私の最近の趣味は一人酒ですと誰かに言ったことがあった。
それをどこで聞き付けたのだろう、仕事終わりの私をランスさんが捕まえた。一緒に呑もう、と言われたのだ。嬉しい反面、あまり乗り気になれなかった。
それでも折角誘われたのだから、とついて行くと思わぬ人たちも一緒だった。私の隣に座るのは幹部のアテナさん、前には同じ幹部のラムダさん、そしてランスさんだ。
ランスさんだけならまだしも、アテナさんとラムダさんもいるなんて。と不安に思ったが、いざ呑み始めるとこれが楽しい時間になった。
ワインを呑むアテナさんはとても絵になっていて、調子良くグラスを空けるラムダさんも喋っているととても楽しい。
直属の部下でなかったからよく知らなかったけれど、この2人はとても魅力ある人たちだった。
それに比べて自分の上司はと言うと、散々な有様だった。
「ランスさんって、お酒弱いんですね」
ぐったりとテーブルに倒れ込んでいるランスさんに、冷酷さはちっとも感じられない。
この姿を見たら、彼を恐れている部下は間違いなく拍子抜けするに違いない。
「がっかりしたの?」
「なんて言うか、彼も人の子なんですね」
「ぶっ、面白いこと言うなぁ嬢ちゃん」
アテナさんもラムダさんも潰れているランスさんを完璧に無視して呑んでいる。きっと、いつもこんな状態なんだろう。
「こいつと呑むのは初めてなのか」
「お酒に強い女の子って、可愛くないですから」
「そうかぁ?俺様は一緒に呑めるから嬉しいけどな」
「ランス相手じゃ楽しくないでしょ。
それにしても強いわねぇ」
「そうそう、顔もちっとも赤くならねぇ。すごいな嬢ちゃん」
別段、すごいことじゃあない。単にそれは性質であって、自分で努力した結果でも何でもない。
むしろ少しぐらい顔が赤くなって欲しいと思っているくらいだ。
「男性の方が先に赤くなるのを見るって……辛いですよ」
ちら、とラムダさんを見る。真っ赤な顔が羨ましい。アテナさんもほんのりと頬を赤らめている。
そんな2人がずるいとさえ思う。
「でも、そのお陰で食われることはないでしょ」
「それは、否定しませんね」
「ちいとばかし俺様狙ってたりしたんだけどなぁ」
ケラケラ笑うラムダさんだが、その瞳はまだ諦めていない見えるのは気のせいだろうか。
私の斜め向かいに座るランスさんは相変わらず死んでいる。
何もせず寝ているなんて、ちっとも彼らしくない。酔ったら迷惑なくらい酷く暴れる思っていたから少々つまらない。
それよりも、私より先に潰れるならペースを考えて呑めばいいじゃない。それなのにいの一番で潰れるなんて、愚かにも程がある。
いつもの明晰な頭脳はどうしたんだ。
「ところで、」
アテナさんが私の腕をがっしり掴む。
「この男のどこが良いわけ?」
「それ、俺も興味あるぜ」
ラムダさんもニヤニヤと笑っている。
「どこって……あの、そもそもランスさまは私の上司で―」
「ネタは上がってんのよ」
「ランスが誰かを呑みに誘うなんて初めてだからな」
バカじゃないか、この男は。
この関係は―とは言ってもあまり進んだものではないが―秘密裏にすべきだと自分から言ったくせに。
「で?」
「……強いて言うなら、」
アテナさんもラムダさんも興味津々だ。
「かお」
2人ともぽかんとしている。
が、次の瞬間ゲラゲラと笑い出した。
真面目に答えるなんて恥ずかしいからごまかしたのだけど、本気で答えなくて良かった。今みたいに笑われたら相当なダメージを喰らってしまう。
「嬢ちゃん、素直だな!」
「確かに黙っていたら綺麗な顔だもんねぇ」
アテナさんはちらりとランスさんを見る。
彼は何だか先程より顔色が悪くなってはいないだろうか。そろそろ構ってやるべきか。
「じゃ、この子よろしく」
「そうだな。連れて帰ってくれ」
「あの、私……女ですけど」
「しょうがないじゃない」
「我慢してやれや」
ランスさんは目を覚ましたようで、うつろな瞳と目が合った。
弱々しいそれは、艶めかしさすら感じる。
「あ、そうそう」
アテナさんがカバンから何かを取り出し、手渡される。
「これ、用意してないでしょ?」
手渡されたのはゴムだ。
意味が分からず―それより何でこの人はそれを持ち歩いているんだ―きょとんとしていると、アテナさんは肩をすくめ、
「あら、気付いてないの?
今のあなたの目、獲物を狙う獣の目になってるわよ」
鷹の目
「……あいつが惚れた理由、何となく分かるなぁ」
「あれくらい、可愛いものよ」
アテナは残ったワインを飲み干すと、くすりと笑った。
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