俺がそれに気付いたのは退屈で暇を持て余していた時だった。
窓から見えたその光景はひどく奇妙であり、同時に関心する。俺は誰も来ないジムを出てそれを追い掛けた。
トキワの森の方に行ったはず、と探していると見知った顔を見付けた。
「よぉ、ハル」
「グリーン!」
「何してんだよ」
そこにいたのは幼なじみでトレーナーのハルだった。
彼女はボールを構えたまま空と俺を交互に見つめ、「ちょっと待って」と空を睨み付けた。
持ってるポケモンこそ俺にはこてんぱんに負けてしまうがハルは一人前のトレーナーだった。その彼女が真剣な目で空を見上げている、ということはポケモンを捕まえようとしているのだろう、きっと。
「あっ、」
木々の合間に見えた姿は、先程ジムの窓から見えた姿と同じだった。
黄色いそれはふわふわと宙を漂っている。
よくよく見ると、あれはハルのピカチュウだ。
風船をたくさん付けたピカチュウは漫画のように空を飛んでいた。しかし自分では好きな場所へ動けないようで、風に流されているようだった。
「ピジョンお願いっ」
ボールから飛び出したピジョンはピカチュウの体を器用に掴むと、鋭いくちばしで風船を割り始めた。その破裂音に驚きながらも俺はその様子を眺めていた。
最後の一つが割れると、ピジョンはゆっくりと降下してピカチュウを地面へと下ろした。長い間飛んでいたのだろう、ピカチュウの足はふらふらしている。
「で、何でお前のピカチュウが飛んでたんだよ」
「ピカチュウに空を飛ぶを教えたくて」
さも当然の如く言い切ったハルに清々しさすら感じた。
俺はハルのこういうところが気に入っている。
俺があいつに負けた時も今みたいに「じゃあもっと強くなるだけだよ」と言い切った。
あの時だろうな、ハルがただの幼なじみ以上の存在になったのは。
「お前、そのピジョンがいるだろ」
「そうだけど、私じゃシロガネ山に行けないから。
だからこの子だけで登るには空を飛ぶを覚える必要があるの」
突然出てきたシロガネ山という言葉に嫌な予感がした。
あの山にはあいつがいる。あんな山で修業ばかりして引きこもっている、あいつが。
ハルはピカチュウを抱き上げると体に結び付けた紐も解いてやりボールに戻した。
「ピカチュウを鍛えてもらうつもりなんだ、レッドに」
ハルがにこりと笑う。
「そんなの、俺がやってやるよ」
あいつを頼ることが悔しくてついついそんな言葉が出ていた。
すると案の定、ハルが驚き、困ったような顔になった。
彼女のピジョンが俺を見て首を傾げる。俺のピジョットもこんな風に首を傾げることがある。その時は必ずといっていい程俺は嫌な顔をしている。
「俺じゃ頼りないとか思ってるわけ?」
「そうじゃなくて、その」
すっとピジョンが俺の足元に近づき、思い切り足を突いた。
「……っ!」
「あっ、ピジョン!」
ハルが慌ててピジョンを捕まえる。
俺はその様子を見ながら後悔していた。目の前のハルを責めてどうにかなる問題じゃないというのに。
「ごめんね、グリーン」
「ああ」
「あの、レッドにお願いしちゃったから、今回はレッドに鍛えてもらう、ね…?」
俺を伺うかのような口調だった。
いつからだろう、ハルがそんな風に話すようになったのは。思い返してみても思い当たる節がなかった。
「でもあいつのいるシロガネ山に行けないんだろ、ハルは」
「う、うん。あそこのポケモン、強いから」
今俺が出来るのは、ハルが喜ぶためには、こうするしかない。
「……仕方ないな。連れてってやるよ」
ハルが驚いて俺を見る。
「ほら、乗れよ」
ピジョットに乗った俺はハルへ手を伸ばす。
彼女が誰を好きなのか、そんなのどうでもいい。
今彼女が喜んでくれるなら、それでいい。
「ありがとう、グリーン」
握った手は暖かく、この温かさを手に入れられれば、なんて夢を描く。
でもそれが当分叶わないことは分かり切っている。
だからせめて今はこの温もりを俺のものにしたい。
掌
ハルが穏やかに笑う。
ああ、そうか。
ハルは俺のこの気持ちに気付いていたのか。そして俺の気持ちに応えられないからあんな風に俺を気遣うんだろう。
ああ、最悪だな。
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