ラジオからはポケモンミュージックが流れていた。
音色に誘われ草むらから飛び出したポケモンたちをシゲル君は慣れた手つきで捕まえる。倒すでもなく捕まえるでもなく、彼は丁寧にポケモンを様子を調べると木の実を1つ渡して離してやった。
何回もそれは行われ、白紙だった用紙はあっという間に文字で埋め尽くされた。

彼がまとめるレポートは多くの研究員に好評だった。細部にまで手を抜かず、徹底的に調べるあげられたレポートは幾度となく重宝された。
彼はいつだって期限に余裕もって提出していた。
そんな彼に、他の研究員は「さすがオーキド博士のお孫さんだ」と感心するばかりで、隠しきれない目の下のクマにも気づかない。
身を粉にして働くシゲル君はしかし、息抜きをしっかり取っていた。
私は、彼が美人の研究員と一緒にお茶をしているのを度々見かけた。
その時の彼は楽しそうな顔をしていて、疲れも吹っ飛んでいるように見えた。私と一緒の時には見せない顔だ。
だから私は、彼のそんな顔を見ないようにシゲル君ががカフェへ行くであろう時間には近寄らないようにしていた。

 

、手伝おうか?」

彼から少し離れた場所で、私もポケモンの調査をしていた。
気づいたらシゲル君を目で追っていたから調査は殆ど進んでいない。それを見兼ねたのだろう、シゲル君が私に声を掛けてきた。

「大丈夫です」

親切な言葉だったにも関わらず、顔を逸らして無下に返事する。彼の困った顔を見ないようにして、調査を続ける。
私があまりにも彼を無視するもんだから、諦めたのだろう。
ため息の後、立ち去る足音が聞こえた。

シゲル君は誰も気づかれずに努力するだけでなく、喜んで人に手を貸す人だった。
だから女性研究員の中にはわざと彼の前で困った風を装う人もいる。
そんな人に対しても、彼は嫌な顔一つせず手伝うのだ。
彼は優しいのだ。
そもそも今日の調査だって本当は私一人でする予定だった。それなのに出掛ける時に彼に声を掛けられて手伝ってもらうことになったのだ。
勿論、充分一人で出来ることだから遠慮はした。
それでも彼は半ば無理矢理ついて来たのだ。そして私より何倍も要領よく調査を終わらせた。

側に寄って来るポケモンを抱え、調査を進める。この辺りのポケモンはどうしてこんなに人なつっこいだろうなんて考えていたら、頬に冷たいものが当たった。

「ひぇっ」
間抜けな声に驚いてポケモン達が逃げる。

「そろそろ息抜きが必要だろ?」
私の背後で缶コーヒー片手に、シゲル君が笑っていた。

「私はまだ、」
は頑張りすぎなんだよ」

私の言葉なんてまるで無視して隣に座る。草いきれが鼻をくすぐった。

「ほら」

手渡されたのは先程の缶コーヒーではなくミックスオレだった。
きょとんとしていたら「君はこっちの方が好きだろ?」シゲル君がくすりと笑った。
ミックスオレを受け取り、それを一口飲み込む。
甘い味に嫌になる。
いつもなら甘いものを口にすれば幸せな気持ちになる。でも隣に彼が座る今、そんな気持ちになんてなれるはずがなかった。

「今日はちっとも笑わないね」
嫌われてるのかな。苦笑しながら彼は言う。

嫌いではない。
でも一緒にいるのが辛い。何故だかたまらなく逃げ出したい。
今だって、すぐにでも立ち上がってこの場を去りたかった。緊張して呼吸の仕方すら忘れてしまいそうだった。

「それに最近、僕を避けているし」
「そんなつもりは、」
「じゃあどうして毎日僕は君の特等席に座れるんだろうね?」

それは私の行きつけのカフェのことだった。外の景色がよく見える席、そこは私のお気に入りの席だった。

「そ、それは・・・・・・」
それは彼がカフェにいるから、なんてどうして言えよう。

「この調査が終わったら、カフェに行かないかい?」

彼は誰にだって優しい。
美人でもなくスタイルも良くない私にも声を掛けてくれる。勘違いするつもりはないのに、それでも期待してしまう。

「私より美人な人は沢山いますよ」

勘違いしないために、彼のそれは社交辞令なんだと言い聞かせる。本当はもっと美人がいいに決まってるじゃないか。
ちらりと彼を見ると、わずかに困った顔をしている。
ほうら、あなたの言葉はやっぱり社交辞令だった。

「あのさ、

その声は何故だか怒っているように聞こえる。
図星だったから怒っているのだろうか。

「僕が誰かを誘うのは、、君が初めてなんだよ」

頬を染めたシゲル君は私の調査用紙をひったくると、背中を向けて調査を始める。
私が彼の言葉を理解した時には、残っていた調査は彼が終わらせていた。

 

昼下がりのづき

 

もう訳が分からなくて、今すぐ逃げ出したい。

 

きっと彼は、最後の詰めが甘くて素直になってしまうと思うんだ。