「何しているのです」
「あっ、ランス様!」
こんな夜遅くにこんな場所に誰かが来るなんて思ってもいなかった。
私は慌てて出しっぱなしの本を書庫に戻す。するとランス様はこつこつとこちらに近寄り、冷たい目で私を見下ろしていた。
ああ、質問に答えてないからだ。
「調べ物を……」
ランス様は虫けらを見るような目で私を見ていた。
きっと彼にとって私の存在はその程度なんだろう。私はランス様の部下ではないし、そもそもロケット団員でもない。
「ここは立入禁止ですが」
この書庫にはロケット団の歴史が仕舞われている。任務の報告書や実験結果など、中には残虐すぎる内容もあるが興味深いものも多い。
きっとランス様は一度も読んでないに違いない。いや、彼だけでなく、殆どの団員はこの書庫の存在すら知らないだろう。
もしこの書庫全てを読んだ人がいるとすれば、アポロ様だろう。アポロ様なら内容もしっかり覚えているんだろう。
「それに、貴女は仕事を与えられていたでしょう」
「ああ、終わらせましたよ」
「……だとしても!」
「アポロ様から許可は頂いています」
どうしてか、ランス様は私を嫌っている。理由は何となく分からないでもない。けれど、私はあえて気付かない振りをする。
彼は自分より優秀な女が嫌いなのだ。アテナ様のことは認めているようだが、それ以外は許せないのだ。
「ランス様、これを」
「何ですかこれは」
「例の薬です。まだ試作段階ですが効力は充分とのことです」
何の薬なのか、作った本人ではないから私は知らない。
ここの研究員からランス様に渡すよう言われていたのだ。どうせポケモンを捕まえるための薬だろう。そんなもの使わなくとも私の特製ボールを使えば楽に捕まるというのに。
「………、貴女はこの中身を知らないのですか」
「薬品は疎いもので」
「そうですか」
ランス様はにやりと不気味に笑うと薬品の蓋を開け、中身を私にぶちまけた。
研究者は普段体を動かすことがない。だから私は逃げることもできず薬品を浴びてしまった。
その途端、体の自由が奪われ床に倒れ込んだ。ああ、どうせなら中身を聞いておけばよかった。
「確かに、効力は充分ですね」
「くっ……」
立ち上がろうにも体に力が入らない。そんな私の頭をランス様が踏み付ける。
「そうやって大人しくしていなさい。私に逆らうことは許しません」
ああ、この人は。
「私は貴方の部下ではありません、から」
腹部に鈍痛が走る。
ランス様が私を蹴り飛ばしたのだ。
女性に手を出すなんて紳士じゃないわ。呻き声を何とか抑え、きっ、とランス様を睨み付ける。
そして僅かに動く指でポケットのボールに触れる。開閉スイッチを手探りで探しながら、その目はランス様を油断なく見ていた。
すると、ランス様は私を転がして仰向けにし、悪魔のような意地の悪い笑みを浮かべた。
彼の手には薬品の入っていたガラスの小瓶が握られている。まさか、彼の思惑に気付いた時には小瓶は彼の手を離れ、私の顔目掛けて落下していた。
早くしないと。焦りながら必死に開閉スイッチを探る。そして。
「テレポート!」
ケーシィを使ってその場から逃げ出した。
パリン、小瓶の割れる音が書庫に響く。
「どうして」
ランスが呟く。
「どうして貴女は私の物になろうとしないんでしょう」
貴女がアポロの名前を出すのが許さない。
貴女がアポロと深い仲であることも許さない。
だから私は決めたのです。
「貴女が手に入らないなら、消してしまおう」
決心を口に出し、ランスも書庫を去った。 |