「はい、風邪ね」

医務室での診断は絶対命令だ。
どんなに私が平気だと言っても安静の2文字が出てきた瞬間に反論は全て却下される。
それが嫌なら医務室に来なければいいじゃないか、そんな言葉が聞こえてきそうだが、ここで弁論するならば、私は自らの意志でここへ来たのではない。
私の後ろに立つシゲルに半ば強引に連れて来られたのだ。いつもよりほんの少しぼんやりしていただけなのに、彼は私を無理矢理に医務室へ連れて来た。
そして今は私を後ろから押して自室へ向かわせている。

「まったく、体調管理は怠らないように言われているじゃないか」

咎めるような口調に腹が立ち、無言の返事を返した。するとますます怒ったような声が後ろから飛んで来る。

、頑張りすぎて体調崩したら、頑張った意味がなくなるんだぞ」

言われなくても分かっている。毎日遅くまで仕事していた私が全て悪い。
でも、それをはっきりと言わなくてもいいじゃない。自分で分かってるんだから。
シゲルって、ひどい。
部屋まで着くと、私はシゲルを無視して部屋に入った。
子供みたいに拗ねているのは自分で、大人のように諭しているのがシゲル。そうだと頭で分かっていても、無性に腹が立つ。
部屋の外から声を掛けられたけど、それを無視してベッドに潜り込んだ。

 

 

眠るつもりなんてなかったのに、いつの間にか眠っていたらしい。
目を覚ますともう夕方だった。重たい体を起こし医務室でもらった薬を飲むことにした。
けれど薬が見当たらない。
どこにやったのか思い返し、先ほどシゲルが私を呼んだ理由に気付いた。
ガウンを羽織ってシゲルの部屋へ向かった。薬は今彼が持っている。それを受け取ってとっとと帰ろう。
ところが部屋に行ったが彼は不在だった。
仕方ないまた後で出直そう、そう思って部屋に戻ると彼がいた。

!」

シゲルは私を見つけ声を掛けた。手には薬の入った袋とお盆が握られている。

「風邪でも何か食べると思って……」
「……で、リンゴ?」

お粥かなと思いきや、お盆の上にはリンゴが一つ乗っていた。包丁もあるから彼が切ってくれるのだろうか。

「ほら早く入って」

促され部屋に入った私はベッドに腰掛け、リンゴを切るシゲルを眺めることにした。
しかし。

「…案外不器用だね」
「………」

リンゴなんて切ったことがないのだろう。覚束ない手つきを見ればすぐに分かった。
それにしても見ていてヒヤヒヤする。
私も得意ではないがシゲルよりは何倍もマシだろう。

「もう、かして」

リンゴと包丁を受け取り、自分で切ることにした。
そんな私をシゲルはじっと見つめてくる。見られていると緊張するじゃないか。

「な、何?」
「ああ、何だか姉さんのことを思い出したんだ」

その一言で手が止まる。
少なからず私は彼に好意を抱いている。見た目だけでなく、内面にも惹かれている。
そして彼も私のことを気に入っていると勝手に思っていた。恋愛感情とまでは分からないが、私を好きなんだと思ってた。
だから、彼の姉さん発言には戸惑った。
私は私を見て欲しいのに、彼は私に姉の姿を見出だしていたなんて。
そう思うと無性に腹が立った。

も器用―」
「私自分で切ってるから、シゲルはさっさと出てけー!」

 

リンゴの想い

 

部屋を追い出されたシゲルは、大切な人の機嫌を損ねた理由も分からず、ただ首を傾げるしかなかった。

 

 

誰かと比べられた方はたまらない。やっぱり詰めの甘いシゲルさん。