わたしは今日、髪を切った。それはもうばっさりと、躊躇うこともなく。 昨日まではくるんと巻いたりポニーテールにしたりおさげにもした髪が、今はもう残っていない。鏡を見て、流石に切りすぎたかなと後悔したけれど、また伸びてくるからと考えないことにした。 短くなった髪で自転車を漕ぐと風の感じ方が昨日までと異なるような気がした。軽くなった髪が風に揺れる。いつもと違う感覚だった。 自転車を漕いで向かった先はトキワシティ。森の爽やかな空気が心地良いこの町に、目的の人物がいた。 わたしは自転車をジムの前に止めてぶらぶらと辺りを散歩した。 ただ髪を切っただけだというのに、何もかもが昨日までと違って見える。どうして、なんて下らない疑問だった。分かることは全てがキラキラと輝いて見えるということ。 ひとしきり散歩をした後、いよいよそこへと足を踏み入れた。 「グリーン、」 ジムトレーナーたちがわたしに視線を向ける。けれど彼らはわたしとバトルするつもりはなく、わたしもバトルなんて考えていなかった。わたしはただグリーンに会いに来ただけだから。 「グリーン、」 「何だよ……って、随分思い切ったな」 失恋でもしたのか、なんてグリーンがわたしをからかう。髪を切ることと失恋を結び付けるなんて、案外グリーンにも可愛い部分があるもんだ。わたしは首を振った。 「失恋なんてしてません」 「…そうか」 わたしはグリーンの髪についた花びらを掴む。この花、ポケモンセンターの近くにあったっけ。 「花びら、ついてる」 掴んだそれをグリーンの飲みかけの紅茶に浮かべた。グリーンが渋い顔をしたけれど気にしない。ジムの中で優雅に紅茶を飲む方がおかしいんだから。 「んで、何しに来たんだよ」 「告白」 「は?」 グリーンのキョトンとした瞳がわたしを見つめる。 「髪を切ったのは今までの運のなさとさよならするため。 好きだよ、グリーン」 髪を切ったわたしは昨日までのわたしとは違う。 だから、こんなにもさらりと笑顔で言えるんだ。 僅かに頬を赤らめるグリーンを置いて、わたしはジムを出て行った。
自転車を漕いで |