私はポケギアを前に正座してその時を待っていた。
早く時間になれ、時間なんて止まってしまえ。相対する感情に混乱しながらも私はじっと固まっていた。
もうすぐ、もうすぐ電話が掛かってくる。あの忙しいマツバさんが、昨日に続けて今日も電話を掛けてくる。
昨日は眠気を優先して話せなかったから、今日はたっぷり話すんだ。
でも、私には通話ボタンを押す勇気がない。電話したいのに、電話出来ない。
だから約束の時間を待つ心は乱れていた。
その時、ポケギアがけたたましく鳴った。
分かっていたくせに、それでも私はぎょっとして体を震わせた。
早く、早く電話に出なきゃ。
でも、何を話せば良いんだろう、どんな話だったらマツバさんは喜んでくれるだろう。もしつまらないと思われたらどうしよう。
ボタンを押せずにオロオロとしていると、突然ポケギアが静かになった。
「……あ、」
間抜けな声が漏れた。
いつまで経っても私が出ないから、留守録になってしまった。
慌ててポケギアを手に取るけれど時間は元に戻らない。
もう、勇気がないなんて言ってる場合じゃない。一刻も早くかけ直さなければ。
慣れた手つきでマツバさんの電話番号を出す。あとは発信ボタンを押すだけ。勇気云々言ってる暇はない。
ちっぽけな勇気でがむしゃらにボタンを押した。
コール音が何回か響き、それが消えた。
「マ、ツバさん…ですか」
《あぁ、こんばんはちゃん》
いつもの、優しい声がポケギア越しに届いた。
電話に出なかったから怒っているのでは、と不安を少し抱えていたけれど、そんなこと全然なかった。
ほっとして、けれど大好きなマツバさんと話していることにドキドキと緊張していた。
「昨日は、寝ちゃってて、だから電話出れなくて…」
《うん、そうだと思ってた。こんな遅い時間に掛ける僕も悪いね》
「マツバさんは忙しいから、仕方ないですよ!」
《ありがと、ちゃん》
まるで心地良い音楽のようにマツバさんの声が耳に届く。
会えないことは淋しいけど、こうやって電話出来るだけで幸せだった。とは言っても電話だけでは淋しさは埋まらなくて、こうしてる今も胸がきゅっ、と苦しい。
「電話……」
《何だい?》
「久しぶり、ですね」
ずっとずっと、待っていたのに私の口からはちっとも可愛くない言葉しか出てこない。
こんな捻くれていたらいつか愛想尽かされるのに、素直じゃない私は素直になれない。
《そう、だね。ちゃんは淋しがり屋なのに、僕はちっとも電話出来なかった》
そんな事を言わせたいんじゃない。私はただ、普通にマツバさんとお話したいだけなのに。
《だから、今頃ちゃんがその可愛らしい瞳に涙を溜めているんじゃないかと心配なんだ。
それにきっと、僕の》
《声、聞きたいと思って。僕もちゃんの声が聞きたくなっているし。
だから、こうやって電話をしてくれることが、とっても幸せだよ》
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