くじらのクー

             作/直美




大きな、広い広い海に、ひとりぼっちのくじらがおりました。

名前をくじらのクーといいました。

黒い大きなからだに、丸いやさしい目をした、さみしがりやのくじらです。

クーが近づくと、まわりで泳いでいた魚たちは、いちもくさんに逃げて行ってしまいます。


大きな口でのみこまれたら、かなわないと逃げだすのです。

あんまりからだが大きすぎて、小さな魚がいても気がつかないで、ぶつかってしまうこともあります。いつのまにかみんなが怖がって、よりつかなくなってしまいました。

クーはちょっぴりいじっぱりです。だれもよってきてくれなくなると、ため息とともにひとりでつぶやきました。


「べつにかまわないんだ。ぼくだけのけものにしたって、平気なんだよ。ぼくを好きになってくれる友だちが、むかえに来てくれるまで待っているんだから」


でも、やっぱりひとりぼっちはさみしいです。

楽しいことも、悲しいことも、いっしょに話せる友だちがいないので、楽しいことはすぐ小さくなって忘れてしまいます。悲しいことは心の中で大きくなって、悲しみがあふれだして、涙となってクーの丸い目からこぼれ落ちます。

そんな時は涙のぶんだけ海の水が増えて、サブーンと大きな波がたちました。



ある晴れた日にクーは海面に浮かび上がり、大きく飛びはねてひとりで遊んでいました。

青い空に白い雲がフワフワと浮かんでいます。

海は空と同じくらい青い色をしています。

海の色が青いのは、青い空の色をもらっているからです。

海と空は、なかよしの友だちなのです。


「いいなあ・・・なかよしで・・・」

クーはちょっぴりうらやましい気がしました。

クーは空でたったひとりでいる、お日さまに気がつきました。それはまるで、海でひとりぼっちでいる自分自身のようでした。

クーはお日さまに声をかけました。

「こんにちは、お日さま。お日さまはいつもひとりで、さみしくありませんか?」

お日さまは、あたたかい笑顔でクーを見おろしました。


「こんにちは、くじらのクー。わたしはさみしいことなんてありませんよ。わたしはひとりぼっちではないですもの。白い雲はわたしの友だち。黒い雲はわたしをかくしてしまういたずら者ですが友だちです。黒い雲のふらせる雨は、地上のみんなの命の素です。ふりそそいだ雨たちを、わたしの熱でまた天空によびもどして黒い雲に返してあげているのです。ときどきお礼にと、七つの色のかけ橋の虹を見せてくれます。あの虹はとても美しいですね。きっとあなたもひとりぼっちではないはずです」

クーは、お日さまのことばにおどろきました。

「ぼくが、ひとりぼっちじゃないってホントなのかな?!」



ある夜、クーはまた海面に浮かんで空をながめていました。

空が暗いと海も同じように真っ暗です。今はお日さまの姿を見ることはできません。

小さな星が空いっぱいにまたたいていました。その中でお月さまだけが静かにひとりでいるようです。

クーはお月さまに声をかけました。

「こんばんは、お月さま。お月さまはいつもひとりで、さみしくありませんか?」

お月さまは、やさしくささやくように答えてくれました。


「こんばんは、くじらのクー。わたしはさみしいことなんてありませんよ。わたしはひとりぼっちではないですもの。お日さまはわたしのたいせつな友だち。わたしが輝いているのは、お日さまから光を分けてもらっているからなのですよ。わたしとお日さまはいっしょに顔をあわせることはないけれども、いつもたいせつに思っている友だちなのです。あなたにも、すぐそばにいなくても、たいせつなお友だちがきっといるはずです」


クーは、お月さまのことばにおどろきました。

「すぐそばにいなくても、友だちといえるのかな?」

クーにとっての友だちとは、いつもいっしょに遊んだり、たくさんいろんな話をしたり、おいしいものを食べにいったりして、楽しくおもしろく過ごすことのできる仲間のことでした。

「友だちといたらぜったい、楽しいことばかりなんだ。きっとすごく幸せな気分なんだろうな」

クーはいつか来てくれる友だちのすがたを想像してみました。

「いっしょに泳いでくれて・・・そうだ、ぼくと同じくらい大きくなくっちゃ、だめだよな。小さすぎるとまちがって、つぶしちゃうかもしれないから」



クーがいつものように海面で飛びはねて遊んでいると、向こうのほうで大きな影が動いて見えました。ゆっくりとこっちに泳いで来ます。海の上をすべるように泳いでいます。

クーはドキドキして、目をこらして見つめていました。

はっきりと見えたそのすがたに、クーはうれしくて声をかけてみました。

「こ、こんにちは。ずいぶん大きくてりっぱなすがたですね。ぼくはくじらのクーといいます。あなたは、ぼくと友だちになるために、むかえにきてくれたのですか?」

りっぱな形をしたのは、ちらっとクーに目をやって、めんどくさそうに答えました。

「あたしは、豪華客船よ! あなたと友だちになるなんてとんでもない。外国へでかける仕事をしていて、あたしはとても忙しいのよ」

外国ということばを自慢げに強めて言いました。そのあとはもうクーには見向きもせずに行ってしまいました。

クーは豪華客船のうしろすがたを見つめました。友だちかもしれないと期待していたぶんだけ悲しくて、ポロリと大粒の涙がこぼれ落ちました。

サブーンと大きな波がたちました。



海の上ではしばらくは、何もおこりませんでした。クーはぼんやりと泳いでいたので、近くまでやって来たものに気がつきませんでした。

それは、やさしげな声でクーに語りかけました。

「こんにちは。とても気持ちのいいお天気ですね」

そう言いながら、クーのすぐ近くまでやって来ました。

クーはこんどこそ友だちかもしれないと、うれしくなりました。にっこり微笑んでやさしい声の持ち主のほうへ向かいました。

ところが、突然耳をつんざく音がしてクーは驚きあわてました。それは、大きな捕鯨船でクーを捕まえにやって来たのです。

クーは、バシャ、バシャと水しぶきをたてて逃げました。あまりの怖さにどこを泳いでいるのか、もうわかりません。しつこく捕鯨船はクーを追いたてます。生まれてはじめて、恐怖というものを感じました。

あのやさしげな声はうそだったのです。

「たすけて! たすけて!」

と、叫びながらクーは海中にもぐりました。

ものすごい勢いで、海の底深く逃げ込みました。ブルブルと震えがとまりませんでした。



海の底深い場所で、クーはひとりで泣きました。

「お日さまやお月さまのいっていた、たいせつな友だちなんて、ぼくにはどこにも居ないんだ」

そう思うとよりいっそう、悲しみがあふれだし涙があとから、あとからこぼれおちました。

海の水は大きな波をたてて荒れ狂い、クーの悲しみは大あらしとなりました。

あらしは何日も続きました。



涙がかれはてて、クーは久しぶりに海面に顔をだしてみました。

ちょうどお日さまとお月さまが交代する夕方の時でした。

大泣きして、赤くはれたクーの目に、海岸にポツンと立っている白い灯台が映りました。


水平線に沈んでいくお日さまの、名残の光はキラキラと水面を照らし、あたりいちめんオレンジ色の世界です。

白い灯台は明かりをつけて、遠く海をみわたしています。

灯台は、自分を見つめているクーに気がつきました。


「おや、おや、久しぶりだね。今回はずいぶん大泣きしたもんだね。おかげで海が荒れて、わたしは大忙しだったよ」


ことばの中にやさしいひびきがありました。

クーははじめて見た灯台が、自分のことを知っていることにびっくりしました。

「あなたは、ぼくのこと知っているの?」

おどろきの声できいてみました。

「ずっと前から知っている。海でおきることは何でも知っている。クーのことはずっと見ていたよ。わたしは、友だちだよ」


つつみこむような、あたたかい声でした。

クーはずっと気がつかないでいたのに、灯台は見守っていてくれたのです。

幸せな気持ちが心の奥からわいてきて、クーは思いっきり高く飛びはねてみました。

「もう、ひとりぼっちなんかじゃない。ひとりぼっちなんかじゃないんだ!」


いつまでも、いつまでも叫びながら高く飛びはねつづけました。




                                      

      おわり




comment


小さい女の子は、クーと一緒に泣いてくれました。

ある女性は、恋人との愛をみつけたのね・・・と言いました。

ある男性は、身近で見守ってくれる家族の存在に気付いたよ、と。

信仰あつい人は、暗闇に指す神の光を感じましたと。

独りぼっちの −わたし− は、もういません。

わたしの処女作品です。


(神戸新聞文芸・児童文学部門入選作)




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