軟禁されて8日目の朝、朝食を持ってきたパーラが私に尋ねた。
「欲しいものはある?」
「欲しい、もの・・・?」
「退屈でしょ?だから暇潰しに何かいるかってことよ」
「うーん、」
「ちなみにこれ、ランスさまのご命令」
だから欲しいもの絶対言いなさいよ、パーラはひそひそと話した。
彼女いわく、今日の彼はいつもと何か違ったらしい。だからこんな提案をしたのだろう、とパーラは推測していた。
「冷酷なお方が親切なんて、不気味なのよねー」
さらりと上司の悪口を言ってしまう辺り、彼女はあの男に傾倒する他の団員とは何か違うようだった。夕食を持って来る男は彼のことを尊敬し崇拝さえしてるようだったから、パーラとの温度差に何か違和感を覚える。
とは言うものの、彼女もあの男の部下であるから慕っているのだろう。
彼を擁護する言葉を一度となく私に伝えているのだから。
「で、何がいい?」
「・・・・・・窓、とか」
「・・・それでいい?」
「無理なら本でいいです」
この部屋に窓を作れるのなら今すぐにでも欲しい。けれど無理な話だろうから無難な答えも用意した。暇潰しに本を選ぶのはごくごく平凡な答えだ、すぐに用意してくれるだろう。
「じゃあ、そう伝えるわ」
パーラは皿に盛ってあるフルーツを一つ口へ放り込むと部屋を出て行った。
「・・・・・・あ、ランスの欲しいもの言ってないや」
まぁいいか、ポケモンフーズを頬張る私のヨーギラスは食べるのに夢中で話を聞いてないようだった。なら、平気だろう。
しかしぺろりとポケモンフーズを食べ終えたあの子は、私を睨むと鋭い牙が見えるように口を大きく開いた。
皿を下げに来たパーラは、私の腕から出血しているのを見つけると大慌てで救急箱を取って来た。大したことじゃないと言ったけれど、包帯をぐるぐる巻きにされてしまった。
「何で自分のポケモンに噛まれる訳?」
「ランスも欲しいものがあるみたいで…」
「ランス?ああ、あんたのヨーギラスか」
「はい」
「で、何?」
「・・・・・・テンガン山の土」
「はぁ?」
ヨーギラスは土を食べる。私のヨーギラスも例外ではなく、土を好む。
ポケモンフーズも嫌いではないが、週に一度ぐらいは土を食べたいらしい。
今までそんな食生活を送っていたから、そろそろ土が食べたいようだ。
それを伝えると、パーラは考え込んだ。
「テンガン山ってシンオウでしょ?」
「はい」
「シロガネ山のは?」
「嫌いみたいで。テンガン山に住んでた子だから」
「・・・・・・・・・まぁ、伝えてみるわ」
用意するのはあたしじゃないし。パーラは元気に走り回るランスを見つめる。
「じゃ、あたしそろそろ行くわ」
「あれ、今日はサボらないんですか」
「まあね」
彼女とお喋りするのが調度良い暇潰しになっていたから、少し淋しかった。
けれど出来ないものは仕方がない。ラジオでも聞いておこう。
昼食を持ってきたのはパーラではなく、初めて見る男だった。
「食事を持って来た」
「ありがとうございます」
テーブルにそれを置くと、男は私をじろじろと眺めた。その視線は何だか気味が悪く、出来れば逃げ出したかった。
それにしても、どうしてパーラではなくこの男なのだろう。朝食と昼食はいつも彼女だったのに。
尋ねると男は答えに迷い、結局教えてくれなかった。
忙しいようだったから、何か仕事をしているのかもしれない。
「これをランスさまから預かって参りました」
男は食事の隣にそれを置いた。それは本だった。
「ランスさまから直々に渡されたものです。丁寧に扱うように」
「は、はい」
どうやらこの男は彼を大好きなようだ。私をここに閉じ込める、あの男を。
「また後で皿を下げに来ます」
そう言って男は部屋を出て行った。男が出たのをしっかり確かめてから、与えられた本をぱらりとめくった。
推理小説だった。
なかなか、暇潰しにはもってこいの選択だった。
「・・・・・・変な人」
私を閉じ込め自由を奪う反面、私に自由を与えようとするランスという男は、もしかしたら極悪人ではないのかもしれない。
そんなこと考えていたら、部屋を走り回っていたランスが再び噛み付いた。
彼とあの子と私
次があれば、救急箱を欲しいと言おう。 |