駆け抜けた e〜よ まつやま @ 2006年5月20日

 松山ユースホステルに宿泊。ユースに泊まるのは約30年ぶり。昔と変わったところは狭いけど個室完備。
 変わっていないところは、こだわりの館長が仕切っているところかな。安いので本当にありがたい宿です。

 昨晩は奄美の徳さんと、もう一人、若い男性のお遍路さんと一緒に夕食。遍路のはなしで盛り上がりました。
 徳さんと朝の早い内に歩くことになりユースを5時に出発。遍路地図の乙コースを歩くことにしました。

 7時25分 ポンジュース前を通過。昔はよく飲んだけど最近はライバルが多いのかな。
 そう言えば高知のスーパーで「ゆずしぼり」とか 「ごっくん馬路村ゆずジュース」を買って飲みました。
 遍路中、スポーツドリンクばかり飲んでいると、無性に柑橘系のジュースが欲しくなることがあります。

 8時30分 太山寺一の門。徳さんと話しをしながら歩いたのでチョット時間がかかりました。

 8時55分 山門着。それにしても広い。名前の通り山全体が境内のようです。ミツバチが集まっているようで
 通行止めになってました。

 境内に入ってビックリ。本堂の立派さに圧倒されました。

 お参り後境内を散策していると、左腕が折れた観音様を発見。松山沖地震で倒れたそうで、そのおかげで
 被害が少なかったそうです。奥院経ヶ森には新しい観音様が松山沖を見守っているそうです。
 下山中に徳さんの知り合いのお遍路さんとすれ違い挨拶。彼女は仙台から来たそうで看護師さんとのこと。

 当初は太山寺から山越えする計画でしたが、徳さんと近道コースを歩き、10時25分 円明寺着。
 町中の小さな札所でした。

 仁王門では必ず仁王さんの写真を撮っているのですが、何となくひょうきんな感じなので載せてみました。

 それほど広くない境内の真ん中に小さな門があったり、マリア像があったりと賑やかな札所です。
 大師堂の横に弘法大師1150年御遠忌の碑を発見。初めて高野山に行った時のことを思い出しました。
 昭和59年 季節は忘れましたが、天気が良かったことを覚えています。山上は参拝者や観光客であふれ、
 空海さんの偉大さを感じました。弘法大師空海の足跡を辿る旅はまだまだ続きます。

 休んでいると、先ほどの看護師さんと再会。大師堂で控え目にお経を唱えている姿が印象的でした。
 徳さんと看護師さんは和気から列車を使うとのことで、ここで別れて先まで歩くことにしました。

 市街地を抜けて瀬戸内海沿いの道をひたすら歩きます。海岸沿いを歩くのは足摺岬以来なので半年ぶり。
 右側にJRの線路があり、ちょうど1両編成の列車が通過しました。徳さんは間に合ったかな。

 13時20分 伊予北条着。時間的に次の駅まで歩くのは無理なので今日はここまで。
 特急が停車するので区切るのには都合がよいかな。待合室で白衣を脱ぎました。

 時間があったので、JR松山駅から伊予電松山市駅までオマケの歩き。約30分かかりました。
 それにしても、歩道に自転車が多いこと。大阪なら放置自転車ですぐに撤去だろうなと思ったら、
 歩道が駐輪場所になっているようです。正岡子規誕生の地も自転車が占拠していました。

 久万高原からの峠越えは雨に降られましたが、その後は天候にも恵まれ、楽しい同行者と出合、一緒に
 松山を駆け抜けました。


コースと交通費など