浪花教会について

日本基督教団 
浪花教会

浪花教会は、1877年に設立されたプロテスタント(新教)の教会のひとつです。現在は1941年に合同した「日本基督教団(にほんきりすときょうだん)」に属しています。日本基督教団と関係する学校は関西では、同志社、同志社女子、関西学院、神戸女学院、大阪女学院、梅花学園、清教学園などです。

初代牧師「澤山保羅」について

1877年1月20日に松村診療所で澤山保羅(さわやまぽうろ)と11人の信徒が浪花公会を設立しました。その当時は教会ではなく、公会という言葉が用いられていました。当日、新島襄牧師などが出席し、日本で最初の按手礼(牧師になる儀式)が澤山保羅に対して行われました。
初代牧師の澤山保羅(幼名:馬之進)は、1852年に長州吉敷(現・山口市吉敷)に生まれました。英語を学ぶために神戸に出て、宣教師のダニエル・クロスビー・グリーン(DCグリーン)と出会います。1872年にアメリカのイリノイ州にあるノースウエスタン大学予科に留学し、パッカード牧師に神学を学び、11月、エバンストン第一組合教会で洗礼を受けキリスト者としての歩みを始めました。1876年に帰国し、松村診療所で通訳として働きながら、キリスト教伝道の準備をしました。そして、日本で最初の海外からの援助を受けない「自給」教会が誕生しました。
教会設立の翌年1878年、成瀬仁蔵らと梅花女学校を設立しました。梅本町公会と浪花公会の信徒の支えによって出来た学校ですので、「梅花」という名前になりました。教会も学校も、海外の教会からの援助なしに、教会の信徒によって創立する、ということに重きが置かれました。現在もその精神は受け継がれています。その他、1879年には、天満教会、その後も大和郡山教会、岸和田教会、また大阪YMCA(大阪基督教青年会)の前身である浪花基督教青年会、日本伝道会社の設立に情熱を傾けました。しかし1887年3月27日に肺結核のために34歳の生涯を閉じました。葬儀は土佐堀の大阪基督教青年会館で行われ、DCグリーンと新島襄が告別の説教を行いました。

浪花教会の建物について

日本基督教団が設立される(1941年)よりも前から、日本組合教会浪花教会は存在しており、会衆主義、組合教会の伝統を持っています。特徴は、牧師がリーダーシップを発揮するのではなく、教会員が教会を形成することです。
現在の建物は、1930年に近江兄弟社の創立者で、アメリカ人建築家のウィリアム・メレル・ヴォーリズが指導し、竹中工務店が設計・施工したものです。ステンドグラスを通して柔らかな光があふれる礼拝堂です。

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