わたしは今、自然公園のベンチで膝にエネコを乗せて時計を見上げていた。
わたしが到着してから、長針はすでに1回転していた。それでもわたしは何をするでもなく、膝の上で気持ち良く眠るエネコを撫でながら座っていた。
約束の時間なんて、とうに過ぎていた。


 



エネコがもぞもぞと動き出した。眠そうな顔でわたしを見つめ、それから何かを見つけて膝から飛び降りた。
エネコが向かった先にはニャースがいた。ニャースのトレーナーは見当たらない。まぁ、いい。わたしはポケギアの電源を入れた。
液晶画面をじっと見つめ、何か起こらないかしらと期待して3秒、鞄の中にそれを戻した。わたしのそれが鳴ることなんて、有り得ない。
エネコがニャースをつれてわたしの元に戻ってきた。人懐こいニャースを撫でてやると嬉しそうに喉を鳴らすこのポケモンは、見ていて心が和んだ。

「4時になったら帰るから、それまでは遊んでおいで」

エネコが一声鳴いてニャースと共に草むらに飛び込んで姿を消した。
ひとりになったわたしは無駄だと分かりながらポケギアをもう一度取り出した。
すると、

「着信だ……」

マナーモードだったから気付かなかったけれど、わたしがニャースを撫でている間にアイツが電話を掛けていた。珍しいな、なんて番号を眺めているとポケギアが震えた。

「………もしもし」

賑やかな音を背景に、その声は聞こえてきた。
アイツは遅刻を悪びれる様子もなく、ただの雑談をぺらぺらと喋った。わたしも、約束のことには触れずに会話を続けた。
そして、

《もしかしてまだ公園にいんのかよ》
「まさか、もう帰ったよ」
《あ、そ》

電話を切って時計を見るがまだ4時まで15分ほどあった。わたしは立ち上がってエネコを探した。
エネコは先ほどのニャースとじゃれていた。わたしが近寄っても遊びに夢中でまったく気がつかない。

「エネコー」
「あのエネコ、君のポケモンなのかい?」

気付いたら隣に男の人が立っていた。優しそうな顔のその彼はニャースを呼ぶと撫でてやった。彼がニャースのトレーナーなのだろう。

「先週も来てたよね」

僕はマツバ、よろしく。差し出された右手を握り返すとマツバの顔に笑顔が咲いた。
あいつなんかより、こういう人を好きになれば悲しい夜なんて過ごさないんだろうな。
わたしも自己紹介を済ましてたわいもない話をした。ウィットに富んだ彼との会話はとても楽しかった。それでも、

「来週は来ると思うよ、さんのお友達」

やっぱりわたしはアイツを忘れることは出来ない。

「このニャース、怪我をして保護していたんだけど、さんに引き取って貰えないだろうか」
「えっ、」

エネコが楽しそうにニャースと遊んでいる姿を見ると、無理に引き離すのも可哀相だと思った。引き取らない理由もなかったのでマツバの頼みを快く承諾した。

「来週、今みたいにこの2匹を遊ばせてみたらいい。きっと、お友達は来る」

妙に説得力のある言葉に、わたしはつい頷きそうになる。けれどアイツは来ない。そんな核心があった。

「きっと来ませんよ」
「少なくとも、この僕は来週も来るよ」

その時見たマツバの照れた笑顔がとても印象的で、アイツを待つ自分から抜け出せそうな感じがした。

「じゃあ、来週はコガネでお茶でもしましょうか」

家に帰ったらアイツに電話しよう、もう都合の良い女は辞める、と。