いちばんだいじ

                    作/直美




大きなお屋敷のりっぱな床の間に、たいせつに置かれた壺がありました。

お屋敷を訪れた人は、かならずこの壺のある座敷へ案内されますので、客人はじっくりと壺をながめては感嘆の声をあげていました。


「ほほう...何と美しい形をしているのか。均整のとれた丸みは完成された形だ」

「この色は炎の女神に愛でられたとしか言いようのない、神秘な模様を浮きだしておる」

陶芸のことをなにも知らない人がながめても、誰もが心ひきつけられる壺でした。

壺は何代もの持ち主に、たいせつに守られてきましたので、そのうちいちばんだいじなものは自分自身なのだと思いはじめました。

「わたしは、宝なのだよ。なにものよりもえらい、なにものよりもだいじな宝なのだよ」

尊大な態度をとっても、それはしかたのないこと。あたりまえのことなのだと思ってしまいました。


ある日のこと、庭に面した縁側の障子がほんの少し開いていました。

壺が暗い部屋のすきまから外をながめると、陽光に輝く世界がありました。


そよ吹く風に、木々はさざめき、花々は踊り、小鳥が笑い、それは楽しげな様子でした。

そして、いっせいに歌をうたいはじめたのです。

小鳥は歌いました。

「木はだいじ わたしに木の実をあたえてくれる」

木は歌いました。

「花はだいじ 実を結びわたしの種を作ってくれる」

花は歌いました。

「風はだいじ わたしの花粉をはこんでくれる」

風は歌いました。

「小鳥はだいじ わたしにのって遊んでくれる」

しあわせにあふれた笑い声がひろがってゆきました。

 

そのあいだ、壺はじっと聞いていましたが、いつまでたっても自分のことが歌われませんでした。

とうとうがまんできずに大きな声でどなりました。

「わたしのことは、だいじではないのかい?あんたたちは、いちばんだいじを知らないのだね。」


とつぜんの大きな声にみんなはびっくりして、歌うのをやめました。

「いったいぜんたい、だれがどなったのだろう?」

声のした方向に目を向けながら口々にささやき合いました。

好奇心いっぱいの葉っぱの小坊主が言いました。

「ボクが見てくる。どんなやつか見てくるよ。風さんあそこまで、はこんでよ」


フワリと風にのって木の葉が、壺のいる座敷に舞い込んできました。

葉っぱの小坊主は、うす暗い座敷の一段高いところで偉そうにしている壺を見つけました。

上等の敷物の上に座って小坊主をにらみつけていました。

「ふん。さっきからバカな歌で騒いでいたのはあんたたちだね」

「うるさかったのなら、ごめんなさい。でもボクたち感謝の歌をうたっていたんだよ」

葉っぱの小坊主は、やさしい光の世界で育ったので、偉そうにしている壺がふしぎでしかたありませんでした。

「あんた、だいじという意味わかっているのかい?それはわたしのことなのだよ」

「ちがうよ。だいじはみんないろいろあるんだ。ボクは母さんの木がいちばんだいじさ。ボクは母さんの足下で土にかえる。そして母さんの中へもどってゆくんだ」

「ふん。つまらない一生だね。わたしはずっと生きている。ずっとだいじにされてね」


壺は自分がどんなに尊くあつかわれてきたのかを長々と話し始めました。

「昔、この地をおさめた殿さまに献上されたのがこのわたしさ。りっぱなお城で高い場所からいつもみんなを見わたしていたね。戦がはげしくなって、殿さまは降服のしるしとして敵の大将にわたしを献上したのさ。戦のたびにこういうことがくり返された。わたしが盗まれたとき、その罪で命を落とした人間もいたね。人の命より尊い時代もあったのさ。

 平和な世になり、その時々の時代の最高の額で交換もされた。わたしはどこでもとてもだいじにされたものさ。戦を終えさすことも、人の命より尊いことも、最高に高価なことも、どれをとってもわたしがだいじなことを物語っているだろよ」

 

葉っぱの小坊主には壺の話す内容がよく分かりませんでした。

だれかと比べたり、なにかと交換したりできるものが、だいじだなんて信じられませんでした。


「さあ、とっととお帰り。ここはあんたがいる場所じゃないからね」

いじわるい声で壺は小坊主を追い払いました。

葉っぱの小坊主は、壺にあわれみを感じました。

ひとりぼっちの壺には兄弟も友だちも、だいじな母さんもいない。

感謝の歌もうたえないから、きっとこんないじわるになったのだと思ったからです。

「ボクはあなたが・・・かわいそうだよ」

そう言い残すと風にのって、仲間のもとへもどって行きました。

「このわたしが、か・わ・い・そ・うだって?」

壺はフフンと鼻でわらいました。


それから壺は高値で交換されて、持ち主が変わりました。

こんどの持ち主は壺を桐の箱におさめてしまいました。

「万が一こわれでもしたら大損だ。誰にも触れさせずこそっりしまって置くにかぎる。」

持ち主は座敷よりもっと暗い蔵の中へ、壺をしまい込んでしまいました。


暗い蔵の、そのまた暗い箱の中で、壺はどのくらい閉じこめられていたのでしょう。

時おり、小声で話す声が聞こえてきました。

「この中は、時が少しも動きはせぬのう」

「まったくじゃ。われらの存在とはいかなるものぞ」

「貴重な宝と誰かが言った。宝として生まれてきたわけではあるまいに」


蔵の中の高価な古物たちの声でした。

陽光の中で笑うように歌っていた、葉っぱの小坊主らとはまったく異なる、低く暗い声でした。

「お前さまがたは、覚えておられるか?ご自身の生まれた瞬間を」

「なにぶん、長い年月を隔てもうしたゆえ、思い出すこともかなわぬ」

「誰かの手により生まれたことは確かなれど・・・。創造主は確かにおられた」

「そうじゃ。創造主は確かにおられた」


壺は蔵の住人たちの話を聞きながら思いました。

「ふん。そんなこと、創造主が誰かなど、どうでもいいこと。わたしそのものが、尊い者なのだから」

 

そうして年月がたち、壺の持ち主がまた変わりました。

こんどの持ち主は箱に閉まったりせずに、以前そうであったように床の間へ飾ってくれました。

ひとり暮らしのおばあさんが、持ち主のようです。

そっと壺をなでながらおばあさんは、誰に話すでもなくつぶやきました。

「これはわたしが子供の頃、家にあった壺。私の母もこうして壺をなでていたわね。

もう一度おまえにあえてうれしいよ」


そうです。何十年ぶりにもといた屋敷へ帰っていたのでした。

庭のようすにも見覚えがありました。

「ああ。あの生意気な葉っぱの坊主のいる屋敷だね。あの子はわたしのことを、かわいそうだなんて言ったっけね」

庭の木はいちだんと大きくたくましくなっていました。風が吹きさざめきがこぼれています。

小鳥は歌いました。

「木はだいじ わたしに木の実をあたえてくれる」

木は歌いました。

「花はだいじ 実を結びわたしの種を作ってくれる」

花は歌いました。

「風はだいじ わたしの花粉をはこんでくれる」

風は歌いました。

「小鳥はだいじ わたしにのって遊んでくれる」

 

「ふん、あいかわらず、のんきな歌を歌って過ごしているんだね」

壺はせせら笑いました。


持ち主のおばあさんには、小さな孫の男の子がありました。

遊びにきた男の子は座敷の壺にいたずらをしてはならないと、きびしく言われていましたので行儀良く壺をながめていました。

「とっても、高いりっぱな壺さん。だいじなお宝なんだってね」

壺はちょっといい気分でした。やはり誰かにだいじと言われるのは気持ちがいいものですから。

ところが、男の子は壺の横に変なものを並べました。

男の子が幼稚園で作ってきた粘土のかたまりでした。

男の子にはなにか意味ある形なのでしょうが、それはずいぶんヘンテコな形をしていました。

「ボクのだいじな宝ものはこれ。いっしょに置いておくの」

男の子が座敷を出て行ってから、壺はあからさまに嫌な声でわめきたてました。

「まったく、どういうこと。あんたみたいなヘンテコなものと並べられるとは・・・。時代も変わったものさね。おおー、きたならしい」

そう言ってプイと横を向いてからは口をいっさいききませんでした。

小さなヘンテコ粘土細工は、さらに身を縮めながら固まっていました。


その時、庭先から楽しげな歌が聞こえてきました。あの、だいじの歌です。

思わずヘンテコ粘土細工も口ずさみました。

「だいじ、だいじ、ボクのだいじは男の子。小さなおててで作ってくれた」

「ふん。うるさい歌を歌うんじゃないよ。だいじ、だいじ・・・だなんて、まったく自分以外だいじなものがあるものか」

「そんなことないよ。だいじはみんな持っているよ。あなたは見失ってしまっただけなんだ。さがしてみてよ」

壺は前にもこんなふうな会話をしたことを思い出していました。

あれは、小さな葉っぱの小坊主。だいじはみんないろいろあるんだと言っていた。

ヘンテコ粘土細工は生まれたままの、素直な心を持っていました。

壺の心は素直さとひきかえに多くの知識を持ったけれども、失ったもののあることに、まだ気がつかないでいました。


ある日、座敷のとなりの仏間で男の子がかけずりまわっていました。

仏間にはお灯明が灯してあり、カタンとたおれる物音がしました。

しばらくすると、黒い煙がたちこめ、襖の間から細くたなびき始めました。

こちらの部屋に移って来ている男の子には、そのことはまだわかりません。

壺の前で無邪気にミニカーを動かして遊んでいます。

遠くで悲鳴が聞こえ、火事だと騒ぎだしました。火の手は思ったよりも速いスピードで屋敷を囲んだのです。

男の子はメラメラと音を立ててひろがる炎に、足がすくみ一歩も進めなくなりました。

こわいと泣き叫びふるえているばかり。

その時、屋敷の主のおばあさんが飛び込んできて男の子の手を引っ張りあげました。

とっさに男の子はそばの粘土をつかんでその場を逃げ延びました。


「待って。わたしも連れて逃げてよ」

壺は叫んでみたけれど、もう誰も引き返してはこなかったのです。

「わたしはだいじな宝じゃなかったのか。おばあさんの宝は男の子だった。男の子の宝はあの不細工な粘土・・・。わたしはだいじじゃなかったのだろうか」


迫りくる炎の中で、壺はふっと想い出していました。自分自身が創り出された頃のこと。

「わたしはかって、炎の熱で焼かれて生まれた」

どこか、甘くせつない感覚の中で鮮明に描き出すことのできた想い出。

「ああ、そうだ。焼き物師の大きな手でわたしは創られた。山からけずられた土をこねて創られた。なんども形を整えられて、焼き物師の熱い心で生まれたのだ」

自分に触れ、指でやさしくなぞられた感触がよみがえってきていました。

焼き物師は口ずさんでいた。

「りっぱな壺になっておくれ。土から生まれいで、やがて土にかえるであろう」


「ああ、そうなのだ。形あるもの、命あるものは、すべて時を経てかえるべき道が用意されているのだ。永遠に生きるとは、時の中でくりかえされる命の反復。土から生まれたわたしは、やがては土にかえる運命」


「だいじはみんないろいろあるんだ。ボクは母さんの木がいちばんだいじさ。ボクは母さんの足下で土にかえる。そして母さんの中へもどってゆくんだ」


「木はだいじ わたしに木の実をあたえてくれる」

「花はだいじ 実を結びわたしの種を作ってくれる」

「風はだいじ わたしの花粉をはこんでくれる」

「小鳥はだいじ わたしにのって遊んでくれる」

「だいじ、だいじ、ボクのだいじは男の子。小さなおててで作ってくれた」


だいじなものは、形あるものではないのだ。自然の力への思いこそがいちばんだいじなもの。

それは自然の万物の中でつねに息づいているもの。

 

燃えさかる炎の中で壺は歌っていました。

「だいじ、だいじ、だいじなもの。わたしは土から生まれた。生まれて消えて大地にかえる。大地はだいじ」

 

火事は燃えひろがる前に消し止められました。

しかし、壺の置かれたあたりは黒く燃えきり、なにも残されてはいませんでした。



《おわり》 






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