「どうして、どうして笑っているの」
目の前の惨劇に私は吐き気すら覚えてしまうというのに。
堪えきれず顔を背けると、くつくつと笑う声が聞こえた。
耳障りなそれは、私の不快指数をぐんぐん上げていく。そして、私が堪らず声の主を睨むと笑い声は一層大きくなった。
「煩いっ!」
目の前の赤い海はどんどんと足元を侵食する。じりじりと後退りするが、そうするとあの男に近付くことになってしまう。前にも後ろにも動けず、私はどうすることも出来ない。
「貴女はまだ慣れないのですか。
早く慣れてしまいなさい」
男は、ランスは、私の頭を鷲掴みすると殺されたそれの血液に私を近づけた。逃げたくて地面に手を着き顔を背けようと試みるが敵わない。ランスはさらに力を強め私の顔を地面に押し付けようとする。
髪が赤の海へと垂れる。
じわりじわりとそれを吸い上げる髪が汚らわしく思えた。
嫌だ嫌だ嫌だ。
白の手袋も赤く染まり、ぽろりと涙が零れ落ちる。
「これはかつて貴女が愛した男ですよ。どうして顔を歪ませるのですか」
そう、ランスが悪魔のような残虐行為を行ったのは私が心を寄せる男だった。
ロケット団員ではない彼だから、結ばれることなんて夢でしか叶わないことは火を見るよりも明らかだった。だから私は彼を静かに見つめることを楽しみにしていた。たったそれだけ、それだけのことだった。
それなのに、ランスはそれさえも許してくれなかった。
そして今、チャンピオンを目指しバトルに励んでいた彼はどくどくと血を流し息絶えようとしていた。
「助けないのですか」
「もう、間に合わないじゃない……」
「よく分かっていますね」
ランスの力が緩む。その隙に私は距離を取る。血に染まった手袋を脱ぎ捨てる。
「貴女がこの男の未来を奪ったのですよ」
「………な、何言って」
「がこの男に恋しなければこの男は死ぬことはありません」
「それはランスが!」
「貴女には露一つ罪はないとおっしゃるのですか」
ランスが血にまみれたナイフを投げる。それは彼の息の根を止めるように喉に突き刺さった。
「もしもまた、が私以外の男に想いを寄せることがあれば、」
氷のように冷たい瞳が私を見つめる。じわじわと体温が失われるのを感じた。
「これよりも酷いことが起こると覚悟しておきなさい」
呆然と立ち尽くす私の唇に、ランスが指に付いた彼の血を塗り付ける。
涙すら流れない私を見て、目の前の男は満足げに口角を上げた。 |