What he wants is the same she wants.
「久しぶりねー」
「………は、」
突然目の前に現れた見知った姿に、ランスは今の危機的状況もすっかり忘れて呆然としていた。そんな元部下の姿に、元上司のはニヤリと笑みを浮かべる。
「驚いた?」
「あ、当たり前でしょう!」
が突如消えたのはもう何年も前の話であり、ランスは気まぐれだが優秀な上司を忘れるが如く仕事に励んでいた。
彼にとってという存在は、記憶から消すべきものだった。
「今さら、何の用ですか」
「あ、あぁ。ランス君があの少年に負けたか確認しに来たの」
元上司だか関係ない。ランスは目の前の女を今すぐにでも黙らせたかった。
ランスに勝利した少年はアテナたちも倒し、遂にはアポロすら、あの少年に敗れた。そして彼らの夢は実現されることなく此処で終わった。
彼女だって去り際に言っていたというのに、絶対に潰すなと、それなのに何故私の負けを確認しにやって来たのか。ランスはわなわなと震える手を落ち着かせ、を睨み付けた。
「その様子だと、幹部全員負けたって感じね」
満足そうに笑う女に、もう我慢は出来なかった。
の両肩を潰さんばかりの力で掴み掛かって体を壁に打ち付ける。女の力では到底逃げることなど不可能だというのに、それでもに焦る様子はなかった。神経を逆なでされたランスは笑みをたたえたままの女の唇に噛み付いた。
「……ランス君にキスされるとは思ってなかったわ」
相変わらずへらへらとした言葉だったが、ランスは彼女の動揺を見逃さなかった。
「、何の用ですか」
「昔はさん付けだったのに、ひどいなぁ」
「私の質問に答えて下さい。でなければ、此処で貴女を殺すことだって出来るのですから」
脅しが通じる相手ではないことぐらい、元部下のランスは百も承知だった。それでもその言葉を口にしたのは、の答えによっては本当に息の根を止めようと考えていたからだった。
「ロケット団を、潰しに来たの、私」
「なっ……」
思いもかけぬ言葉だった。ランスは耳を疑い、彼女の押さえる手を離していた。
「ランス君もアポロ君も、どうして非情を徹底出来ないのかしら。これだから少年ごときに負けるのよ」
ランスが手を離した一瞬に、はランスを蹴り飛ばして倒れた彼に馬乗りする。
「私はね、ずーっと待ってたのよ?ロケット団が復活して、またかつてのように戻ることを」
そっとランスの唇を撫でる女の指はとても繊細だった。
「でも、君たちは負けた」
感情も何もない瞳がランスに向けられる。
恐れるのではなく、胸が苦しくなるのはどうしてか。ランスは顔を歪めた。
「予想はしてた。あの子、3年前の例の少年と同じだったからね」
「………貴女は、」
「こんなことなら、3年前に復活の夢を潰しておくんだったわ。だって……、」
がぽろりと涙を流す。
この人が、泣いている。ランスは返す言葉を探すことが出来なかった。
しかし。
「………ごめんね?」
ガチャリ、聞こえたのは手錠を掛けられた音だった。
「……は?」
「ああ、私あれから君たちの敵になってたの。だって君たちの動向を探るにはケーサツが1番でしょ?」
「で、でも」
「あぁ、潰すっていうのは本当のこと。何だかね、飽きちゃった、待たされすぎて。それで、ね?」
普段なら、行動の前に充分な思考を取るランスだったが、今だけは別だった。反射的に馬乗りするを押し退け距離を取った。
「あ、あのさランス君」
「さんには悪いですが逃げます」
「誰がケーサツに引き渡すって言った?」
「その手には乗りま―」
「私、君たちの動向が知りたいだけだから、潰す気はあるけど捕まえる気なんて全くないの。あ、ランス君は別ね」
耳を傾けることは愚かだと分かりつつも、無視して逃げることが出来なかった。
「今日まで色々あったんだけど、やっぱり私にはチョコを買ってきてくれる部下が必要でね」
そういえば、から初めて任された仕事はそれだったな。ランスは過去に思いを馳せた。
「で、ランス君どうする?」
「どうするも何も、私に拒否権などないのでしょう?」
「うん」
にっこり笑う彼女にランスはため息を漏らしそうになる。が、それ以上に勝った感情は喜びだった。またこの人と。そう思うだけで胸が弾む。
「もちろん、与える者には与えられるから」
「何を、」
つつい、とがランスの前まで近寄り、背伸びして唇に自身のそれを重ねた。
「たっぷりの愛情を」
(ようやく出会えたあなたを、決して離さない)
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