」
何が起こったのか分かっていない相手は驚いた様子だったが、それでも小さく頷いた。
「…アレ?アンタ…」
「………………………?」
特徴のある青みがかった髪。
サングラスのヘッドホン。
整った顔立ち。
相手に敵意を抱かせないふんわりとした印象の少年。
確か十二支の……。
「司馬…とか言う名前だったよな?動物高校のセカンドの」
「………………(こくり)」
御柳の問いのこくりと頷いた後、司馬の動きがピタリと止まった。
頭の中を?で一杯にしながら、必死に記憶を手繰り寄せているらしい司馬。
どうやら彼は運動能力に比べて、オツムの中身はあまり丈夫な子ではないようだ。
「……………………!!」
ようやく思い出したらしい司馬が、ゴソゴソとポッケからペンとメモを取り出して、何やら書き出した。
司馬のあまりの一生懸命な様子に、御柳も何となくそれを見守る。
司馬は書き終わると自信たっぷりにエイヤッ!と、メモを御柳の顔面に突き出した。
それには。
『 ミヤナギ バカ 』
と書いてあった。
何とも中途半端でイヤな感じである。
それならいっそ名字だけの方がスッキリしているような気がする。
喧嘩を売られてるのだろうか?
当然ながら御柳は怒った。
「誰がバカじゃいッ! 『ラ』が抜け取るわッ!!」
憤怒の表情でキシャーーーッ!!と怒鳴った御柳に、ビクンと肩を揺らした司馬は俯いてぴるぴる震えだした。
(あ…ヤバ…泣きそう…)
弱いものイジメしてしまったような罪悪感に、御柳の胸がチクンと痛んだ。
これはよろしくない。
非常によろしくない。
それは御柳の美学に反することだ。
あくまで弄りがいがありそうな強い者(例:犬飼)をいたぶる事に快感を覚えるのであって、御柳には相手かまわず虐めるシュミはなかった。
「…あ〜…司馬くん…ゴメンね…?」
泣かれてしまっては色々と面倒くさそうなので、ここは素直に謝ることにした御柳である。
元はといえば司馬の方が悪いのだが、そんな事は既に忘却の彼方に追いやられていた。
流石の御柳も、すっかり司馬のペースに巻き込まれてしまったのだ。
「マ○クシェイク奢るから許して?」
ピクッ。
御柳の言葉に、俯いた司馬が僅かに反応した。
「ポテトもいかがっすか〜?」
もう一押しだ。
そう思った御柳はスマイル¥0の笑顔を浮かべて言い募る。
「…………………(にっこり)」
輝くばかりの笑顔とは、こう笑顔の事を言うのだろうか?
御柳の言葉に、司馬は満面の笑みを浮かべて頷いた。
「ね〜、アンタ何で喋んないの?口聞けないの?」
『さっきは助けてくれてありがとう』
恥ずかしそうにメモに書き綴った司馬に、「いいって、いいって」と軽く手を振った後、むぐむぐとハンバーガーを頬張りながら御柳は質問する。
こういう事はヘタに気を使って黙っているより、はっきりと聞いたほうが良いのだ。
「…………………(ふるふる)」
司馬は首を振ると、緊張した面持ちで御柳を見つめた。
顔が強張っている、
「あ、言いたくないなら別に…」と御柳が言い出すより前に、決意したような表情の司馬が健気にもメモにカキカキと文字を滑らしだした。
『実は…』
「実は?」
ペンを動かす司馬の手元を凝視しながら、御柳はゴクリと息を呑んだ。
『俺、変な声してるんだ』
「………はぁぁ?マジで?」
司馬は悲痛な表情でこくりと頷く。
『多分…ヘリウム吸い込んだみたいな声だよ』
「!!…マ、マジで?」
「……………………(こくり…)」
そりゃ声出したくないわな〜と、一瞬納得しかけた御柳は僅かな引っかかりを覚えた。
「なぁ、「多分」って事は、誰かに言われたのか?」
「……………………(ふるふる)」
『だって俺が喋るとみんな驚いた顔するし、扇風機の前で声出すとエコーかかったみたいに震えるし…絶対変な声なんだ…』
(あらヤダ。ちょっと、アナタお待ちなさいな)
しょんぼりと肩を落とす司馬を見ながら、御柳はおばさんのように『まあ』と手を口元に当てながら思った。
司馬の言ってることはおそらく…いや、絶対に間違っている。
間違いが多すぎてどこから指摘すれば良いのか悩むくらいだ。
周りは司馬が言葉を発したという事実に驚いたのであろう。
声が云々以前の問題である。
扇風機はもう…指摘するのも何だろう?と言う感じだ。
しかし扇風機に向かって泣きそうな顔で『あー……』と必死に言っている司馬を想像すると、自然に御柳の顔に笑みが浮かんでくる。
(いいなぁ、司馬キュン。ウチにも一匹欲しいな〜…)
癒し系天然おばかちゃんな司馬に、御柳の荒みきった心が和むのを感じた。
彼が傍にいると、きっと毎日がより楽しく過ごせるだろう。
表面上は涼しげな顔をしているが、心の中では『欲しいよ〜!だって欲しいんだも〜ん!!』と地面に大の字に寝転がりじたじたとしていた御柳は閃いた。
そうだ。俺のにしちゃえばいいんだ!!
「ね〜、俺にも声聞かせてよ。絶対笑ったりしないからさぁ」
「……………(ふるふる)」
可愛く小首を傾げながらオネダリしてみたが、当然ながら拒否された。
「ふ〜ん…俺って信用ないんだな。ま、いっか。喋る喋らないは本人の自由だし〜。でも絶対に司馬っちは変な声じゃないと思うぜ」
「……………(にこり)」
あっさり引き下がった時の御柳の言葉に、司馬は本当に嬉しそうに笑った。
彼のコンプレックスを取り除くと非常に感謝されるであろうが、何となく他人に聞かせるとカチンときそうな予感がしたのだ。
まだ司馬の声を聞いてもいないのに…。
「なあなあ。今度部活が休みの時、映画でも付き合ってよ」
「………………(こくん)」
さりげなさを装っていよいよ本題にとりかかる。
まずは司馬との接点と「次」の約束をとりつける。
いきなり恋愛感情なんかを見せたら、怯えて逃げ出しそうだから妥当なトコから。
(アリガトよ。俺のカワイイ子猫ちゃんたち…)
彼に恋愛のノウハウを教えてくれた過去の恋人たち(男女・一夜限り含む)に、心中で感謝の言葉を述べる。
「マジ?付き合ってくれんの?」
「…………………(にこ)」
身を乗り出す御柳に、ポッと頬を染めながら頷く司馬。
(ヤバ…マジ惚れしそう…)
御柳がくらりと眩暈がした、その時だ。
「司馬ッ!!とりあえず、お前何でこんなヤツと一緒にいんだよ?!」
突然聞き覚えのある怒鳴り声がした。
入り口を見遣ると、拳を握り締めてわなわなと震えている犬飼と、青ざめている辰羅川。
「………………(にこにこ)」
わぁい、犬飼と辰羅川だぁ…そんな表情をしながら、司馬がぱたぱたと二人に向かって手を振った。
二人の(正確には犬飼のみ)後ろに立ち込める暗雲に全く気付いていないようである。
(ふ〜ん…こないだの練習試合の時にもしかしてって思ったけどやっぱりぃ〜?)
どうやら犬飼は司馬に惚れているようである。
まぁこの二人、実は以前から好みのタイプだけは何故かバッチリ気があっちゃったりなんかしていたから、
当然といえば当然の事だが。
ついでに犬飼が女が苦手になったのも、御柳のせいだったりなんかするんだが。
そんな事は知ったこっちゃない。
ニヤリ。
お気に入りのオモチャを発見した御柳の口元が、ト○ロに出てくるネコバスのように吊り上った。
「何でって、俺と司馬っち仲良しさんなんだもん」
「『だもん』じゃねぇ!とりあえず嘘付くな!!」
「嘘じゃないも〜ん。ネ、司馬っち。俺と(映画に)付き合うって言ったっしょ?」
「…………………(こくん)」
ああ…罪深きは無垢なこととは言うけれど。
こんなに残酷な仕打ちがあるだろうか?
御柳のその言葉の意味に気付かない司馬は、無邪気に笑顔で頷いた。
みるみるうちに褐色の肌をドス黒い顔色に変化させていく犬飼に、心配そうに司馬の眉根が寄った。
体調が悪いのではと思ったのだ。
「あ、犬飼くん!!」
クルリと背を向けて走り去っていく犬飼を、慌てて辰羅川が追いかける。
「あらら…忙しいヤツだなぁ。用事でも思い出したんかね」
そうなの?みたいな感じで首を傾げる司馬。
「そ〜だよ。俺たちゃ『ダチ』だから何でもわかるの」
「………………(にこり)」
御柳が力強く頷くと、司馬は安心したように笑った。
(あ〜…やっぱ司馬っち和むわ〜)
その笑顔につられて鏡では正視できないような優しい顔で微笑みかえしながら御柳は思った。
こういう経緯を経て、御柳は軽い気持ちで司馬と『お付き合い(?)』を始めた。
犬飼への当てつけも含めて。
『ミイラとりがミイラになる』
この諺を彼が身をもって痛感するのは、もう少し先の話である。
「かげふみ」のこむぎ様より相互記念に頂きました
リクエストは「猿OR犬の絡んだ柳馬」と言うマニアックな物でしたが、こんな素敵な小説を頂けて本当幸せです
御柳が司馬を司馬っち呼ばわりが大変萌えでございます。御柳はどこまでも傍若無人が良いです。本当に
そして犬飼さんはヘタレで報われないのが彼の長所(?)だと思います
それではこむぎ様どうもありがとうございました♪