七番の少年 B
宮前家の担当は脇の市さんと興三郎(屋号)の寛ちゃん(十番)と一緒だった。
初日は、稲刈りを始めて2時間ほどで農家が用意してくれた昼食である。
沢庵と握り飯の簡単な弁当だが
市さんが冷めた番茶で米粒を胃袋に流し込みながら言った。
「喜一も寛治もいいな、4日目の1畝(せ:一反の10分の1)か2畝を残して
3日間で全部刈るぞ。4日目は30分で終わるようにな。」
きついことを言われて寛治は浮かぬ顔をしているが
喜一はにこにこしながら急ぐように握り飯を頬ばった。
市さんにせかされて弁当もそこそこに仕事に精出す2人だった。
勿論、市さんも。
3人は、2日目も3日目も「他の班の連中は寝ているだろう」暗いうちに起き出して
昼食もそこそこに暗くなるまで
いいえ、暗くなってもまだまだ頑張ったから
3日目を終えたら「なんと!」残りは2畝を残すばかりであった。
喜一たち3人は4日目の朝はさすがにゆっくり起き出して
日が昇ってものんびりと朝食なんぞを取ったのち
筆頭の安藤さんの班や梅さんの班、それにわざわざ遠回りして
円蔵さんの班たちの働く田んぼの横の
農道を稲刈り鎌片手に眠そうにぞろぞろ歩いて
担当の宮前家の村はずれにある稲の残った田んぼへと向かったのであった。
筆頭の安藤さんは見かねて市さんたちに声を掛けた。
「おい、おい、だいじょうぶかい。明日は休みで
皆で名古屋に繰り出すんだから、今日中に仕上げろよ。
もっとも、こちトラは4時前には仕上げるから手伝いに行ってやるよ。
だから頑張るんだよ。」と、優しい筆頭である。
優しくもあるが、これは筆頭の楽しみから出た言葉でもある。
筆頭になってからの安藤さんは、この稲刈り応援では
皆より早く仕事を終えて
他班に加勢に行くのを無上の楽しみにしているというわけだ。
遅れている他班に加勢に行って言うセリフは決まっていて
畦道に腰掛けながら大きな声で
「手伝おうか?梅さん。これじゃ今日中には終わらないよ。
宴会も梅さんたち抜きじゃ面白くないしなぁ。
ねぇ、ねぇ、手伝わしてよう!
手伝った、手伝った、なんて1年間言わないからな。」
これはウソだ。梅さんたちは1年間筆頭たちに
からかわれ続ける羽目になる。
ここでいう宴会とは、稲刈りを手伝って貰った四軒の農家から
『宿』(当番)を出し、4日目の夕食は団全員参加のおおご馳走の
酒も出るご苦労様大宴会となるのだ。
苦労の後の楽しみなイベントなのです。
当然『宿』以外の農家からも費用の分担の他、女性達もお手伝いに来る。
若い娘も来るわけで、時には縁談に発展することもあるが
そうなれば、青年団ともお別れではある。
さて、市さんの四日目の不可解な行動も少しは読めてきた。
自分達の担当の田へ行くのにわざわざ遠回りまでしたのは
稲刈りの進捗状況の偵察で
筆頭の楽しみを奪うばかりか
市さん以外の班に「手伝おうか?」攻撃をするためと
他班に油断させるための陽動作戦である。
案の定、残り2畝の稲刈りをそそくさと済ませた
市さん、喜一、寛ちゃんの3人は
昼食前には筆頭のいる田んぼに顔を出した。
驚く筆頭を尻目に市さんは
畦道に「よっこらしょ」と腰掛けて大声で叫んだ
「まだ終わってないの?おっそいなぁ。
手伝ってやろうか?
俺達、宴会まで暇だから手伝うよ。
手伝ってやったなんて1年間決して言わないよぉ。」
市さんが、今はにやにやしている寛ちゃんと大声で笑う喜一を促した。
稲刈り鎌を持った3人は
「あちゃー」
嘆く筆頭のいる黄金色に輝く稲のたわわと実る田へと入っていった。
空は勿論雲ひとつ無い秋の青空だった。
つづく…