ランスさまは冷酷なお方です。
自分にはもちろん厳しく、他人にもとても厳しいお方です。
ですから、任務遂行中の私たちを一般人に見られたと報告を受けた瞬間、そのお顔に鬼が宿りました。
僅かに眉を吊り上げ、私たちを見渡します。
端正な顔立ちはどうしてか笑っていました。このお方は、今から部下を痛め付けることを喜んでいらっしゃるのだ。
「それで、その一般人はどうしたのですか」
私の横に立つ隊長が冷や汗流しながらランスさまの睨みに堪える。けれど足はがくがくと震えていて、口は開くものの声は出せておりません。
するとランスさまは視線を隊長の隣に立つ私へと向ける。
睨まれた人間は、生きた心地がしないと言うけれど、ああ確かに今にも死んでしまいそうな気分です。
「一般人はどうしたのですか」
「捕らえました」
こんな時、男より女の方が度胸があると実感します。
私はランスさまの蛇のような瞳を受け止め、決して小さくない声で答えました。
ランスさまは私から違う方へ視線を動かしました。
「それは今どこに?」
ある団員がそれに答えました。そしてランスさまは捕獲した一般人の所へ向かいました。
ランスさまのような幹部の方が私たち下っ端の任務に同行するなんて普段なら有り得ないことでした。
ただ、ランスさまは気まぐれな方なのでこうして時々任務について来るのです。
と、多くの人はそう思っているでしょう。でもそれは違うのです。
「手持ちのポケモンは始末しなさい」
それは冷酷ではなくむしろ残虐ではないか。そんな事を一度となく考えました。けれどそれは不毛な思考でした。どれだけ考えても答えは見つからないのですから。
私は足元に飛び散る何かの血を避けるようにして、任務を続けた。

、37秒遅いですよ」
「…申し訳ありません、ランスさま」
ランスさまから1時間以内に今日の任務の報告書を持って来いと申し付けられていました。
時間に遅れれば罰せられるのは勿論でしたが、間に合っても罰せられるのも分かっていました。ランスさまはそんなお方です。
「報告書は出来ましたか」
「はい、こちらです」
手渡した瞬間、その上にコーヒーを零される。
「やり直しですね」
笑うこともなく、ランスさまはおっしゃる。
茶色い染みが出来た書類を突き返され、いつものことだと割り切っていても表情に悔しさが出てしまいます。ランスさまはそれを見つけると、至極嬉しそうに口角を上げました。
「これは罰ですよ」
何の、なんてとうの昔に諦めた質問でした。
今日の任務が原因なのでしょうが、聞くことは論理的ではありません。ランスさまが何かしらの感情で罰しているのです。理性でそれを理解など、無意味ではありませんか。
「あなたが悪いのですよ。色目なんぞ使うから」
一体誰に私が色目を使ったと思っているのでしょうか。
意味が分からず返事しなければ、ランスさまは私に蛇のような視線を送ってきました。
「モンスターボールを渡しなさい」
腰に付けている2つのそれをランスさまに渡しました。
するとランスさまは自身のボールからゴルバットを出し、命令します。ただ一言、壊せと。
反射的に手が伸びてそれを掴もうとしました。
けれど私の手が届くより速く、ゴルバットがそれを壊しました。
粉々になったボールには、確かに私のポケモンが入っていました。けれど壊れたボールには彼らの姿はありません。あの子たちがどうなったのか、考えると体が震えました。
「あなたが悪いのですよ」
つつ、と頬を流れる涙をランスさまが拭う。
泣くな、と無言の命令が私に届きます。けれど、彼らとの思い出が溢れるように甦って涙は止まる気配を見せません。
「あなたは、私以外の何者も愛してはならない」
ランスさまはそういうお方でした。
私を監視して、私から愛すべきものを全て奪ってしまいます。
私にとって、ランスさまは憎みこそすれ、愛す対象ではないのです。
それでも。
「愛してますよ、
何もかも失った私へ愛を与えるランスさまを、私は愛してしまっている。

 

理想の

 

 

 

 

あなたの愛があれば、私は何もいらない。

 

世界中のすべての人が敵になっても、あなただけは味方でいてほしい。
そんな思い故、試さずにはいられない。
そんな感じ。