「パーラさん、お願いがあります」

仕事で慌ただしく動いているパーラを何とか捕まえ少々無理のある願いを頼み込んだ。
許可してもらえるだろうかと少々不安だったけれど、パーラは「それなら」と快い返事をし、私に取っておきの場を教えてくれた。

「ただし、ランス様を心配させないよう、遅くまでいちゃダメよ」
「分かってます」
「本当に?アポロ様とのいざこざの後、大変だったのよ」
「あ、あれはその……」
「別にアタシはアンタを虐めたいわけじゃないから。
 じゃ、ついてきて」

そして私はあの人に秘密でそれを始めることにした。

 

 

 

夕食後、ランスのボールを磨いている時だった。コンコンとドアをノックする音と供にあの人の声が聞こえた。

「ど、どうぞ」

やって来たのはあの人、ランス。手にはライチュウドールが握られている。
あれはヤドンの井戸でパーラが落としてしまったはずだ。それなのに、どうしてランスが持っているのかしら。

「落ちていましたよ、井戸の中に」

私の心が読めたのか、彼は澄ました顔でライチュウドールを私に手渡す。パーラが手を突っ込んだ当たりには不器用な縫い目がある。

「ありがとう、ございます」
「あのケーシィは元気にしてますか」
「はい、とっても元気なんですよ」

元気なあの子を見せようとボールに手を掛け、けれどはっとしてボールを腰に戻した。ランスが不思議そうに私を見たけれど無理矢理話を逸らした。

「あっ、あの、ランスさんはコガネデパートによく行きますか」
「どうしてです?」
「あそこのロールケーキ、ランスさんは食べたことあるのかなって」
「そういえば……、一度食べたことがあります」

彼はきっと不自然な話の切り替えに気付いていただろう。けれど、何も言わなかった。
やっぱり優しい人だ、この人は。

「美味しかったですか?」
「……は食べたいのですか?」
「いえ、その、少し気になる程度です」

思い付きで始めた話題だったけれど、美味しいと評判のロールケーキを食べてみたいとは前々から思っていた。けれど食べたいからこんな話をしたのではない。本当にただ、ふと思い付いただ。

「そうですか」

ふっ、と漏れた笑みは私をドキドキさせる。なんて綺麗な笑みなんだろう、とろけてしまいそうになる。
それから私たちはたわいもない話をして楽しい時間を過ごした。
彼が部屋を出る時、突然淋しさに襲われた。明日だって会えるのに、今離れることがひどく辛かった。

「また明日」

ランスがドアを閉めた。
一人きりの部屋は何だか寒さすら感じてしまう。ただあの人が出て行っただけなのに、それだけなのに。
私は気を紛らわせようとランスのボールを投げた。出てきたランスは眠そうな瞳で私を見つめた。

「ぐぎぃ」
「……そうだね、もう、寝る時間だよね」

ランスをボールに戻し、私もベッドに潜り込んだ。

 

 

 

次の日、私が疲れた体を休ませていると元気なパーラがやって来た。

「昼間から風呂入ってたの、アンタ?」
「汗かいちゃって…」
「頑張ってんのね。じゃあ、そんなにこれをあげましょう」

ぽん、とテーブルに置かれたのはケーキの箱らしきものだった。開けろ、と促されるまま開けてみると美味しそうなロールケーキが入っていた。

「これって……」
「アタシが2時間並んで買ったのよ、じーっくり味わって食しなさい」

パーラが綺麗に2人分切り分けお茶も手際良く用意する。そしてぱくりと一口、頬張った。

「やっぱり評判なだけあって美味しいわー」
「これって……」
「ランス様が買って来いって言ったのよ」
「……そう、ですか」
「ん、アンタ食べないの?」

ほとんど食べ終わったパーラは私のケーキを見る、一口も食べてないそれを。

「あ、どうぞパーラさん」
「おっ、ありがとねー」

2切れ目を食べながらパーラが私をじっと見つめる。その瞳は何故だが嫌な汗を呼び寄せた。何だろう、これは。

「アンタ、惚れた?」
「へっ?」
「ったく、面倒なことになったわねぇ」

パーラが深々とため息をついた。何が面倒なんだ、何がどうだと言うのだろう。

「ラジオ塔占拠まであと1週間だってのに…」
 

とあの

 

「ラジオ塔、占拠……?」